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第2話 魔界四天王の長、クビになる。

 俺様リグレットは80年間の封印が解かれ、世界を再び混沌の闇に陥れる――つもりだった。


「おーよちよち、魔王でちゅよー」

「ぎゃはは、マオーマオー!」


 だが現実は違う。

 俺がいない間に世界は平和になっていた。

 魔王城は魔法禁止、それどころか魔王様は人間の赤ん坊を預かることで生計を立てている。


「りぐー! りぐー!」

「よちよち、りぐれっとでちゅよ」


 だが何も問題はない。魔王様の意向に沿えばいいだけだ。

 なぜなら俺は腹心、魔界四天王の長、リグレットなのだから。


「新しく入ったリグレットさん、結構子煩悩ねえ」

「愛想もいいのよ、それに見た目も人間と同じだから、とっつきやすいし」

「うんうん、恰好いいわよね」


 人間どもが俺をほめちぎる。当たり前だ、誰だと思っているんだ? 魔界四天王の長、リグレット様だ。

 俺様はまだ諦めていない。

 いくら魔王様が時代の波に押し寄せられていたとしても、再び世界を闇に陥れるのを諦めるわけにはいかない。


 だからまず一歩、目の前にいる赤ん坊と同じように、一歩を大事にしていく。


「はい、偉いでちゅねー」

「りぐっりぐっ」


 魔王様、この私リグレットが、まずはこの託児所でナンバーワンを目指します!


 ◇


「クビだ」


 暗黒の魔王城の最奥、魔王室。

 室内の奥には、巨大な黒い玉座がたたずんでいる。その玉座に座るのは、魔王ヴェルヘイム様。

 幽暗の灯りが暗がりを照らし、闇の中から漂う魔力の香りが、空気を不気味に彩る。


 ここは変わらない。安心する。ものすごく安心する。

 いや、それよりも魔王様の発言が、理解できなかった。


「え? 魔王様今なんとおっしゃいましたか?」

「リグレット、お前はクビだ。託児所は今手一杯なのだ。お前が来てから私の人気が――ゲフンゲフン、いやそうじゃない、お前にも世界を知ってほしいのだ。この世界がどう変わったのかを」

「そ、そんな……」


 魔王様は、俺様に背を向ける。

 そうか、ワイバーンは我が子を空に投げ捨てるという、つまりこれは魔王様の愛。

 このリグレットが世界を知ることで、再び闇の世界を復活させたい、そういうことなのか。


「……わかりました。魔王様、全て理解しました」

「ほ、本当か……? 平和な世の中なんだよ、理解してる?」

「お任せください」


 魔王様はきっと俺様を試していらっしゃる。

 80年間封印されていた罰なのだろう。1からスタートしろ、そういうことだ。


 仕方ない、だがこれは愛の鞭。このリグレット、再び力を付けて舞い戻ってきます。


「では魔王様、また相見えるまで」

「お、おう。でも、たまに帰って来てもいいぞ。家もないだろうしな」

「そんな甘えはしません。でも、もしかしたら、万が一ですが、いや、億分の一の可能性で、ご飯を食べに帰ってくるかもしれません。くれぐれもお体にはお気をつけて」


 ぐう、と腹が静かに鳴る。

 魔力が削ぎ落されたことで、今や俺様の身体は人間の成人男性のようになってしまっていた。

 最後に食事を頂きたいが、そんな我がままは恥ずかしくて言えない。


「近くにオストラバ王国があるだろう、あそこにエリアスがいる。奴に色々話が聞くがよい」

「エリアスが!? 生きているのですか!?」

「ああ、よくやっている」


 エリアスとは、魔王直下の四天王の一人、蜘蛛と悪意が混在して誕生したスパイダーの上位魔族だ。

 類まれな美貌のせいで人間は騙される。大好物は苦悶に満ちた人間の顔と悲鳴。


 そうか、奴め。この平和な世の中でも頑張っているのか。


「畏まりました。我がリグレット、エリアスの様子を確認してまいります」

「え、ええと、わかってる? 平和な世の中なんだからね?」

「それでは失礼します。我が魔王様、また会う日まで」

「お、おーいリグレット、リグレーット?」


 魔王様、お任せくだされ!


