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想い出  作者: 彼岸  章華


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誤認にて

 自分の認識と他人の認識が異なる時。

 人は、感情を衝突させるのである。 


「それで?どんな奇天烈な夏だったんだい?」


 季節外れの太陽を眺めながら、雄一郎さんに尋ねた。


 すると、雄一郎さんは驚きと怒りを孕みながら

「はい?貴方(きみ)、先程の僕の話を聞いていなかったのですか?」

 と言ったのだ。


 私は、その言葉に驚いてしまった。

 雄一郎さんの言っている言葉が、私の頭に混乱を招いたからである。


「えっ。ちゃんと聞いてたよ。なんで、そんなに怒るんだい」


 想像力が貧相な私には、雄一郎さんの怒る理由が一切見当つかなかったのだ。


 すると、その思いが伝わったのだろう。


 雄一郎さんが顔を顰めながら、徐に説明を始めた。


「なぜ?なぜですって?これが怒らずにいられますか。貴方は先程、僕が何を言ったのか覚えていないと言ったのですよ」


 ああ。

 いつも浮かべている子守熊(コアラ)のような穏やかな表情は見る影もない。

 そこにあるのは、怒りに染まった蛇のように鋭い視線のみである。


 ああ。

 その雄一郎さんの言動が、さらに私の困惑を強めたのだ。


 だから、私は

「覚えて、ない?貴方はさっきから一体、何を言っているんだい?」

 このような言葉を、混乱まじりに紡いだのである。


 そして、さらに、このような言葉を続けたのだ。


「それこそ、私が言ったじゃないか。奇想天外な、不思議な夏だって」


 ああ。

 これは、私の認識が、頭が、可笑しいのだろうか。


 思わず、そう思った。

 しかし、私は目の前で紅茶を啜る老紳士から、その奇天烈な夏の思い出話を聞いたのだ。


 間違っている筈がない。私の記憶力に誓う。


「不思議な夏ではありません。そこが、間違っているのです」


「えっ」


貴方(きみ)の記憶力は飾りですか?代り映えしない、普通の夏だったと、そのように言ったではないですか」


 いま、なんと、言った?


「普通の夏?え、私の聞き間違いだったの?だからさっき、あんなに動揺して?」


 それでは確かに、辻褄は合う。

 だが、それにして何か可笑しい。


 理由は解らないが、何かが可笑しいのだ。けれど、それを言うのは今ではない。


 これ以上話を長引かせると、雄一郎さんの表情が普段私が浮かべているような狐顔の不機嫌な顔になってしまう。


 すると、雄一郎さんが、言った。


「しない、理由がないでしょう。先程の貴方の言葉は、僕の思い出を否定する言葉だったのですよ」


「それは、ごめんなさい」


 ようやく、雄一郎さんの憤っていた理由が解った。


 確かに、これは気分が悪い。


「まったく、困ったものですね。ですが、聞き間違いは、誰にでもありますからね」


 そう、雄一郎さんが言った。


「それに、僕も少し大人げなかった部分もありましたから、そんなに気にしないでください」


 そして雄一郎さんは、困ったような素振りで、さらに言葉を続けた。


「しかし、危なかったですね?」


「危なかったって、一体、何が?」


「もし、貴方があのまま頓珍漢な話を続けていたのなら、僕は驚きのあまり、お店の陶器(コップ)を割っていたかもしれませんよ」


 その言葉を理解するのに、随分と時間を要した。現実を受け入れる事が出来なかったという方が正しいのだろうか。


 その理由は、単純だ。

 雄一郎さんの言葉が、私にとって衝撃的だったからである。


 もし、今の言葉を、この喫茶店を利用していない人が聞けば、意地悪な老紳士が貧弱な青年を脅しているように感じるだろう。


 だが、喫茶店の利用者である私からすれば、今の雄一郎さんの台詞は、さらに恐ろしいものに様変わりするのだ。


 例えるのであれば、明日の天気を告げるように平然と、私の紅茶に毒を盛ったと告げたようなものだろうか。


 まず、間違いなく言える事は、雄一郎さんには、人を脅す才能があるという事だろう。


「は?えっと、私もう一度病院に行ったほうが良いかもしれないね。幻覚と幻聴が、頭の中で西班牙舞踏(フラメンコ)を踊ってるよ」


 ならば、私が行う事は一つ。


 頭を空にして、思考を停止させるのだ。

 世の中では、これを現実逃避と呼ぶらしい。


 しかし、そんな事をしていた罰だろうか。


 雄一郎さんが、滑稽だと言うかのように

「おや。随分と面白いな頭ですね。一体、どのように踊っているのです?」

 などと、恐ろしい事を聞いてきたのだ。


 現実逃避に走った脳内空虚(アッパラパー)な思考に、随分と酷な事をする。


 しかも、こうなったら現実逃避を維持するのも難しい。


 私は、心の中で数分前の自分を恨みながら「驚かないでね?目の前にいる素敵な老紳士が、紅茶片手に優雅に寛ぎながら、お店の陶器を割るって言ってるんだ」

 と、雄一郎さんに向かって言ったのだ。


 事実である。


「おやおや」


 だから、雄一郎さん、愉快そうに笑わないでくれ。


「悪夢だよ。現実だったら逃げてるね」

 

