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夜明けの月は満月?

作者: 黒楓

今日の月曜真っ黒シリーズは、“独身時代”の冴ちゃんのお話です。




 久しぶりに……()()()()客だった。


 一晩中、まんじりとも出来なかった。


 客の為に淹れてやった後で、無理に飲み込んだ出涸らしのコーヒーが……キリキリ痛む胃から逆流して、私は側溝に屈みこんでそれを()()()

 昨日はもっと酷い物が喉の奥にブチ当たっても耐えられたけど、客と別れてホテルを出たら気が抜けたらしい。


 落ちるなあ……


 ヨロヨロと立ち上がり、行くべき方向を見回して一歩ずつ足を進めると、鈍痛が苦い思いを更に嵩増しさせる。


『緩やかな死』


 そんな言葉が頭を擡げた時、公園の木立が見えて……私はベンチを求めて中へ入った。



 --------------------------------------------------------------------


 だらしなく座った膝の上に昨夜の稼ぎを広げ、二つの束に仕分けする。


「今月はもう……()()()()()なあ……」


「だったら“生活”はどうするんだ?!そういう気分屋気質がお前の唾棄すべきところだろう!」


 相反する“自分”が頭の中でお互いを噛み付き合って私は更に消耗する。


 これはダメなパターンだ!!


 私は必要と感じた時には、ベッド脇にカメラを仕込み、客との一部始終を録画しているから……

 “怠惰な私”は“勤勉であろうとする”私に「お前の勤勉は所詮不毛なのだ!」と言い負かす為に、スマホを立ち上げ、この映像ファイルのアイコンをタップした。


 しかし、昨夜録り続けだった映像をスマホで確認するとゾッとする場面の連続で……本当に自分は“危険な状態だった”と言う事に今更ながらに震撼した。


 自分のこんな姿を人に見られるのはさすがに辛いけれど……()()()()が被害に遭わなくて済むかもしれないから……“店”に映像を開示しなきゃだなあ……


 ため息ついてスクロールバーをスライドすると、夢にうなされている客がガバッ!と起き上がり、いきなり私のバスローブを剥いで胸を鷲掴みにし、噛む様に貪る様が映し出された。

 そう!

 私はあの時……痛さと恐怖を抑え込んで、この行為がボーダーラインをどの程度超えているのかを測っていたんだ。

 客の左薬指のくすんだ結婚指輪の……胸を擦る僅かな冷たさを拠り所にして。


 ああコイツは!

 夜が明けたら

 出張先の仕事場で

 何らかのストレスを抱え込まされるのだろう!

 その未来から一時、目を逸らしたくて

 私の命を喰らっていたんだ!


 遠い昔……

 ()()()()()()()頃……

 ダチの部屋にネコが居た。


 ネコは図々しい人馴れで

 制服の短いスカートの裾を暖簾の様にくぐり、私の下着に毛まで残した。


 そいつが魚や鳥の骨を食む「カリリ、ゴリリ」と言う音が今、私の耳に聞こえて来た。

 私が噛み砕かれる音として……


 その音から逃れようと身をよじらせ空を仰ぐと……重い青の中に月が輝いている。


 その左下に煌めくのは金星?


 いや!

 こんな事に振り回されてばかりじゃ埒が明かない!


 私はベンチから立ち上がってジーパンのお尻を掃った。



 --------------------------------------------------------------------


 駅まで辿り着いたら24時間営業の居酒屋があった。


 私は双六を()()()()()()へ戻して、瓶ビールと海鮮丼を注文した。


 生きる価値など有りそうにない私がビールを手酌しながら、さっきまで水槽で生きるか死ぬかしていたアジを喰らっている。


 こんな私とあの客とは……いったいどれほどの違いがあると言うのだろう?


 ただ生きるのを凌ぐ為に、他の命を喰らっているだけじゃないか?!






本当に怖くて辛いお話でした……




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「独身時代」の後を知る者には若干の救いがあるけれど…… やっぱり読んでいて辛かったです。 でも痛みを痛みとして逃げずに記すのは、ストーリーテラーとしての責務、或いは為すべき苦行。 それができているの…
 闇深くも明るさがある物語に感じました。     自分も他人も消耗品のように感じている女性の「それでも死んじゃダメ」という気持ちを受け取りました。  なんとでもなるんですよ。とりあえず……。  あ…
最後の一文が、冴ちゃんの魂の叫びに感じられて、悲痛でした。 でもこれは、生きたいという気持ちがまだあるからこその叫びなんだろうなあ、と……。 完全な虚無ではないぶん、希望が残されているというか。 英さ…
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