第12話 魔界四天王の長、任務を遂行する。
オストラバ王国から遥か東、魔王城の近くに俺様は立っていた。
砂だらけの地面に手を置くと、辺り一面が魔法陣で光り輝く。
「……ふむ」
轟音を響かせた後、地下へ階段が現れる。古臭い匂いと魔力がヒシヒシと伝わってくる。
階段を下ろうと思った時、後ろから声がした。
「驚いた、ダンジョンなんてまだ残ってたんだ」
「ミルク、なぜここに……」
「あらリグ、私もいるわよ」
現れたのは、ミルクとエリアスだった。この俺様としたことが、後ろからつけられていたことに気づかなかったらしい。
「……古代ダンジョンだ。単身で制覇する予定だったが、タイミング悪く封印されてしまったのでな」
ミルクが、「なるほど」と言って、笑みを零しながらエリアスに視線を向けた。
「エリの言った通りね。あなたファベルの右腕を治す為に来たんでしょ」
「……何のことだ?」
「リグならきっとそうするだろうって、私はわかってたよ」
エリアスとは長い付き合いだ。俺様のことを……いや、違う。
わかっておらぬな。
「ふん、違うな。腕を治すのは、俺様の駒を作ってもらう為だ。それに俺様は知っている。良い事をすればくちこみとやらで噂が広がって客が増えるだろう。これぞ、いっせきにちょうだ。決してファベルの為ではない」
「ふふふ、新しい言葉を覚えるのが早いわね」
「俺様は適応能力が高いのだ」
二人が笑みを零す。よく見ると、二人の手には……魔法の杖が握られている。
エリアスは漆黒の魔力杖、先端に黒い水晶が付いている。対してミルクは、真っ白い羽根のような杖で、透明な水晶が付いている。
どちらも……懐かしいな。だが――。
「なぜ武器を持ってきた?」
魔法禁止、それがこの世界においての新しい常識だ。
平和な世の中、ダンジョン制覇に許可が下りるわけがない。そんなことはわかっていた。
だからこそ一人で来たのだ。
「リグ、私は魔族よ。そんな人間が作ったルールを律儀に守るわけがないでしょ。黙ってればいいのよ」
「ふむ……だがミルクは――」
「私は元勇者御一行、『人助けの為なら、ルールなんてくそくらえだ』――って、これ彼の口癖ね」
勇者め、そういえばそんな男だったな。
「……ありがとう、二人とも」
「えへへ、さあリグ、行きましょう」
「そうね、暗くなる前に」
だが嬉しい誤算があった。ルールを破るつもりだったが、その必要はないらしい。
ダンジョンから籠れ出る魔力は、闇の魔素を大量に含んでいる。つまり――。
「エリアス、ミルク、どうやらルールは破らずに済むぞ」
「ほんとだ……」
「……まったく、魔族は悪運が強いわね」
ダンジョンは本来、数百人単位での討伐が望ましいとされている。
何が起こるかわらない、そんな危険場だからだ。
だが二人は、何の躊躇もなく階段を下ろうとしている。
ふっ、流石だな。
「俺様より前に行くな。それが条件だ」
「「はーい」」
ダンジョン内部は、まだ懐かしい悪意が残っておる。
ほんの少しだが、以前の力を取り戻せそうだ。
◇ ◆
ギイと、扉が開く。
「また来客か、めずらしい――」
「帰って来たぞ。ファベル」
「……リグレットか? どうした、その角は!?」
ファベルが、俺様の先端の赤い角に視線を向けていた。
「以前の俺様に少し戻っだけだ。といっても、一時的なものだ」
後ろから、エリアスがつんつんと俺様の肩を叩く。
挨拶させて、ということだ。
「はーい、久しぶりー」
「こんばんは、近いのになかなか来なくてごめんね」
「魅惑のエリアスとミルク!? って、どうしたんだ!? 服が破けてるじゃないか!?
「大丈夫、心配しないで。後で着替えるから、ねえリグレット」
「ああ、急いできたのには訳がある。ファベル、そこに座ってくれ」
俺様は、ポケットから心臓のように脈を打つ魔石を取り出した。
古代ダンジョンのボスを倒し得たものだ。
「これ……どうしたんだよ……!?」
「説明は後だ。腕を元通りにする。急がないと、効力が切れる」
駄々をこねるファベルを座らせると、魔石を腕に触れさせた。
俺様がやってもいいが……――。
「後は私が」
「ミルク、頼んだぞ」
こと魔法においては、ミルク・ファンセントの右に出るものはおらぬだろう。
回復魔法、聖なる力の始祖といっても過言ではない。
戦争時も、何度こやつに手を妬かされたかわからぬ。
「それじゃあ、始めるわね」
驚いたことがあった。
平和な世の中とは思えぬほど、エリアスもミルクも素晴らしい動きをしていた。おそらく二人とも訓練をしているんだろう。
俺様だけで討伐出来ると思っていたが、それは大きな誤算だった。
ダンジョン制覇、二人がいなければ死んでいたかもしれぬ。
ミルクが魔法を詠唱した瞬間、ファベルの腕の傷跡が消えていく。同時に、手に力が入ったかのように動かしはじめた。
「す、すげえ……こんなことが……。でも、俺のせいで魔法禁止が……、今は王国で魔力を探知してる。早かったらもうバレて――」
「ダンジョン、アンデット系しかいなかった。だから、回復魔法だけで倒せたわ」
回復魔法は使用可能、アンデットモンスターは、聖なる力が弱点だ。
俺様は覚悟の上だったが、ミルクたちに規律を破らせなくて済んだのは幸いだ。
「あ、ああ……。――リグレット、まさか本当に治してくれるとは……ありがとよ。」
「これは俺様の為でもある。かっこいい駒を頼むぞ」
「ああ、任しとけ。最高に恰好いいのを作ってやるぜ。――そういえば、依頼のお金を聞いてなかった。いくら払えば――」
「ふん、その駒が報酬で良い」
俺様がそう言うと、なぜかエリアスとミルクが嬉しそうに微笑んでおった。
ふむ、よくわからぬな。
◆
それから数週間後、オリヴィアにたっきゅうびんが届いた。
箱を開けると、そこに俺様の精巧な駒が入っている。
「これは……おおっ、格好いいではないか!」
「ちょっと誇張しすぎじゃない? 眼もくりくりだし」
「あらリグ、かなりサービスしてくれたのね」
「な、何をいってる! そのまんまではないか! よし、勝負だ。ミルク! 俺様がいれば勇者軍など!」
「はいはい」
それから不思議なことに、オリヴィアに多くの依頼が舞い込んだ。近くの薬草を取りにいったり、調合をしてほしいと小さな依頼だったが、他にも色々と訊ねてくれる人が増えた。
聞けばみな、『ファベル』がおすすめしていたのだという。
これが、くちこみの効果か。ふふふ、魔王様! 俺様はこの世界がわかってきましたぞ!
「はい、魔王手」
「ぬおおおおおおおおお、なぜだあああああああああ、なぜ勝てぬのだあああああああああ」
「駒の形が変わっただけじゃ無理でしょ……リグ……」
平和な世……難しいぞ……。