プロローグ
魔王は敗れた。聖剣を所有する者による渾身の一撃は、魔王の身体を深く斬り裂いた。血を吐き出しながら倒れ伏す魔王に聖剣を向けられる。聖剣の所有者は、疲れ切った目で魔王を見下ろす。
「これで終わりだ……」
口の端から流れてくる血を拭いながら聖剣の所有者が言う。
魔王に深傷を与える事が出来た聖剣の所有者だったが、聖剣の所有者も無傷とはいかなかった。聖鎧による再生能力で少しずつ傷は塞がっているが、あちこちに血の跡が残っている。それでも疲れは残っているという事が上下している肩から窺える。
そんな聖剣の所有者に対して、倒れている魔王は嘲り笑う。
「終わり……? 私が死んだところで……魔族は絶滅しない……寧ろ……私が死ねば……抑えが効かなくなるぞ……」
「お前がいなくなれば、後は烏合の衆となる。連携の取れていない相手なら、各方面軍で叩ける。指導者がいなくなれば、こんな馬鹿げた戦争も終わるだろう」
「馬鹿げた……?」
嘲り笑っていた魔王の表情から笑みが消える。滲んできたのは、激しい憤り。
「戦争を始めたのは貴様等だろう!! 私達が何をした! 平和に暮らしていた中で! 手を取り合っていた中で! 唐突に私達に剣を向けてきた貴様等が! 馬鹿げた戦争というのか!? 私は何度も書状を出した! その和平への道を! 全て拒んだのは貴様等だ!!」
傷口が広がる事も厭わずに魔王は叫んだ。それは、激昂の言葉と同時に悲痛な叫びでもあった。この戦争で何人もの魔族が亡くなった。その原因を作った者達が言える言葉ではないというのが魔王の考えだ。
「挙げ句の果てには! そのような悍ましいものを作るなど……恥を知れ!! がぁっ!?」
叫ぶ魔王の心臓に聖剣の所有者は、聖剣を突き立てる。
地面に縫い止められた魔王は、憎悪の籠もった目で聖剣の所有者を睨み付ける。そんな魔王に対して、聖剣の所有者は小さく口を動かす。その声は聖剣を突き刺している魔王にしか聞こえない。その言葉を聞き、変化する表情を見た魔王は瞠目する。
そして、小さく笑った。
「必ず……復讐してやる……」
魔王はそう言って、身体から黒い霧のようなものを出す。それは魔素と呼ばれる魔族と魔物が持つ力。魔素を使う事で魔族は、人間には使えないような大きな力を使う事が出来る。だが、それを人間は認識する事は出来ない。
噴き出された魔素の圧倒的な圧力により、聖剣の所有者は聖剣を手放して離れる。辺りの空間が歪むのを感じ取った聖剣の所有者は、魔力で身体能力を強化して、全速力でその場を去っていった。
魔王のいる場所では大きく空間が歪み、大きな黒い球体が広がっていく。球体は段々と円錐状になり、先端を地面に向けて沈んでいった。その際に地上を光が走っていった。
「魔王様……」
遠く離れた場所からその様子を目撃した魔王の配下は、大粒の涙を零してへたり込んだ。だが、すぐに涙を拭いて立ち上がる。魔王の敗北。それは魔族の排斥運動の激化を意味する。やるべき事は多くある。
魔王の魔素により構築された地下奥深くへと続く大迷宮。人々はこれをダンジョンと呼んだ。
そして、魔王を討ち倒した聖剣の所有者を勇敢なる者として、勇者と呼び称えた。
これが初代魔王と初代勇者の戦いの結果。そして、ダンジョンの謎を解明し初代魔王が持つ宝を求める冒険者と呼ばれる存在の始まりだった。