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第11話 魔界四天王の長、依頼が無ければ動けばいい。

「ひま……だ……これが……平和の世……」

 

 魔物鳥が鳴くとはこのことか、冒険者ギルド改め、オリヴィアが開店してから一週間が経過した。

 だが既存の依頼以外に、新規依頼者はまだ来ていない。


「私のお店でもチラシは配ってるんだけどねえ、やっぱり魔族ってのが良くなかったかしら」


 エリアスがヒラリと手に持っているチラシには、どんな依頼も請け負います。元魔界四天王の長、智謀のリグレットがあなたのお悩みを解決しますと書かれている。

 俺様の白い歯、そして最高の笑顔を見れば誰もが心を動かされるだろうと反対を押し切って魔法写真を載せてもらった。


 後ろにはエリアスとミルクがちょこんと写っている。

 もっと前面に出してと言われたが、それは俺様が目立たないので却下した。


「元々依頼は少なかったし仕方ないと思うわ。前にも言ったけど、王国でも依頼は受け付けてるからね。これからゆっくりと認知させていきましょう」

「ふむ、ならば王と直接対峙して、依頼を回してもらえるように頼んでみるか」

「リグ、いくら平和な世の中でも、そんな無礼なことしたら牢屋に入れられるわよ……」


 魔王様の託児所やエリアスのまっさあじは相変わらず大盛況らしい。

 とはいえ、最初はそうではなかったらしく、随分と時間がかかったとのことだ。

 なので仕方ないと言い聞かせられている。


「この暇な時間を楽しみましょう。あ、ミル、これで魔王手だわ」

「私もそう思う。じゃあ、2-41の5で勇者を逃がすわ」


 二人は嬉しそうに、それでいてたまに困った様子で、テーブルに置かれた人型の駒を動かしている。

 

「先ほどから何をしているのだ? これは……戦争か?」


 よく見るとこれは……魔王軍!? そしてこっちは、勇者軍!?


「な、なんだこれは! 何をしておる!?」

「魔王vs勇者の軍事駒よ。プレイヤーはどちらかを選んで、魔王と勇者を取り合うの」

「ほう、凄まじいほど精巧に作られておるな……魔王様の顔なんてそっくりじゃないか」


 ひょいと魔王駒を取り上げると、エリアスがわーわーと喚く。勇者もそっくりだ。

 む、これはエリアスか? それにこれはミルク!? 実在する人物の模倣なのか! だがしかし――。


「なぜ……俺様がおらんのだ……魔界四天王の長だぞ……」

「だってこれ、私たちがあなたを封印している間にできたゲームだからね。あ、勇者手」

「あー私の勇者が……詰みだ……。ダメだ負けだー、ミル強すぎるよー」

「うふふ、みんなと家でよく遊んでたからね」


 そして俺様は、エリアスの肩を叩いた。

 頭脳戦なら俺様に敵う相手はいない。例え、ミルクでも。


「ミルク、俺様と勝負だ。俺様は魔王様を頂く」

「あら、望むところだわ。私の勇者の強さを見せつけてあげる」

 

 ――――

 ――

 ―


「はい、これで魔王は頂き」

「ぬおおおおおおおおおおおおおお、なぜ、なぜだ勝てぬのだあああああああ」


 俺様の叫び声が、オリヴィア内に響き渡る。気づけば昼が過ぎていた。

 なんだこのげぃむは! 時間泥棒ではないか! ノーモア時間泥棒ッ!


