マザーの説教
教会に入ったところで、マザー・ユキムラもシャルロットの靴の異変に気付いてシャルロットを問いただした。既にリーシェルにバレている事もあり、シャルロットは素直に答えていった。
「そう。シャルロット。自分の危険を顧みずに他者を救う。これはあなたの美徳でもある。他者を想う心は、私達全員が持ち合わせるべきものだから。でも、自分を蔑ろにするのは褒められた事ではないの。人を救う前に自分を救う事も考えなさい。自己犠牲も過ぎれば美徳ではないわ。
あなたの美徳は毒も同じ。それも他人には影響せずに、自分だけを蝕む毒よ。それを自覚しなさい。そうじゃないと、いずれはその毒が自分だけのものではなくなってしまうかもしれないわ」
「はい。マザー」
マザーの言葉は、リーシェルのものとは違う角度でシャルロットの心に深く突き刺さった。それは、今の時代を生きるシャルロットだけではなく、過去の魔王としての自分にまで貫通していたのだ。
魔王の時は、自己犠牲どころか利己主義だった部分がある。それが故に、多くの魔族が傷付いた。自分が矢面に立って、平和を訴え続ければ。そんな事を考えていた結果が今の時代に繋がる。
魔族の街に攻め込まれれば毎回駆けつけて守った。殺しを最小限にして。人間達の攻撃を一手に引き受けようとして、逆に魔族達が傷付くという事も多くあった。
そして何よりも街を襲えば、魔王が来ると知られていたから、勇者との戦いに引き摺り出される事になった。人間の軍が襲っている街に駆けつけたところで、勇者が飛び込んできて街から引き離れつつ戦う事になり、最後には敗北したのだ。
あの時、自分が自分の主義を捨てていれば、もっと多くの魔族が助かっていた。今のように魔族が表から隠れている事もなかっただろう。それは図書館でも考えた事だった。自分のせいで、多くの魔族達に不幸を押し付ける事になってしまったと。
沈んだ表情をするシャルロットをマザー・ユキムラが抱きしめる。
「まずは自分の面倒を見られるようになりなさい。そうでなければ、他者の面倒を見る資格は無い。自己中心的に生きろというのではないわ。バランス良く生きなさい。シャルロットなら出来るのだから」
「はい。マザー」
マザー・ユキムラからの説教が終わったところで、シャルロットはリーシェルと一緒にお風呂に入る。車に轢かれた事で、少し汚れていると考えられたからだ。シャルロットとリーシェルがお風呂に入っている間に、マザー・ユキムラが夕食の支度をしていく。
お風呂から出たリーシェルがマザー・ユキムラと入れ替るようにして準備を進めていき、三人で夕食を食べ始める。そこで、シャルロットはセリエと話した内容をマザー・ユキムラにする。
「学園都市に行きたいのねぇ。多くを学べる場所に行くのは良いことねぇ」
「学園都市は中央大陸よ? それは分かっているの?」
リーシェルの確認にシャルロットは頷く。リーシェルは、シャルロットを一人で送り出すという事を心配していた。
「うん。私、魔族やこの世界について、もっとよく知りたいの。自分の身体についても知りたいから」
シャルロットがそう言うと、リーシェルとマザー・ユキムラは納得したような表情になる。シャルロットは人間でありながら魔素を持っている。そんな自分の身体の事をよく知りたいと思うのは当然だからだ。
だが、シャルロットの考えは違う。自分が魔素を持っているのは、自分が初代魔王の魂を持っているからだと知っている。そんな自分の身体への影響は気になるが、もっと知りたいのは、自分の本当の身体だ。
中央大陸のダンジョンには、初代魔王の身体が眠っている。自分が元の身体に戻れるのか。それを知るという目的も含まれているのだ。ただし第一の理由は、魔族のその後である事には変わりない。身体の方は、あくまでついでだ。
「確かに。それなら学園都市に向かうのは良い事ねぇ。なら、学園都市に入るための試験を受けないといけないわねぇ」
「え、良いの? お金の問題とか……」
シャルロットの心配は常にお金の事だった。自分に使うお金が大きければ大きい程、シャルロットも教会での生活費などは大丈夫なのか心配になる。
マギア診療所の手伝いをして得ているお金を使って利用している図書館の年間使用料なども、態々使わせてしまって申し訳ないと思っているくらいだった。その分元を取るために図書館の利用は多くしている。調べたい事が沢山あったというのもあるが。
こう思ってしまう程に、教会というよりはマザー・ユキムラやリーシェルに世話になっているという自覚があった。
「子供がそんな事気にしない。色々な場所の手伝いはあるし、シャルがお手伝いをしてくれているからお金にもある程度余裕はあるわ。そもそもシャルの学費は、生活費とは別にして用意してあるから」
リーシェルは胸を張りながら答える。それに対して、シャルロットは驚いた表情をしていた。そんな話は初めて聞いたからだ。
「え……いつの間に……」
「シャルロットを引き取った時から準備はしていたよ。学校は、シャルロットの今後に重要な場所だからねぇ。シャルロットもお手伝いしてくれているから、そこでも余裕は出来ているのさ。だから、心配はいらない。成績優秀者にならないといけないという考えは捨てなさい。学校に通って、成績優秀者になれれば良いやくらいで良いのよ」
教会の維持費などは上からお金が来るが、それ以外の点では自分達で稼ぐしかない。だからこそ、医療機関との協力が重要になってくるのだ。聖水を卸す事でお金を貯め、マギア診療所でのお手伝いで更にお金を貯める。
これによって、シャルロットの学費くらいはしっかりと貯まっていた。シャルロットが仮に成績優秀者として学費が免除されなくてもギリギリ大丈夫なくらいはある。マザー・ユキムラがシャルロットを教会で育てる事にしてから考えられていた事だった。
「ありがとう。マザー。リーシェル。私、頑張る!」
お金はあるにしても、学費免除になるのは大きい。貯めたお金を教会のために使う事も出来るからだ。なので、シャルロットは改めて試験を頑張る事を決意する。自分の我が儘で、リーシェルとマザー・ユキムラを苦しませたくないという思いが、シャルロットに力を与えていた。
「うん。じゃあ、取り敢えず、科学の勉強を頑張らないとね」
「あっ……」
シャルロットは自身の最大の敵を思い出す。まだあまり理解出来ていない科学の勉強をしっかりとしなければ成績優秀者など夢のまた夢だからだ。
「が、頑張る! だから……リーシェル、教えて」
シャルロットは、少し申し訳なさそうにリーシェルに頼む。頑張ると言っておいて、早速他人を頼る事に多少の引け目があるからだ。
「勿論。てか、最初からそのつもりだし。前にも言ったでしょ? 分からなければ訊いてって。私は頼りになるお姉ちゃんなんだから」
「うん。ありがとう」
「どういたしまして」
その日から、シャルロットの勉強が始まる。それと同時に、学園都市のどの学校に入学するか。それを決めるための資料集めも始まった。
さらに、今回の事故の一件で、シャルロットは今の状態での魔素の操作に不満を覚えたため、魔素と魔法の修行も隠れてやる事にした。
シャルロットのやる事は多いが、それでもそれを億劫に感じる事はなく、全て楽しみながら進めていっている。