1-5.束の間の平穏と生活魔法
教会から村長宅へ向かう道すがらリンカから情報を引き出していた。
― 王都とはどれくらい距離があるのか
― 私は行ったことがないので正確には分かりませんが、馬車を使っても数カ月はかかると思いますよ。
― 向かうとしたら危険はあるのか
― ??危険じゃない場所なんてあるんですか?
― 村の中でも安全ではないのか
― 教会に置いてあった聖霊石がありますがそれも絶対ではないので…
そうこう話している間に村長宅へ到着する。
「おばあちゃん、ただいま!お昼ご飯の材料、宿の方から持ってくるからヒロさんのことよろしく!」
着いたと思ったら怒涛の勢いでリンカは旅立っていった。
教会では驚くことが多かったからか少しナーバスになっているように見受けられたが、今は大丈夫そうだ。
「相変わらず内の孫は…迷惑を掛けちゃいないかい?」
「とんでもありません。お陰様で勇者マニュアルも読めましたし。」
当たり障りのない会話を少しした後で本題に入る。
「自分が勇者であることを、他の人には黙っていてくれませんか?」
「そいつはお前さん、勇者として生きていかないってことかい?」
質問に質問で返される。しかしここまでに整理はついている。
「はい、勇者マニュアルによると自分は特別って訳でもないようですし。何より進んで危険に飛び込みたいとは思えないので。」
「……。特別でないって、あんたらは死なないっていうのにかい?」
これは怒りなのだろうか。強く握られたこぶしが視界の端に映る。
「まあいい。あんたの人生さ、好きにすればいい。」
その一言を最後にしばらく沈黙が場を支配するも、無音の気まずさに負け質問を口にしてみる。
「この村の他の人って?ここから教会へ行ったときも誰にもお会いしませんでしたし…」
「あぁ、そのことか。簡単に言えば教会とあいつらの住居が逆側ってだけだ。教会がこの村の一番南にあって、昨日あんたが見つかった森はその更に先だ。」
単純に住居が並んでいるエリアとは逆に行っただけのようだ。
しかしそれでも疑問が残る。
「隣の建物って、リンカさんがやっている宿屋なんですよね?お客さんとかは?」
「ああ、隣のは宿屋だ。尤もここ1ヶ月くらい客は入っていないけどね。」
「それって…」
「ただいま!お待たせしました!」
そのとき大きな鍋を抱えたリンカが戻ってきた。
左わきに抱えた袋からは細長いフランスパンのようなものが覗く。
「2人とも、何の話をしていたの?」
「なに、あんたの料理は旨いから楽しみにしておけって話さ。」
少し照れた様子のリンカは早足でキッチンと思われる方へ消えていく。
「何かお手伝いできることでもあれば…」
これ以上甘える訳にはと後を追い声をかける。
「ではそこの薪を3,4個取って頂けますか?昨日のスープを温めるだけですが…」
手渡した薪は慣れた手つきで石造りのキッチンの下部に並べられていく。
そしてその上に持ってきた鍋が置かれる。
「弱火でいいかな?」
聞き逃してしまいそうな独り言の後だった。
リンカの指先に青白い光が集まったと思えば、人差し指の先に小さな火種が現れる。
「それってもしかして…」
「えっ。どれのことですか??」
私の視線を追って気付いたのだろう。
リンカが説明を始める。
「これは生活魔法と言われるもので、その中でも火を起こすものですね。他にも水を出したりするものとかありますが、簡単な魔法であれば皆さん使えますよ。」
ふと教会に「生活魔法10選」と書かれた手帳があったことを思い出す。
どうやらこの世界では当たり前のように魔法が使われているようだ。
「それって自分にもできるんですかね?」
「魔法使いの方が使うような魔法は分かりませんが、これ位ならきっとヒロさんでも使えますよ。」
スープを温める傍らで簡単な手ほどきを受ける。
「初めは水の魔法がお勧めです。簡単ですし危なくないので。」
流しに移動したリンカが説明を続ける。
「先ほど教会で石碑に触れたときの感覚を覚えていますか?あの時に体から出ていったものが魔素で、これが魔法を使うための材料になります。」
リンカは説明をしながら近くにあったメモ用紙に幾何学模様を描いていく。
「これが水を出すための魔方陣になります。最初は頭の中でこの魔方陣をイメージしてみてください。次はそれを指先の上に描くイメージで…」
リンカの言う通りに描いてもらった魔方陣を頭の中に思い浮かべる。
すると石碑に触れたときのような体の中で何かが動くような感覚がした。
次に同じ要領でそれが指先についているイメージを浮かべていく。
「うわぁっ!?」
突然上に向けた人差し指の先から水が飛び出た。
しかし数cm上へ伸びた水柱は、重力に負け服の袖を濡らしていく。
「ヒロさん、すごいです!!こんな一瞬で、できちゃうなんて!?」
「ありがとうございます。袖がびちゃびちゃですけど…」
正直、魔法と聞いてワクワクしないはずがない。
ましてや自分にも使えるなんて。
頭の片隅に何か引っかかりを覚えるも喜びを噛みしめる。
「優秀な生徒さんで私も幸せです。ご飯の後もビシバシいきますよ!」
冗談めかしてリンカが笑いかけてくる。
他にも魔法が使えるのであれば望むところだと返事をする。
「はい、リンカ先生。よろしくお願いします!」
やはりファンタジー世界と言ったら「魔法」は必要不可欠ですよね。
本作でも生活に使えるちょっとした魔法から、戦闘で使えるような危険なものまで多種多様な魔法が存在しています。
このような生活に魔法が溶け込んでいる社会に魔法を知らない人がやってきたら、「ちょっと火を起こす」とか「水を出す」とか大したことない状況で「えっ、それって魔法!?」的な反応になるのではと書いた1話でした。
今後も継続的に様々な魔法が登場しますし、
「魔法とは何なのか」という部分も深掘りできたらと思うので楽しみにお待ちください!