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勇者の再解釈  作者: 氷上 栄紀
オープニング
11/14

1-ex1.シン

ちょいと筆がのったので、もう一話掲載です。

村の少年、シン視点の話になりますので、ここまでの話を読んでからお読みいただけますと幸いです。

母の顔は知らない。僕が生まれる時に死んでしまったから。父の顔は朧気だ。僕の6歳の誕生日に死んでしまったから。


そして今は10歳。残された最後の家族である姉は毒に侵され、今にも力尽きようとしている。そんな僕の目の前に現れたあの人は、はたして絵本に出てくるような勇者様なのだろうか。



「ただいま!今日の夜ご飯は??」


昼間の畑の手伝いが終わり、夕方には友達と遊び、日が落ちる頃に家に帰りそして第一声。日によって若干の差は有れど、これがシンの日常だった。


いつもだったら手を洗えだの、汚れた服を脱げだの小言を言いながら、その日の夕飯について自慢げに話してくる姉からの返答がない。


「ジル姉ちゃん?」


恐る恐る家の中に足を進める。明かりは灯っているので、いないということはなさそうだ。また僕のことを驚かせようとしているのだろうか?前に一度全力で隠れられたことがあり、その時は見つけられず大泣きしてしまった。


そんな事もありビクビクしながら慎重に進んでいくと、キッチンで倒れた姉の姿を発見する。


「ジル姉ちゃん、ジル姉ちゃん!」


必死に呼びかけるも返事がない。顔が真っ赤で酷い熱があるようだった。一瞬父親が亡くなった日の光景が脳裏に浮かぶもそれを振り払う。


― 大丈夫、こういう時は落ち着いて大人の人に助けを求めないと…



「シン、落ち着いて聞いてくれ。ジルは毒に侵されている…」


村の大人たちの手を借りジルは一先ずベッドへ移された。その後、尋常ではないその様子に医者を呼びに行くことになり、診断した村唯一の医者が告げたのがこれだ。


シンの父親は優れた猟師だった。しかしある日、近くの森に突如現れた蛇の魔物から毒を受け、解毒も叶わずその翌日に苦しみながら亡くなった。今でも父親の苦しむ顔と声が夢に出てくるほど、衝撃的で絶望的な最期だった。


「ジル姉ちゃんが毒に?でも毒消しのポーションがあるんじゃないの??」


シンの父親の一件があり、村では毒消しポーションの製造に取り組んでいた。しかし昨今の魔物増加で原材料の確保ができておらず、在庫を切らしていた。父親の陰が頭をちらつく。


「取り敢えず解熱効果のある薬を飲ませておこう。それに明日は商人がやってくる日だったはずだから、そこで毒消しポーションを買おう。だから安心しろ、シン。」


安心できるはずが無かったが、言葉を飲み込む。自分にできるのは祈ることだけだった。



翌日、商人一行がアストフ村を訪れた。いつもより護衛の冒険者の数が多く、物々しい雰囲気だ。いつも通り大人たちが品々を見定め購入する様子を食い入るように見つめる。


「すまない、シン。商人の方々も毒消しを切らしているらしい。」


大衆から抜け出した医者が無慈悲な事実を口にする。


「そんな…じゃーどうすればいいの??」

「商人の人たちに急ぎ毒消しポーションを持ってきてもらうようお願いしておいた。だからもう少し待っていてくれ。」

「少しってどれくらい?」

「そうだなぁ、早くて10日くらいかな…」


こんな苦しそうな姉に10日も待てと言わないといけないのだろうか。しかしまだ幼く非力なシンにはどうすることもできなかった。



「このままでは、間に合わないかもしれない。」


前回商人がやってきた日から数えて6日、最後の家族である姉が寝ている部屋では絶望的な会話がされていた。既に夜遅くシンはぐっすり寝ているものと思われたようだが、残念ながらここ数日はうまく眠ることができず、深夜に何度も目が覚めてしまっていた。


そして姉はもう死んでしまうかもしれないという話を偶然聞いてしまった。確かにシンの目にも日に日に衰弱する様子が写っており、父親の最期と同じ青黒い痣が出始め回復の様子が一切ないことは分かっていた。加えて毒消しのポーションが間に合わないという。


