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第二話 ②

 使役している女妖――黒髪のヴェルザは寝台横の椅子に掛けて居たが、ジンを見るなり、すっと立ち上がって一礼し、席を譲った。

 無言でその椅子に掛けて少年を見ると、まだ眠っている。大きな傷は癒した筈だが、苦しげに眉を顰めて唸っている……()けた頬は熱い。

「熱があるので冷やしています」

 脇机には水を張った木桶が置かれている。ジンは少年の額に置かれた布を手に取ると、水に浸して絞った。再び額に置いてやるが依然、苦しそうだ。

「どうしようか……」

 神力を与えてやりたいが、その為には口と口を付ける方が効率が良い。が、その行為は普通、愛情を伝える為に行う特別な行為らしいと知識を得た今、獣ではなくヒトの形をした少年にそれをするのは躊躇われる。

 うーん、と唸ってからそっと両手で少年の冷たい手を包み込んだ。そのまま体に沿ってゆるりゆるりと神力を送って行く……全身を包み込んだ力の殆どは(くう)に溶けてしまうが、幾らかはほんの少しずつ……少しずつ、その体に吸収されて行く。

 暫くすると少年は眉の力を緩め、はあっと一つ大きく息を吐いた後……ゆっくりと目を開いた。

「ああ、良かった。痛い所は無い?」

 半覚醒のぼんやりした表情でジンの方を眺め、少年は小さく口を開いた。

「……かあ、さ、ん……」

 明らかに自分を見ての言葉に驚き、ジンは思わず胸元を押さえてヴェルザを振り返った。

「殿方にしか見えません。朦朧としているのでしょう」

「ああ……そうか。長い事眠って居たからね」

 母さん、と再度声に出す少年に目を向ける。確かに目の焦点は合わず、声音も弱々しい。縋るように自分の手を握り締める少年の手は温かみを帯びている。

 空いた方の手で髪を撫でる……手の甲を掠める獣耳の毛皮の手触りがとても心地好い。

 やがて、瞳に意識の色を取り戻した様子で少年は口を開いた。

「だれ……?」

「僕はジン。ここの主だよ」

「こ、こ……ど……」

 言葉の途中で辛そうに少年は咳き込む。ジンは少年の背を支えて抱き起こしてやり、ヴェルザから湯呑を受け取る。そっと口元に付けてやると、少年はこくんと一口、水を飲み下す……と、ようやく落ち着いた様子で言葉を紡ぎ直した。

「ここ、どこ……?」

「ここは僕の館。君は……ええと、名を、教えてくれる?」

 眠っている間に泣いていたのか、涙の跡が見える。背を抱き抱えたまま濡れた布で頬を拭う。黙り込み、呆然とされるがままになってしまった少年の首元まできれいに拭ってやると、寝台の背もたれへ凭せ掛け座らせた。ジンは前屈みに椅子に腰掛け、少年の手を握って様子を見る。

 長い間黙り込んでいたが、やがて少年は口を開いた。

「オレは……ワーウルフ……の……最後の末裔……」

 まるで誰かの言葉をなぞるように一言ずつ口に出す。

「……あとは……分からない……」

 困惑の言葉を吐き出し途方に暮れた目で少年はジンを見つめ返した。


 弱っていた少年は、その後夢と現を行き来しながらも復調の色を見せた。傷が全て癒えれば混濁した頭の中も元に戻るだろうという予想に反し、少年の記憶は戻らなかった。

 ジンは少年に〝ウル〟と名付け、記憶が戻るまで館に住まわせる事にした。

 今の状態で〝新しい世界〟に誘っても無駄だろう……記憶を元に戻して承諾の返事を貰わねばならない。あの女性に会わせれば記憶が蘇るかもしれないが、あの空間には誰も入れてはならない。

 そう考えてジンはひとまず、ウルの痩せ細った体を健やかな状態にまで回復させようと考えた。が、はた、と困って小首を傾げた。神ではない者には食物が必要だと気付いたからだ。

 この世界の神は平時、主に自然やヒトの祈りから力を得ている。ジンはヒトからの祈りを得られない為、太陽や月や水晶から力を得ていた。本体が神々から吸い取った力を使う事は可能だが、そうする気にはなれず、ジンはこの世界を巡る自然の力を取り入れ活力と成していた。

 神とは違い、ウルの体は殆どヒトと変わりない。どうしようかと思案し、ヒトの世に通じているヴェルザにウルの世話を任せる事にした。

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