 そんな事をしても私は、上手く回らない頭を必死に回転させる事しか出来ないのだから。


 なにせ絶賛、脳内逃避行の最中なのだ。


 すると、その瞬間。


 雄一郎さんはわざとらしい、驚いたような素振りで

「それはまた、随分と具体的な内容ですね」と言ったのである。


 私は、その言葉を聞いて、声には出さなかったが

「当然だ」

 と思った。


 なぜなら、数分前に実際に起こった事だからである。


 だが私は、未だ現実逃避に洒落込みたかったので

「だろう?でも、そんな事ある訳がないよね?この喫茶店の品、一つ一つが高級品なんだから」

 と、とぼけたような口調でこう言ったのだ。


 ちなみに、この言葉には

「雄一郎さん、それ、わざと?」

 という確認の意味もあった。


 なにせ、この店を利用するなら、この茶器の貴重性など、常識の範疇なのである。


 そう。

 知らない筈がないのだ。


 もし、知っている上で言っているのであれば、狂れているか、頭の螺子が外れているか、そのどちらかだろう。


 すると、雄一郎さんは

「ええ、そうですね。考えるだけでも恐ろしい」

 と、口を開いたのだ。


 なるほど、理解した。


 どうやら、これは雄一郎さんの揶揄いの延長線らしい。

 相も変わらず、趣味が良い事だ。


 だが、これは流石に、やり過ぎではないだろうか。


 いや。

 これは先程の私の言動に、それほど苛ついたのだ、という意思表示か?


 そう、思った時だった。


「では、ここで貴方に、一つ良い事を教えてあげましょう」


 そう言って雄一郎さんは、まるで秘密話をするように、声を潜めたのである。


 ああ。

 その声は、やけに自信に満ちていた。


「良い事?貴方の言う良い事が想像つかないんだけど。それ、本当に良い事?」


 そして私は、その言葉が信用出来なかった。


 当たり前である。

 先程の意地の悪い揶揄いが、未だに続いているのだ。


 しかし、そんな事は雄一郎さんには関係ない。

「ええ。では、失礼して」

 と、言って微笑を浮かべているのが証拠だ。


 そして、雄一郎さんの姿をした悪魔は

「先程の言葉は、悪夢ではなく、現実ですよ」

 と、こう囁いたのである。


 ああ。


 その言葉は、甘い夢を見ていた私を苦い現実に突き落とす、目覚まし時計のような残酷な代物だった。


「やめてくれよ。幻覚とか、幻聴であってほしかっただけだよ。これが現実なのは解ってるって」


 そうだ。

 解っていた。知っていたのだ。


 そう。

 私は、これが雄一郎さんの忠告であるという事は解っていたのである。


 そうでなければ、現実逃避など行わない。


 いや。


 もしかして雄一郎さんは、先程の私の現実逃避の言動に反省の色がないと、巫山戯ていると、そう思ってしまったのではないか?


 可能性としては、あり得る。


 不味い。

 先程の言動の釈明を、行った方が良いだろうか


 いや。

 この場合は、会話の内容を覚えていなかった事に対する謝罪か?


 どちらが、良いだろうか。


 ああ。

 そう、思った時だった。


「これは失礼。随分と貴方が面白い反応をするものですから。つい、悪戯心に火がつきまして」


 雄一郎さんが、このような事を言ったのは。 


「え。ついって、貴方ね。いや。貴方の事だから、随分と良い趣味を持っている事は解っていたけどね」


 だが、理解と納得は同意義ではない。

 

 そして、ここで重要な事は、私が雄一郎さんの性格を、別に悪くないとも思っているという点だろう。


 そう。

 こんな事をされても、私は雄一郎さんの事を友好的だと思っているのだ。


 だって、私と話をしてくれるのだから、嫌う理由がない。


「でも、今回は流石に精神にきたよ。お陰で胃痛の嵐さ」


 だが、これも事実だ。


 ああ、そうだ。

 今度、薬局に行こう。


 睡眠薬を買った時の薬局と、同じ店で良いだろう。あそこの薬は安いのだ。


 家計的にも、優しいだろう。


 そして私は、そんな事を考えながら、心の内をこぼすように

「だけど、そうか。そう考えてみると、()()も間違ってるかもしれないな」

 と、呟いたのである。

お読みくださり、ありがとうございます


それでは、続編をお待ちください

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