第16話 魔界四天王の長、一騎打ちをする。
広大なオストラバ王国内、俺様は屋根伝いを走り回っていた。
『おおっと、先にお宝を見つけたのはエルフ族、ミルク・ファンセントだぁ! 大きくリートです!』
ふむ……流石だな。
しかし俺様も大きな時計台のてっぺん、長針のすぐそばに、小さな箱を見つけた。
「これで魔族がリ――」
「あら、残念。――これも私がもらうわ」
すると別の場所にいたはずのミルクが、後ろから現れて俺様より早く駆けた。
急いで手を伸ばすが、更に人間族、ドワーフ族、下からよじ登ってきているのは獣人族だった。
種目は『宝探し』
微量な魔力を込められた箱を感知し、多くの箱をゲットした種族が勝利だ。
そこで試合が終了、僅差だが、僅かに早かったのはドワーフ族だった。
『試合終了、試合も中盤、まさかまさかの種族対抗は波乱の幕荒れ、僅差になっています!』
「ふぉっふぉっ、お宝を見つけるのは負けられれぬのよぉ」
「流石だな爺さん、魔族より機敏に動けるとは驚いたぞ」
「歳は食っても欲は衰えぬよ、智謀のリグレットよ」
「ほう、俺様を知っているのか?」
「伊達に長生きはしておらん。まさかお主がこんな余興を楽しむとはな。――せいぜい踊らされるよ」
ドワーフの爺さんは、白い髭をわしゃっと触って微笑んだ。
どうやらそこまで争うタイプではないらしい。だが若いドワーフは違う。
集合場所に戻ると、歓喜の雄たけびを上げいた。
小競り合いというか、喧嘩のようなものがどこかしらで起きている。
もちろんそのたびに、ミルクが俺様を睨んでいるが。
「さて……次は絶対に負けられんぞ」
次はグリフォンレース。
現在、ペットとして人気の飛竜の亜種にまたがっての空中勝負だった。
俺様は魔物と心を通わせるのが得意だ。
スタートダッシュを決めて先頭を首位、そのまま逃げ切った。
一着、続くエリアスは司会を預けて参加しており、二着。
魔族の勝利で、またもや種族は均等になった。
「流石リグだね。本気でやったのになあ」
「といってもエリアス、80年前よりも随分と速かったぞ」
「バレた? いつかリグを打ち負かそうとしてたんだよね」
悔し気に、だが楽し気に語るエリアスは、俺様が今まで見たことがなかった顔をしている。
平和な世の真剣勝負、これもまた良いものだ。
「だが体重移動がまだまだだ。後数百年は負けんぞ」
「ぐぬ……。そういえば、ミルまだ怒ってるの?」
「ああ、そうみたいだな。仕方あるまい、魔族は争いを好むが、エルフは真逆だ」
「そうね……。でも、みんないい笑顔だよ」
エリアスが見つめる先では、種族が入り乱れて笑っておる。
種族別に分けられていた席はもはや機能しておらず、それぞれが好き勝手に場所に座っている。
そして――。
『最後の種目、メインイベント、種族対抗一騎打ちです!』
るぅるはこうだ。
種族の代表者が、剣術、格闘術で戦って一番を決める。
設置された闘技場から出ても失格だ。
単純明快だが、平和な世の中には相応しくないだろう。
魔族のみんなには、俺様が出るとみなに納得してもらっている。
「――リグ、頑張ってね」
「うむ、任せておけ。久しぶりに本気を出すとするか」
最終戦ということもあって、観客者も気合が入っている。
大勢が見守る中、第一回戦は獣人族と人間族の戦いだった。
「流石に獣人族だろう。筋肉が違うぜ」
「いや、人間族は素早い。相性で言うとどうだろうな」
「魔法が禁じられてなければ話は違っていたかもな」
俺様は一番前で見ていた。横には、エルフ族代表、ミルク・ファンセントが立っている。
試合開始の鐘が響くとまず獣人族動いた。
それに反応した人間族は左右に飛び、視界から消えた。
大勢がどこに消えたと叫ぶが、俺様には視えている。だが凄まじい速度だ。
ただの人間が、ここまでの研鑽を重ねられるとは……驚いた。
次の瞬間、人間族の掌底が獣人族の顎にヒットしたものの倒れはせず、カウンターを放った。かろうじて人間族は受け止めたものの、防御の上からでも骨に響いただろう。
そこからも凄まじい攻防戦を見せたが、最後は――引き分けだった。
『なんという決着、誰が予想出来たというのか!? しかし、両者に検討をお願いします!』
盛大な拍手が巻き起こる中、倒れている人間族に、獣人族が手を差し伸べる。
「侮っていた。まさか素早さでそこまで力に勝負できるとはなァ」
「――俺もだ。素早くても力が無ければ意味がないと教えてもらったよ」
互いをたたえ合い、その勇姿は、みなの心を打っているだろう。
ミルクは、少しだけハッとしたような顔になっていた。
続くドワーフ族は、ピピン族と呼ばれる小さなモコモコと一騎打ち。
可愛らしい見た目とは裏腹に力が強く、ドワーフと同じ索敵能力に長けている。
引き分けとはならなかったが、ドワーフ族が僅差で勝利、だが続くエルフ族のミルクに敗れてしまう。
俺様の相手は、別の代表者の人間族だった。
だが強いわけではなかった。
申し訳ないがすぐに眠ってもらった。