 ◇


「はい、確認しました。次の方、どうぞー」


 オストラバ王国は、以前にも増して外壁が凄まじく高くなっていた。

 ここは我が魔王城からほど遠くない場所にある。


 最前線で戦うものたちが集結し、勇者の根城でもあった。


 80年前なら侵入は難しかっただろう。

 だが幸か不幸か、今、我が身体は人間と変わらぬ外装ガワだ。


「リグレットだ、入らせてもらうぞ」

「すみません、身分証はありますか?」

「……み、みぶん? なんだそれは?」

「国が発行している身分証です。40年前から各国で連携しているはずですが……聞いたことありませんか?」


 ……一体どういうことだ。身分証とはなんだ。

 そういえば昔、任務で人間の国に侵入した際は、門兵にお金を渡せば入ることができた。


 なるほど、つまりこやつは賄賂わいろ強請ねだっているのだろう。流石人間、魔族より悪意に満ちておる。


「ほれ、これだ」


 俺様は、懐に入っていた貨幣を手渡す。その金を見て、門兵は驚く。

 そうだろう、これは大金だ。ありがたくもらうがいい。

 

 だが何やら眉を潜めて、隣の門兵とヒソヒソ話を始めた。


「これ……なんだ? わかるか?」

「いや、わかんねえな。随分と前の金かもな。……なんかボロボロだし」

「ごめんねえ、今は偽造防止の魔法コードを入れてるものだけしか使えないんだ」


 そう言いながら門兵が見せてくれたお金は、ペラペラだった。

 右端に顔が――これは勇者!?


「とりあえず身分証がないなら、国が発行してる仮滞在証をもらえれば大丈夫だよ」

「なんと! ならばそれをもらいたい」

「それじゃあ真ん中に大きな建物があるから、そこまで案内するね。途中で逃げたりしたら捕まえるからね」

「任せておけ」


 ◇


「お名前は?」

「魔界四天王の長、リグレット様だ」

「……は、はあ? リグレットですね、でしたら、魔法札をお持ちになっておかけください。これが光り始めたら案内表示が浮かびあがりますので」

「承知した」


 綺麗な洋服に身を包んだ女性が、俺様を誘導する。ふむ、丁寧なのは悪くない。

 だが何だこの施設は?

 色々なプレートがあるが、保険課? 住民課? なんて書いてあるのかまでは読めぬ。


 しかし人が多い。よく見るとあいつは魔族の末裔ではないか?

 何ということだ。やはり魔王様の言う通り、魔族は人間界に溶け込んでいる。


 これは由々しき事態である。――そうか、魔王様はこれを私に見せようと……。なるほど、任せてください。

 このリグレット、再び魔族の復活の為に、見聞を広めますぞ!


 ――――

 ――

 ―


 それから数時間、いや五時間経過したが魔法札は光ることがない。

 何度か訊ねてみたが、まだかかりますとのことだった。


 なぜこんなにも時間がかかるのだ。まあいい、待つのは得意だ。


 その時、怒鳴り声が聞こえた。


 人間が、人間にキレている。バカな、仲間ではないのか?


「おせえんだよ! 早くしやがれよ! ったく」

「すみません、順番なのでお待ちください」


 しかしなんだあいつは。悪意はあるが、赤子のような魔力ではないか。

 俺様ですら大人しく待っているというのに、そのくらいも我慢もできないのか?