「材料のキリユキ草さえあればなぁ…」


アストフ村は近くの森で採れる希少な薬草と、その薬草を加工して作ったポーションや薬を販売することで成り立っている村だ。一流の錬金術師には及ばないものの、当然材料を加工する術もある。


キリユキ草のことは知っている。雪を切り裂くように鋭利な葉が伸びるのが特徴だが、冬手前のこの時期では綺麗な紫色の花がついているはずだ。でもある程度森の深いところまで行かないと取れない薬草だ。明日大人たちに頼んでみよう。



「なぁ、兄ちゃんたちキリユキ草を取ってきてくれよ!」

「はぁ。今は森に入っちゃだめだから無理だよ!!」


村の幾人かに頼み込むも皆同じ答えだ。今の森は本当に危険だそうで、ある程度戦いの心得がある一部の人を除いて、村長が森に立ち入ることを禁じたそうだ。


「村長、頼むよ!!」


村中駆けずり回って最後は村長に直談判する。


「シン、もちろんジルのことはとても心配で助けてやりたいさ。でもそのために他の人に危ないことをやらせてはいけないんだ。」


言っていることは分からなくない。もし誰かキリユキ草を取りに行ってその先で何かあったらシンも耐えられないと思った。なら自分で…


「お前のことももちろん大事さ。だから馬鹿な真似はするんじゃないよ。」

「…分かった。」

「今は姉ちゃんのそばに居てやんな。お前が待ってるって分かればジルも必ず元気になるから。」



カーテンの隙間から差し込む朝日が顔を照らす。そこはジルの眠る部屋だ。どうやら村長と話した後帰ってきた姉の部屋で、そのまま眠ってしまっていたようだった。


「シ…ン?」

「ジル姉ちゃん!!」


久々の姉の声に笑みがこぼれる。そんなシンの表情が見えているのか、つられたように姉の表情も少し和らぐ。


「良かった、直ぐ先生呼んでくるよ!」


立ち上がり駆けだそうとするシンの手に、枝のように細くなった姉の手が触れる。


「ジル姉ちゃん?」

「ごめん…ね。」


少し伸びた今にも折れそうなその腕は、支えを失ったように落ちていく。途端にジルの表情が苦悶に染まり、荒い呼吸を繰り返す。恐怖で姉の方を見ることもできないまま、医者を呼びに駆けだした。


◆◆◆


目の前にいる人は絵本に出てくるような勇者様だと言う。この勇者様は今から姉を救うためにキリユキ草を取りに行ってくれる。


村長はジル姉ちゃんを救うために、他の人が危ない目に合うことはダメだと言った。でも今目の前にいる勇者様なら大丈夫だと言った。


村の大人たちは皆言った。本物の勇者は絵本の勇者様とは違うと。でも今目の前にいる勇者様ならジル姉ちゃんのためにやってくれるはずだと言った。


僕には大人たちが何か嘘をついていることしか分からない。でも二つだけ分かることがある。


― 僕にはジル姉ちゃんを助ける力が無いことを。

― 勇者様だから大丈夫なんてことが無いことを。


今自分にできるのは勇者様を信じることだけだ。だから勇者様が安心して出発できるよう、僕は何でもないことのようにこの勇者様に言うのだ。


「うん、待ってる!!」



「なるべくメインキャラ以外にもバックボーンを持たせたい!」と思い色々と考えていたものの、本編への出し方が分からなかったです。。。


なので番外編みたいな形で入れさせていただきます!

これを読まなくても本編の理解に問題はないものの、読むと各キャラの行動や発言にちょっと深みが出る感じになっているつもりです。


さて、こういう書き方をしていると、同じ場面を別視点で描くことがあるでしょう。そして視点が違えば当然見え方が変わってきますし、例えば主観と客観がずれていることもあるでしょう。


今話では特に最後の部分、シンの主観と前話のヒロから見た客観で比べられるようにしました。するとシンのセリフの部分に若干の違いが生まれたり。主観と客観って違うことはあるだろうけど、どうやって文字で表現するんだろうと悩ませられた1話でした。


次話は村の宿娘リンカ視点のエピソードを書こうかと思っているのでお楽しみに!

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