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想い出  作者: 彼岸  章華


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観察にて

 犯罪は、世間や法律が定めた存在である。

 人の世を生きていくのであれば、守った方が良いだろう。


 だが、その判断基準は人によって異なるのだ。




 雄一郎さんの、 

「そうですね。一つだけ、ありましたよ。勉強をしている時以外は、基本的に全ての行動が監視されていましたね」

 という言葉を聞いて、私はそう思った。


「は?監視?」


 それは、普通に、犯罪では?


「恐らく、大きくて豪華絢爛な洋館でしたから、盗みに警戒していたのでしょうね」


 理屈は理解したが、それでも可笑しいだろう。


「それ、嫌じゃなかったの?」


 だが、雄一郎さんにその事実は可笑しいのだと告げてはいけないと思った。だから、こんな質問をしたのだ。


「嫌ではなかったですね。特に気にしなかったですので」


 当の本人が気にしていないのだから、仕方ないだろう。


「それは、他者の行動に関心がなかったって事?」


「そうですね」


「それにしては随分と。まず、監視ってばれたら意味ないんじゃない?」


 一応、気になる事は聞いておく。


「それは、彼が監視に向いていなかったのが原因ですし、あまり生活に支障もなかったので」


非干渉な権利(プライバシー)の保護は一体どうなってるんだ」


 唯一、私の頭が振り絞った言葉である。


「ありませんよ、そんなもの。何十年前だと思っているのです」


「これが、時代か。知りたくなかったよ」


 可能なら、一生知りたくなかった事である。


「今は随分と、教え方が変わりましたからね」


「それは、平和になったって事だと思うよ」


 そう、捉える事にしよう。


 誰かに平和ぼけと言われようと、それは良い事なのだ。危険な状況より何倍も、良い事なのだ。


「確かに、そうでしょうね。それに、教わる側の人間性と、教える側の人間性が変化したのでしょう」


「人間性?それは、関係あるのかい?」


 あまり、考えた事のない事だ。

 一体、変化の何が関係あると言うのだろう。


「大有りですよ。日常的に暴力を振るう者は、暴力を道具にする事を覚えているのですから」


「えっと、暴力を道具にすると、何が起こるの?」


 私の頭では、ぼんやりとした想像しか出来なかったのだ。


 すると、雄一郎さんが真剣な表情で

「獣が人の食事の味を覚えると、どうなります?」

 と、言ったのである。


「獣が?えっと。多分、もう一度、その食事を食べたいから、人を襲うようになると思う。この答え、合ってる?」


 放送番組(ニュース)で言っていた言葉の引用だ。


「合っていますよ。それが、野生の獣に食事を与えてはいけない理由です。では、それを暴力に置き換えると、どうなりますか?」


 置き換える?


