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勇者の再解釈  作者: 氷上 栄紀
1章:最初の村
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1-6.勇者の必然な現実

山菜と干し肉をメインとしたどこか柑橘系の爽やかさを感じるスープは、大変満足度の高い一品だった。聞けば宿屋の看板メニューだったそうで、思わず口から飛び出た賛辞にリンカもご満悦だ。


「こんなに美味しそうに召し上がってくれる方、久しぶりですね…最近は村の外から滅多に人が来ないので…」


先ほど村長の口からもそんな話があった。1ヶ月ほどリンカの宿屋にはお客さんが来ていないと。

沈んだ表情を見せた所に続きを聞くのは少し憚られたが、話し始めたからには聞いて欲しいという思いもあるのかもしれない。


「お部屋も綺麗でご飯も美味しいのに、それはどうして?」

「簡単に言うと割に合わなくなったからでしょうか?この村の南に広がる大森林には希少な薬草が分布していて、冒険者さんがよく来ていました。でも2月位前から突然強い魔物が徘徊するようになってしまって…」

「簡単に薬草が取れる場所だったのに、強い魔物と戦わないといけなくなってしまったと。」


冒険者という職業は魔物と戦ったり、素材を入手したりして生計を立てるイメージがある。命に関わることを考えれば、確かに強い魔物の出現は冒険者の往来に影響するだろう。


「ついでに言えばここから北にある町の近くにダンジョンができたって話も聞いたねぇ。そのせいもあるだろう。」


横から村長が補足してくれる。ダンジョンがどういったものか詳細は分からないが、冒険者と言ったらダンジョン、ダンジョンと言ったら冒険者と言えるほど密接な関係であることは容易に想像がつく。


「まぁどこも小さな村はこんなもんさ。だいぶ前に話は挙げといたから、騎士様なり聖女様なりがその内に解決してくれるだろうよ。」

「でもそれじゃぁ…」


リンカが押し黙ってしまう。着丈に振る舞っていたがやはり相当参っている様だった。


「ヒロさんなら…勇」

「リンカッ!」


半ば無意識であろうリンカの口から零れた言葉に、村長が待ったをかける。


「ご、ごめんなさい。私ったら何てことを…」


その時、突然戸がノックされ声が届く。


「村長!!シンが目を覚ました!恩人にお礼がしたいってさ。」


ドアを開けに向かいつつ村長が背中越しに話しかけてくる。


「お前さんが昨日助けてくれた少年さ。是非会いに行ってやってくれ。」



「お前ゴブリン2体も倒したんだって?すごいじゃないか!」


気のいい青年が褒め倒してくる。夢か現か定かではない昨日の出来事は村人の間にはある程度広がっているようだった。


「もしかして冒険者さんか?武器とかは持ってないみたいだが…」

「ヒロさんは記憶喪失のようで。持ち物は夜盗か何かに盗られてしまったのかもしれませんね。」


横からリンカがフォローを入れてくれる。自分が勇者であることは約束した通り隠してくれるようだ。


「そいつは災難だったな。今となってはここも安全とは言えないが、気が済むまで居てくれたらいい。」


簡単に騙されてしまいそうなこの青年の将来が少し心配になるが今は都合がよかった。適当な相槌を打ちながら村の様子を観察する。


先ほど行った教会の方とは異なりあちらこちらに人通りがある。お昼過ぎという時間もあってか、食べ物を手にしていたり、洗い物をしていたりほのぼのとした景色が並ぶ。

建物は変わらず石造りの平屋建てのものが大半で、足を止めた目の前の建物も例に漏れないようだ。


「おいシン!命の恩人様を連れてきたぞ!」


数刻前まで眠っていた人にその声量はとツッコミたくなるテンションで先頭を進んでいく青年の後に続く。

角部屋に入っていくとベッドに座る昨日の少年を、その友達だろうか3人の子供達が囲んでいる。


「あの、昨日は助けてくれて本当にありがとうございました。」


年相応の舌足らずな部分もあるが、とても真面目な少年のようだ。外まで聞こえるほど大人たちに怒られた後だからだろうか、涙を堪えながらも真直ぐな目でこちらを見てくる。


「シン君が無事でよかった。でもどうして1人で危ない森に?」

「キリユキ草を探していて…」


耳なじみのない単語に疑問符を浮かべていると、どの子かの母親と思しき壁際に控えていた人物が会話に入ってくる。


「キリユキ草は毒消しに使われる薬草で、奥の森でも滅多にとれない希少な薬草です。実はシン君のお姉さんが少し前から中毒症状が出ていて…」


話を聞いているとベッドのシンは堪えきれない様子で再び大粒の涙を零し始める。


「だからっっ…僕が取って来ないといけ、なくて」


言葉に詰まりながらも必死に説明をしてくれる。

ただでさえ希少な薬草は、近頃の魔物の活発化も相まって手練れの冒険者でもなければ入手が難しい状況だそうだ。またその状況を受けて半月に一回やってくる商人に高品質の毒消しポーションを依頼したが、間に合わない可能性もあるほどシンのお姉さんの病状は重いらしい。


泣いているシンを励まそうと、友達の少女が絵本のページを指さす。


「きっと大丈夫よ!勇者()が助けに来てくれるわ!」

「うん、きっとサッと来てパパっと解決してくれるわ!」


もう一人の少女が続く。

そんな中最後の少年がゆっくりとこちらに人差し指を向け声を上げる。


「その人、勇者()…さっき教会でリンカ姉ちゃんと話してた。」


― えっ勇者ってあの…

― おいおい、本当かよ!?そんな偶然…

― 勇者ってそのぉ……死なないのよね??


いつの間にか少し人が増えていたようだ。手に果物やお花を持っている人が大半なので、シンが目覚めたと聞いてお見舞いに来た人達だろう。

まるで穏やかな水面に一石が投じられたように奇妙なざわめきが広がっていく。


「勇者()??」


シンの目に僅かに希望の光が差す。

背中には嫌な期待が纏わりつく。


「はい、勇者です…」


何よりも純真無垢なその瞳を曇らせたくなくて。

勇者という事実に少しだけ使命感を覚えて。

葛藤の末に答えていた。


「薬草は自分が手に入れてきます。」


勇者という生き物が一定数存在する世界で、

常識としてそいつらは死なないという事実が浸透していたらどうでしょうか?


直接死んでくださいと言える人は多くないでしょう。

むしろそれを言える人は特別な何者かに感じます。


しかし直接言えないながらもこう思う人は多いでしょう。

死なないんだったらあいつが代わりに…

ある意味適材適所でしょうか?

死なないんだったらやってくれと。


シンを始めとする子供たちはまだ純粋です。

絵本に出てくるような勇者様が本当に助けにきてくれたのかもしれない。

そんな期待から出た言葉に周囲の大人たちは思うのです。

「勇者だから死なない、だから危険かもしれないけど取り敢えずやってもらおう」

合理的でどうしようもなく正しい結論でしょう。

だって人間とは違う生き物で、死なないんですから。



さてなんだかんだ週に1回しか更新できず長くなりましたが、やっとこの作品で書きたかったことの1つに入ることができました。

「勇者の再解釈」というフィクションの中でリアルに勇者を見つめ直してみる、これがこの作品を通してやってみたいことです。

まだまだ序盤も序盤、温かい目で素人の無謀な試みを見守っていただければと思います。

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