「……納得がいかんぞ……俺様がいないと勝てるわけがないじゃないか」

「リグ、これはゲームだからね。バランスよく作られてるから」

「だったら、私が魔王軍でやってみようか?」

「……いや、それよりこれを作ったのは誰だ?」


 俺様の問いかけに、二人が顔を見合わせる。

 ふっと笑い合うと、ミルクが答えはじめた。


「ビービットストリートの角を曲がったところにあるおもちゃ屋さんの店主。でも、もう引退したんじゃなかったかしら?」

「このゲーム人気があったのに、続編が出なかったのよね」

「なるほど、ビービット通りか」


 俺様は勢いよく立ち上がる。二人はどうしたの? と声をあげた。

 平和な世の中を全力で楽しむ、それもまた一興だ。


「ちょっと、リグどこいくの?」

「もしかしておもちゃ屋さんに行くんじゃないわよね?」

「後は頼んだぞ。俺様は舞い戻ってくる」


 ◇


 古ぼけた外装、外には古いおもちゃ箱が積まれていた。

 雨除けの屋根はかろうじて体裁を保っているが、いつ壊れてもおかしくはないだろう。


 店内に入ると、独特な匂いが漂ってくる。

 少し埃っぽいような、それがなんだか魔王城を思い出す。


「カチンッ」


 独特な機械音が天井から聞こえたかと思えば、壁に立てかけられていた筒状のものから、小さな玉が転がってくる。

 次々と板の上に飛び跳ねるように進んでいくと、最後は小さなコップにストンと落ちる。

 次の瞬間、鳥の魔物の形のした古時計が、「いらっしゃいまセー」と叫んだ。


「ほう、面白い。客を知らせる合図か」

「……いらっしゃい。こんな時間にめずらしいな」


 山積みにされたげぇむの箱の奥から現れたのは、真っ白い髪をくしゃっとさせた爺さんだ。足腰が悪いのか杖をついており、だがその鋭い目、頬の傷はどこか見覚えがある。


 まさか――。


「もしかしてお主、王国軍、刹那のファベルか?」

「……お前もしかして……リグレットか?」


 俺様の姿が変わっていないのに驚いたのか、ファベルは目を見開いた。


 ファベルは、勇者には一歩及ばずと言われていたが、凄まじい剣技で魔王軍を手こずらせた王国の騎士団長である。


 二つ名の異名は、その速度から由来したものだ。

 対峙中、瞬きをしたら命はない、と言われるほど、魔力を応用した高速移動がこやつの特技だった。


「嘘だろ……あの封印がこんなにも早く解けたのか……」

「バカを言うな、80年だ。長かったぞ」

「ははっ、当時の魔法使いたちは、千年は大丈夫だと胸をはってたぜ。でもなんでここに……そうか、敵討ちか」


 ファベルとは何度も剣を重ねた。もちろんお互いに悲しみや悔しみ、そして怒りがあった。当時には。


「時間ってのは残酷なものだな……。見てみろ、俺はもう刹那で動くことなんてできなねえ。だがお前は違うみたいだ。人間の姿になっちゃいるが、若さを保ってる。いいさ、退屈なこの世の中に飽き飽きしていたんだ。お前に殺されるなら、悪くない」


 初めて瞳を見た瞬間、気づいていた。おそらくげぇぃむを作ったのも、平和すぎる世の中での退屈しのぎなのだろう。

 俺様と戦っているとき、ファベルはいつも笑みを浮かべていた。平和を望む一方で、戦乱の世を楽しんでいた感情も少なからずあったはずだ。

 だがもうその世界は、過去の話。


「勘違いするな。復讐をしたいなどと思ったことは一度もない」


 俺様は、エリアスたちから奪ったげぇむの箱を取り出す。


「なんだそれは……? 俺が昔作ったげぇむじゃないか」

「なぜ……俺様の駒がないのだ!」

「……はい?」

「お願いがあるファベル、俺様の駒を作ってくれ」


 ▽


「あっははは、くっくくくっく、そうか、お前今、ミルクとエリアスと一緒に住んでるのか」


 豪快な笑い声が、古ぼけたおもちゃ屋に響き渡る。先ほどまで元気がなかったはずだが、今は昔のファベルのように豪快さを取り戻していた。


「平和な世の中にはまだ慣れぬが、少しずつ勉強しているところだ」

「そうか、それでこのげぇむにハマってくれたってわけか。暇つぶして始めた趣味で、そんな嬉しいこともあるんだな」

「その割には随分と精巧に作っておるがな。それで、俺様の願いを聞いてもらえぬか?」


 ファベルはニヤリと笑ったあと、ふっと力が抜けたかのように寂しい目をする。

 杖を持っていた右腕じゃない左手を前に出すと、頬よりも凄まじい傷跡が目立った。


「どうしたこれは、誰にやられたのだ?」

「やられたわけじゃねえさ、ある日、おもちゃを作ってたら事故でやっちまったのさ。もうまともな駒を作る事は出来ねえ。悪いなリグレット、戦いが終わった後、俺は抜け殻のようになった。だが暇つぶしに始めたおもちゃが意外とおもしろくてな。そのちんけなプライドが、出来が悪いものを作るなと言ってるのさ」


 ふと、過去のファベルを思い出す。

 俺様と同じで仲間を大切にする男だった。勇者がいなければ、間違いなくこやつが勇者と呼ばれていただろう。


 そんな彼が剣を置いたというのに、次の楽しみも奪われたのか。


 ……ふむ。


「ならば今は何をしているのだ?」

「簡単なおもちゃはまだ作れる。後はまあ、誰かに口出しするだけの爺さんだよ」

「気力は失われてはいないということか」

「邪魔にならない程度には使えるぜ。そういえば今思い出した、冒険者ギルドの後釜の魔族ってのはお前か、勇者あいつがいたら高笑いしてただろうに」

「……だろうな。それよりファベル、お主に問いたい。再び精巧なおもちゃを作れるようになったとしたら、嬉しいか?」

「……なんだ、いきなり」

「答えてくれ。俺様はまだ人の感情が理解できておらぬ。だが今話を聞いて、そう感じているのかどうか知りたいのだ」


 ファベルは静かに考えこむと、俺様がぽんと置いたおもちゃの箱を持ち上げた。

 蓋をあけると、精巧な作りの顔ぶれが並んでいる。

 それを子供のように屈託くない笑顔で眺めた後、口を開いた。


「ああ、嬉しい。そりゃ嬉しいさ、このおもちゃ、売れたんだよ。随分と金も入った。だが何よりも嬉しかったのは、喜んでくれた人達のお礼の言葉だ。今もまだ人気があるのは嬉しいが、おもちゃってのは新しい物を出していかなきゃならねえ。このおもちゃはもう古い」

「ふむ……ならばファベル、俺様に依頼しないか」

「……依頼?」

「そうだ。俺様がオリヴィアを開店したことは知っているだろう。きゃっちふれーずは、どんな依頼も受け付けますだ。その手を治したいのならば、承るぞ。もっとも、それは俺様の為でもあるが、これが商売の基本、だろう?」

「なんの冗だ――いや、魔族は……嘘をつかねえもんな」

「そうだ」


 魔族は嘘をつかない。これは本能レベルで刻み込まれている掟であり、人間たちも知っている。

 それを聞いたファベルは、深いため息を吐いた。今までの人生を振り返っているような、そんな表情だ。


「……そんな依頼、できるのか? 期待して……いいのか?」

「俺様は魔界四天王の長、智謀のリグレットだぞ」

「ははっ、そうだな。お前には随分と手を妬かされたよ。だったら……お願いさせてもらうぜ」

「うむ、ならばオリヴィアのリグレットがその依頼、承ったぞ」


 差し出された手を掴むと、ファベルはふ、と笑った。

 

 さて、久しぶりに体を動かすとするか。


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