「暴力に?えっと、教える時に暴力を利用するようになる、かな?でも、これって、何を得るの?獣はご飯を得るでしょう?それなら、人は?」


 私の頭では、ここまでが限界だったのだ。


 すると、雄一郎さんが、勉学を教える教員のような顔で言った。


「一つ、良い事を教えましょう。人は一度でも暴力を行使すると、並大抵の事がない限り、それが(くせ)になるのですよ」


 その言葉に、私は疑問符を浮かべる事しか出来なかった。


「癖?なんで?人を殴るのが楽しくなるの?」


 理解が出来なかったのだ。昔の私でも、そんな事はしていない。


「それは快楽を得る人の考え方ですね。それも、あるにはありますが、最も多い理由は(らく)だからです」


 自分の仕事を他者に押し付けて、掃除当番から逃げようとする子供のようなものだろうか。


「それが、相手を暴力で人を支配する理由か。確かに、いたな。そんな人」


 しかし、あの人は良い人なのだ。

 昔、迷子になっていた私を親切丁寧に目的地まで連れて行ってくれたのだから。


「貴方の交友関係に口を挟む気はありませんが、大丈夫ですか?何か怪我をされたり」


 すると、雄一郎さんが不安そうに聞いてきた。

 どうやら、私の言葉が悪かったらしい。


「そんな心配そうな顔をしないでよ。大丈夫さ、怪我なんかしてないから。それに、あの人は、その欲求を自分で抑え込めれたからね」


 あの人が、私に暴力を振るってきた事が一度もないのが、良い証明だろう。

 すると、その言葉を聞いた雄一郎さんは、とても驚いたような素振りを見せた。


「おや。その人は、とても強い人ですね。尊敬に値する素晴らしい人です」


「ああ、そうなんだ。欲求を抑えられるなんて、並大抵の精神力じゃ出来ないからね。それで?未だ、重要な事が残ってるの忘れてない?」


「暴力を与えられる側の気持ちですね。しかし、これは言わなくても、自ずと解るのではないですか?」


「拒絶と怒り」


 これは、解る。即答出来る。


「その通りです。僕の説明など必要なかったでしょうに」


「解らないのは、暴力が受けた人が何を得るのか、だよ」


 本題は、これだった。


 私は痛いのは、嫌いだ。苦しいのは、嫌いだ。だから、解らなかったのだ。


「先程、貴方が言った事が答えなのですが。貴方はその答えには納得しないでしょうからね。では、人に何かを教える時、教わる人は何を得ますか?」


「知識、だね」


 だが、これは。


「答えは、でましたね?」


「暴力を受けて、知識を得てるの?でも、それって効率が悪くない?暴力から逃げようとして、途中でその人が逃げたら、どうするのさ」


 あまりにも、非効率的な行動だ。それに、痛いではないか。


「これが、良くできているのですよ。暴力は痛いでしょう?」


 先程、思った事だ。


「当然だね、私は痛いのは嫌いだから、出来れば、逃げたいかな」


 逃げるのは、得意である。何度も何度も逃げてきた。


「そうでしょう?では、この暴力はどのような状況で使われますか?」


「悪い事をした時、かな?あと、当人の都合が悪い時もあるかも」


 もっと他にもあるのだろうが、私の頭に浮かぶのは、これくらいだった。


「そうですね、一般的には状況が悪い時に利用される事が多いのです」


「それに、何の意味があるのさ?」


 質問の意味が、解らなかった。


「先程のような快楽欲求者を除けば、状況が良い時や都合の良い時には、利用されないのですよ」


 雄一郎さんの言葉で、初めて気が付いた。


「あっ、そっか。でも、そんなの一時的な安心でしょ?」


 それでは、意味がないだろう。


 人は永続的な安泰を求めるのだ。一時的な安泰など、すぐに崩れてしまうに違いない。


 私は、そう思ったのだ。


 しかし、雄一郎さんは、首を横に振った。


「その安心が、罠なのですよ」


「罠?」


 一体、何が、罠だと言うのだろう。


「貴方は、先程ご自身の手で答えを出しましたよ」


「それって、あの人の事?でも、あの人は欲求を抑えてるよ」


「欲求を抑えるとは言っても、それは欲求を抑えなけば、暴力的な行動をとる事を知っているからこそ出た言葉でしょう?」


「それは、そうだけど」


 言葉に、詰まった。


 その言葉通りだと、正論だと、そう思ってしまったのだ。


「貴方のお知り合いを悪く言っているのではないのです。先程の言葉を思い出してください」


「それって、暴力を抑える事をしない人の事?」


 話の内容からして、これだろう。


「そうです。例えば、その人がとても気分が良く、暴力を与えてこない時があったとします」


「ひょっとして、何度もその一時的な安心を求めるようになるって言いたいのかい?」


