第6話 決戦前夜、山崎に集う者たち
「――決戦の地は、山崎とする!」
京の隠れ家で、主君たる信長(少女・天狐)から、まるで天啓のごとき助言を受けた羽柴秀吉。その言葉の真意は測りかねたが、彼女の持つ人知を超えた何かが、勝利への道を示していると確信した秀吉は、すぐさま全軍に号令を下した。
「者ども、聞けい! 逆賊・明智光秀は、勝竜寺城に籠もり、我らを迎え撃つかに見せかけているが、それは奴の罠やもしれん! 我らは奴の誘いには乗らず、山崎にて決戦を挑む! 全軍、ただちに山崎へ向けて進軍せよ!」
秀吉の号令一下、京周辺に集結していた数万の軍勢は、再び怒涛の如く動き出した。目指すは、京の南、淀川を挟んだ戦略上の要衝、山崎の地である。
その道中、摂津国から池田恒興(人間・男)率いる部隊が、秀吉軍へと正式に合流した。恒興は、信長の乳兄弟であり、秀吉にとっても頼れる兄貴分のような存在だ。
「秀吉殿! よくぞご決断された! この恒興、亡き上様の無念を晴らすため、この一命、貴殿に預ける所存!」
「おお、恒興殿! 心強い限りじゃ! 貴殿の力が加われば、まさに鬼に金棒よ!」
二人は固い握手を交わし、互いの健闘を誓い合った。恒興の合流は、秀吉軍の士気をさらに高めた。
ちなみに恒興は、死んだ信長が実は影武者であった、などと知らない。知っていながら素知らぬ顔を通す秀吉である。
***
秀吉軍は、明智光秀軍に先んじて山崎へと到着すると、すぐさま信長(少女)の助言に従い、戦場の要となる天王山の確保へと動いた。
「小六! お前と、お前の身内どもで、山の麓の川の流れを調べろ! 敵が潜んでおらんか、水の中までくまなく探るのじゃ!」
「へい、がってん!」
蜂須賀小六(大河童)とその配下の小河童たちは、水を得た魚ならぬ河童のように、淀川やその支流へと潜り、情報収集と警戒にあたった。その緑色の肌と水かきは、こういう場面でこそ真価を発揮する。
秀吉自身も休むことなく、諸将に指示を飛ばし、天王山の中腹から山頂にかけて、強固な陣地を築き上げていく。
「急げ! 急げ! あの狐(光秀)が来る前に、ここを鉄壁の砦とするのじゃ!」
秀吉の檄に応え、兵士たちは夜通しで土を運び、柵を打ち、塹壕を掘った。地の利を得る。それが、兵力で勝る秀吉軍が、さらに勝利を確実なものとするための鍵だった。
***
やがて、明智光秀(人間・男)率いる軍勢も山崎へと到着した。しかし、彼らが目にしたのは、既に天王山を完全に抑え、万全の布陣を敷いた秀吉軍の姿だった。
「……くっ! 猿め、動きが早すぎる……! まさか、この天王山を先に取られるとは……!」
光秀は馬上から秀吉軍の陣容を睨みつけ、苦々しげに呟いた。彼の計算では、秀吉軍の到着はもっと遅いはずだった。なぜ、これほどまでに早く、しかも的確に要衝を押さえることができたのか?
(……もしや、あの御方が、裏で糸を引いているのか……? だとすれば、この戦、ますます……)
光秀の胸に、言いようのない焦りと、そしてある種の恐怖が込み上げてくる。彼は、自らが討とうとした「魔王」の影に、今まさに追い詰められようとしているのかもしれない。
「……ええい、ままよ!」
光秀は迷いを振り払うように首を横に振ると、淀川沿いの、やや低湿な地に陣を構えるよう命じた。不利な状況であることは承知の上だ。だが、もはや退くことはできない。ここで秀吉を討ち果たさねば、自分に未来はないのだ。
「皆の者、聞け!」
光秀は、集まった家臣たち(斎藤利三ら、彼に最後まで従う者たち)に向かって、悲壮な覚悟を込めて告げた。
「我らの敵は、数では我らを上回る。されど、我らには大義がある! 織田家の、いや、日ノ本の未来のために、あの成り上がりの猿を、ここで討ち果たすのだ!」
その言葉に、明智軍の兵士たちの間に、決死の覚悟が広がっていく。
***
京の隠れ家では、信長(少女・天狐)が、水晶玉に映し出される山崎の様子を、退屈そうに眺めていた。傍らには、心配そうな顔をした小六(大河童)(彼は情報伝達のために一時的に戻っていた)が控えている。
「……ふん、サルめ、言われた通りには動いたようだな。天王山を押さえれば、負けることはあるまい」
信長(少女)は、金平糖を一つ口に放り込みながら、呟いた。
「それにしても、光秀め……。あの男も、もう少し利口だと思っていたが……。まあよい。せいぜい、サルの引き立て役を務めるがよいわ」
その紅い瞳には、かつての忠臣への憐憫の色は微塵も浮かんでいない。彼女にとって、光秀もまた、自らの描く大きな筋書きの中の、一つの駒に過ぎないのかもしれなかった。
「お、親分は……大丈夫でやしょうか……?」
小六(大河童)が、おずおずと尋ねる。
「案ずるな、河童。あのサルは、ああ見えて悪運だけは強いからのぅ。それに……」
信長(少女)は、ふっと意味深な笑みを浮かべた。
「……万が一の時は、この儂が、少しばかり『風』でも吹かせてやろうぞ」
その言葉が、天候操作を意味するのか、それとも別の何かを意味するのか、小六には知る由もなかった。
***
山崎の地。
天王山に布陣する秀吉軍と、淀川沿いに陣を構える明智軍。両軍合わせて数万の兵士たちが、互いに睨み合い、息を殺している。戦場の空気は張り詰め、今にも弾けそうだ。
秀吉は、本陣の最前線に立ち、眼下の明智軍を見据えていた。その猿顔には、緊張と、そして高揚感が浮かんでいる。
(光秀……! いよいよ、決着の時じゃ……!)
秀吉は、佩刀の柄を強く握りしめた。そして、天に向かって、高らかに右手を振り上げる!
「者ども、かかれーっ!! 逆賊・光秀を討ち取り、上様の無念を晴らすのじゃ!!」
「「「おおおおおおおっ!!」」」
鬨の声が、山々にこだまする! 秀吉軍の先鋒部隊が、雄叫びを上げながら、一斉に明智軍へと突撃を開始した! それに応え、明智軍もまた、鉄砲隊が一斉に火を噴き、迎え撃つ!
轟音と、硝煙と、怒号と、悲鳴。
日ノ本の歴史を大きく変えることになる、山崎の戦いの火蓋が、今、まさに切って落とされた!
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