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第10話 北ノ庄の鬼と犬、揺れる忠義

 京で羽柴秀吉が「主君の仇討ち」を成し遂げ、その名を轟かせていた頃、北陸・越前国の北ノ庄城では、「鬼柴田」こと柴田勝家(鬼娘)が、秀吉の急速な台頭に、燃えるような怒りの炎をたぎらせていた。


「サルめが……! わしを差し置いて、京ででかい顔をしおってからに!」


 広間の床を踏み抜かんばかりの勢いで、鬼娘は吼えた。その額の一本角が、怒りに赤黒く染まっている。彼女にとって、織田家の筆頭家老はこの自分であり、信長亡き後の織田家を差配するのも自分であるべきだった。成り上がりの猿ごときに、その座を奪われるなど、断じて許せることではない。


 その怒りの矛先は、まず織田家の支配に反抗する越前国内の一向一揆残党へと向けられた。


「うおおおお! 鬱憤うっぷん晴らしじゃ! 根切りにしてくれるわ!」


 勝家(鬼娘)は、愛用の巨大な金棒「鬼砕き」を軽々と肩に担ぐと、自ら先陣を切って敵の砦へと突撃した! その姿は、まさに戦場を駆ける鬼神!


 ドゴォォォン!!


 金棒の一撃が砦の門を粉砕し、巨大な木片が宙を舞う! 敵兵が放つ矢や鉄砲玉など、彼女の鋼のような肉体には蚊が刺したほどにも感じられない!


「邪魔じゃ、雑魚どもが!」


 金棒を横薙ぎに一閃! 凄まじい衝撃波が巻き起こり、十数人の敵兵がまとめて吹き飛ばされる! ある者は鎧ごと砕かれ、ある者は壁に叩きつけられて動かなくなる。その圧倒的なまでの破壊力は、人間のなせる業ではなかった。


「ひぃぃ! お、鬼じゃ! 鬼が出たぞ!」


 敵兵は恐怖に駆られ、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。勝家(鬼娘)は、それを高笑いしながら追いかけ、金棒を振り回す! まさに、一方的な蹂躙だった。


「――そこまでです、勝家様!」


 その時、勝家の背後から、凛とした声が響いた。前田利家だ。彼女は、勝家の破壊的な力の後始末をするかのように、槍を手に冷静に戦場を駆けていた。


「深追いは無用。敵の大将は、あちらに!」


 利家(犬娘)は、燃え盛る砦の奥、必死に逃れようとする敵将の姿を的確に捉えていた。彼女の茶色の犬耳が、微かな音や気配を拾っていたのだ。


「おう、又左衛門か! よし、あの首は貴様にくれてやるわ!」


 勝家(鬼娘)はニヤリと笑い、金棒を肩に担ぎ直した。


「はっ! お任せを!」


 利家(犬娘)は短く応えると、風のように駆け出した! その槍捌きは、まさに「槍の又左」の名に恥じぬ、洗練されたものだった。敵兵の攻撃を最小限の動きでかわし、急所を正確に貫いていく。勝家の豪快な「剛」の戦いとは対照的な、美しい「柔」の技。


 そして、ついに敵将の前に躍り出ると、一瞬の攻防の末、その槍が敵将の喉を正確に貫いた!


「……見事じゃ、又左衛門!」


 戦いが終わり、勝家(鬼娘)は上機嫌で利家(犬娘)の肩をバンバンと叩いた。その力の強さに、利家(犬娘)は「わ、わんっ!」と悲鳴に近い声を上げる。


「お主の槍働き、いつ見ても惚れ惚れするわい! お主と儂が組めば、天下に敵なしじゃ!」


 勝家(鬼娘)は豪快に笑い、傍らの兵に酒を持ってくるよう命じた。


 宴の席で、勝家(鬼娘)は大きなさかずきで酒をあおりながら、話題を京の秀吉へと移した。


「……それに引き換え、あのサルめ! 主君の仇討ちだか何だか知らんが、京で好き勝手しおって! 近々、清洲で会議が開かれるそうじゃが、そこで織田家の跡目は儂が決める! そして、いずれはあの猿の増長した鼻っ柱を、この儂がへし折ってやらねばならん!」


 勝家(鬼娘)は、秀吉への敵意を隠そうともしない。そして、隣に座る利家(犬娘)に向き直り、ニヤリと笑って言った。


「又左衛門! 清洲の会議が終われば、次はいよいよサル退治じゃ! その時も、お主のその見事な槍で、あの猿の眉間を貫いてみせよ! 儂が一番槍の功名をくれてやるわ! わっはっは!」


 その言葉に、利家(犬娘)の顔から、さっと血の気が引いた。愛らしい犬耳がしょんぼりと垂れ、ふさふさの尻尾も力なくパタリと落ちる。


「は、はぁ……まぁ……その……」


 利家(犬娘)は、曖昧に笑って誤魔化すしかなかった。勝家への恩義は海よりも深い。彼女に逆らうことなど考えられない。しかし、秀吉は若い頃からの、かけがえのない親友でもあるのだ。その秀吉を、この手で……?


 宴が終わった後、利家(犬娘)は一人、月明かりが差し込む縁側で、愛槍「梅鉢」を抱きしめながら、深くため息をついていた。


(勝家様には、逆らえない……。だが、秀吉殿を、この手で討つなど……できるはずがない……)


 忠義と友情の板挟み。その重圧が、彼女の肩に重くのしかかる。


(わんっ……! 俺は……俺は、どうすれば良いのだ……!?)


 答えの出ない問いに、利家(犬娘)はただ、月を見上げて途方に暮れるしかなかった。


 清洲会議、そしてその後に訪れるであろう、避けられないであろう秀吉との対決。彼女の苦悩は、まだ始まったばかりだった。

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