『な……なんとう強さ、これが80年間眠っていた最凶の魔族、リグレットなのか!?』
交代した司会の男が、俺様を称える。
そして決勝戦、順当に勝ち上がってきたのは俺様と――元勇者御一行、ミルク・ファンセントだった。
「……リグレット、あなたの意図がようやくわかった。この光景こそが、望んでいたことなんでしょう」
「さあ、どうだろうな」
俺様にしか聞こえない程度の声で、ミルクは語り掛けてくる。
歓声が凄まじく、誰もが手を取り合い、肩を組み、種族の垣根を超えた応援をしてくれていた。
俺様は、ニヤリと笑みを浮かべる。
「私は手加減なんてしない。きっと彼なら、そうするからよ。全力で戦う」
「……だろうな。――望むところだ。80年前の決着、付けようぞ」
『最凶の魔族vs伝説の魔法使い、果たして軍配はどちらに――試合、開始ィイイイイイイイ!』
――――
――
―
「ほらリグ、着いたわよ」
「う、ううむ……すまぬな……」
うんどぉかいが終わって片付けが終わり、私たちは自宅に戻って来た。
半日ぶりでしかないのに、家がなんだか懐かしい。
「エリ、先にリグをベッドに運ぼうか」
「ひ、ひとりで出来るぞ……」
「たまにはわがまま言ってもいいのよ、ほら」
エリと私で疲れ果てたリグをベッドに寝ころばせると、彼は泥のように眠りについた。
魔族はどんな種族よりも体力、精神力に優れている。
そんな彼が、あれほど気力を使い果たしていたなんて気づけなかった。
「水でいい?」
「ありがとう、エリ」
「どういたしまして、そういえば……最後、びっくりしたわね」
「……本当にね」
うんどぉかいが終わった後、オーディン王が再び私たちの前で話しをしてくれた。
『言葉にできないほど素晴らしい……うんどぉかいだった。この国の王としてではなく、一個人として君たちを誇りに思う。――この世界は平和になった。だが、実際はそうではない。その事は皆が分かっていたと思う。だが今日、再び固い絆を得たのだ。各種族が一生懸命に努力し、戦って、称えあい、全力を出した。その結果、優勝した種族はなんと――』
「はい、どうぞ」
「ありがと。ねぇ、エリはどう思う?」
偶然なのだろうか。
「何が?」
「結果についてよ、確率を計算してみたけど、ありえないほど低いわ」
エリは、お水を飲みほした後、私に凄い束の資料を渡してきた。
それは、うんどぉかいに出場する人たちの顔、生い立ち、能力が記載されている。
「一週間前、リグに頼まれて私が王からもらってきたの」
「……どういうこと、これは何?」
「彼、その日から一睡もしてないの。依頼が終わったら毎日ずっとそれを眺めて、一人でぶつぶつぶつぶつ」
その言葉を聞いて、ハッとなる。
魔族は生まれながらにして圧倒的な力を持つ。
忖度なく言えば、戦闘種族としては最強だ。
そんな彼らがなぜ敗北したのか、それは魔族が少数民族だから。
人数が少ないことの利点はある。情報系統も複雑ではないし、横の繋がりがない分、結束力も高い。
だが適切な戦力を配置する見極めが非常に難しくなる。
誰がどこで戦うのか、それを間違えると命に直結する。
私たちは、魔族に対して圧倒的な軍事力があった。
それでも何度も苦しめられた。行く先々に適切な数の魔族が待ち構えていて、前に進めなかったからだ。
だが驚いたことに、リグレットを封印してからは明らかに魔族の戦力が落ちた。
その理由わからなかったが、もしかして――。
「……この結果はリグレットが意図的に引き起こしたってこと?」
「智謀ってのはただ名乗ってるだけじゃない。あなた達と戦っている時、私たちの作戦、行動、時間、移動先の国も全て彼が決めていたのよ。未来予測、魔力量、勇者御一行のあなた達がどう動くかも全て。魔王様は強かった。だけどリグは、頭脳で魔族を支えていたの」
その時、王の言葉が脳裏によみがえる。
『その結果、優勝した種族は――いなかった。引き分けだ。これが何を意味するのか? そう、私たちはみな対等な関係だということだ。この結果は偶然ではない。必然だったのだ。これからはより一層絆を深めていこう。そして私はここで一人の男に賛辞を送ろう。この大会を主催してくれた、リグレットに――』
私は途端に、大笑いしてしまった。
参加者は優に1000人を超えていた。その全てを七日で把握? 戦力も? 魔力も?
種目を決めたのはリグレットだ。
だからといって、みんながどんな行動して誰か勝つかなんてわかるわけがない
そんなこと……いや、彼はやってのけた……。
奇跡というにはあまりにも細い。
それがリグレットにとっては、必然だった。
だから……最後は……私に勝利を譲ったんだ。
ふふふ、ちょっと喜んでいた自分が、バカみたい。
「エリ、明日の朝、ミントンケン横丁のケーキ屋さんにいかない? リグの復活祝い、まだちゃんとしてなかったよね」
「……そうだね。きっとリグレットも喜ぶね」
――ねぇ、勇者。
あなたのライバルが、この国の争いを止めてくれたよ。
魔族も変われる。
あなたの言う通りだったね。