 自分より立場の弱いものを虐めるなど弱きものがするものだ。

 人間め、このリグレットが粛清してやろう。


「早くしろや!」

「おい人間、小うるさいぞ」


 禿た親父めが、偉そうに。


「なんだてめえ? この若造がよお」

「……若造?」


 ハッとなり、自らを確認する。そうか、今私は人間の若造なのか。


「こいつらは頭がわりぃから俺が教えてやってんだよ」

「……頭が悪いだと? 貴様、何を見てる?」

「ああ?」

「彼らは機敏に動いている。魔力の淀みもなく、丁寧な所作、柔らかい物腰、洗練された言葉遣い、貴様とは違う。その程度の悪意で粋がるな」

「ああ? てめえ、偉そうになんだよ!」


 ハゲ親父が、俺様の胸ぐらを掴む。たとえ魔力が無きに等しくとも、貴様から溢れ出る悪意を吸い取れば、我はそれを吸収できる。

 お前なぞ、捻りつぶすことなど造作もない。

 その程度の悪意で、調子に乗るなよ。


「この手をどけろ」


 俺様は親父の腕を掴む。メキメキと骨がきしめく音が聞こえる。うむ、心地よい。

 このまま折ってやってもいい。悲鳴が飛び出ると、俺様の魔力も幾分か戻るだろう。


「ひ、いっ、いてえ……や、やめてくれ」


 だが――魔王様はこんなちんけなやつなぞ相手にしないだろう。

 ならば俺様も、この程度で済ましてやる。


「ふん、それでいい。人間の赤ん坊のほうが、お前より聞き分けがいいぞ」

「は、はい……」


 ハゲ親父は、大人しく去っていく。

 次の瞬間――なぜか拍手が起きた。


「すげえ、あんた恰好いいよ! あのハゲ、いつも難癖つけて騒いでたんだ!」

「俺もさっきからあのハゲに腹立ってたからスッキリしたぜ」

「ありがとうございます。私の為に……」


 ふむ、よくわからないが、俺様に感謝しているらしい。

 魔族の世界では弱肉強食は普通なのだが、人間どもにとってはめずらしいのか。


 まあ、気分は悪くない。


 その後、なぜか驚くほどスムーズに仮滞在証をもらうことができた。

 リグレットとカタカナ? で書かれている。それに魔法写真なるものを撮影されたのは気に食わないが、まあいいだろう。


 外に出ると夕日が落ちていた。エリアスのところは明日にするか。

 さて、どうす――。


「あなた……リグレット……!?」


 その時、後ろからひどく懐かしい声が聞こえた。

 慌てて振り返ると、そこに立っていたのは、驚きの人物だった。


「お前は……ミルク・ファンセントか?」


 勇者御一行の一人、エルフ族、不滅のミルク。

 金色に輝く長い髪、切れ長の魔族にも勝る綺麗な碧眼。

 驚いたことに、ミルクは何も変わっていなかった。魔王様ですら様変わりしているというのに、俺様とやり合っていた時と何も変わらない。それがなぜか、嬉しかった。


「もしかして……封印が解けたの?」

「ああ。だが80年は長かったぞ」

「……何しにこの国へ来たの?」

「俺様は魔族、わかるだろう?」


 警戒するミルク、ふむ、やはりこいつは変わっていない。

 ふふふ、血沸き肉躍る。我がリグレット、再び世界を闇に落とすにはその対となる存在が必要だ。


 ミルク、お前はその一人だ。


「……その胸の滞在証は?」

「これか、これは五時間大人しく待って作ってもらったのだ」

「……もしかして騒いでた男性を注意したのって、リグレット、あなた?」

「ああ、一人粛清した。人間の親父が、早くしろと切れ散らかしてたのでな」


 これにはさすがのミルクも怖くなるだろう。俺様が変わっていないということに。


「……そう、あなたも時代と共に変わったのね」

「そう、俺は変わってな――え? 変わった?」


 ふと笑顔になるミルク。何だ、何がどうしたというのだ。


 その時、ぐうとお腹が減る。


「お腹空いてるの?」

「あ、ああ……」


 そういえば一日中何も食べてない。お金もない、泊まる宿もない。


「いいよ。いい事したお礼にご飯作ったげる、ほら、おいで」

「ふん……よかろう、ついていってやろうではないか」


 何かの罠かもしれない。だがまあいい。その時はこいつを――粛清するまでだ。

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