 理解できなかった。火の中に飛び込んで行くようなものではないか。


「ええ。嫌な事をされても安心があるのであれば、話は別なのですよ」


「本当に?」


「本当です。それが危険な事であっても、その安心を求めるようになるのです。それに、仕事や勉学の場合は上達をすれば安心を得る事ができますからね」


 そう言った雄一郎さんは、嫌そうな雰囲気は一切なく、事実を告げている事が解った。


「嫌な安心だな。でも、効率は?教育は結局、知識を得たのか、得なかったのか。それが重要でしょ?」


 効率が悪ければ、意味がないだろう。

 大学の勉強でも、効率を重視しながら行うのだ。


「残念ながら、上手くいくのですよ」


「なんでだい?反発したらどうするのさ。あっ」


 その言葉を言いながら、自分自身の言葉の事実に気付いた。


「その顔は、気が付きましたね?そうです。ある程度の反乱因子は暴力で抑え込めるのです。過度な反感は、無理ですがね」


「その無理だった時の最たる例が、革命か」


 まったくもって、嫌な思い付きである。


「ええ。しかし、これで暴力を利用する人の心理が少し解ったでしょう?」


「そうだね。非人道的で、とても効率的だ」


 理解したくないが、納得してしまった。嫌な事ばかり良く出来ている。


「貴方の先程言った、精神的な痛みも該当しますよ」


 その言葉に、私は思わず、「そうだね。なら、やっぱり貴方の話は暴力的だったんだね」と言ってしまった。


 すると、雄一郎さんは苦笑いしながら

「痛いところを言わないでください。ですが、これも一つの時代の変化なのですよ」と、言ったのだ。


「そうなの?時代の?」


 口には出さなかったが、とても面白い意見だと思った。


 そんな私を置いて、雄一郎さんは言葉を続ける。


「ええ。変化しているのですよ。人々は時代と共に変化しているのですから」


「確かに、それもそうか」


 歴史が、証明している事だ。


 その時だった。


 雄一郎さんが、紅茶を飲み干しながら

「ええ。理解が早くて助かります。さて、僕の夏の思い出は、これでお終いですよ。満足して頂けましたか?」と、言ったのである。


 そんな質問、態々しなくても答えは決まっている。


「大満足だよ。色々と学ぶ事もあったからね。でも、貴方とは認識には差があるって事が一番大きい勉強かな」


 次からの会話で、気をつけなけばならない事でもある。


「これが、世代間に生じる差ですよ」


 雄一郎さんが、静かに言った。


「成程ね。それなら、理解できないのも納得だ」 


「おや、そうですか?」


「それぞれの普通が通じないんだよ。仕方がないだろう?」


 常識が違うのだ。それぞれの生き方や考え方があるという現代社会の思想と同様だろう。


「そう言われてみれば、確かにそうですね」


「だろう?でも、理解できなくても、知る事はできるよ」


 同じ言語で、話しているのだ。知ろうと思えば、幾らでも手はある。


「おやおや。ですが、そうですね。僕も相互理解と相互認識の重要性を、改めて痛感しましたよ」


 雄一郎さんが、真剣な口調で言った。


「そうだね。大事だなって思ったよ」


「まったくです。世の人達の苦労は絶えないですね」


 最たる例は、年代別(ジェネレーション)認識誤差(ギャップ)だろう。


 たまに、両親との会話でも噛み合わない部分があるのだ。


 仕事をしている人達は、本当に凄い。様々な年代の人達を相手にしているのだ。尊敬の意を評する。


「その通りだね。さて、今日はこれくらいで終わろうか。空が暗い」


 夕暮れを、悠々と通り越している暗さだった。


「おやおや。もう、そのような時間になっていましたか。あっという間ですね」


「そうさ。でも、それはこの話し合いが楽しかったからでしょ?」


 時間の経過感覚の差という奴だ。


「そうですね。僕は思い出を人に共有できますし、貴方の話は面白いですから」


「ありがたいお言葉だね。それじゃ、また会おうか」


 その言葉を合図に、それぞれ支度を済ませて、店を出た。


 代金は既に雄一郎さんが支払っていたのだ。相も変わらず、抜け目のない人である。


 だが、想像以上に遅い時間になってしまった。両親にまた要らぬ心配をかけてしまうかもしれない。


 入院した一件から、過保護の度合いが増してしまったのだ。


 しかし、今日は迷子になる事はないだろう。そんな事を思いながら、帰路についた。


 涼しい風が、紅茶で温まった体を掠めていった。


二章 ー完ー


お読みくださり、ありがとうございます


それでは、続編をお待ちください

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