なんやかんやで私たちを裏切ってきたお二人よりうんと幸せです
「それで?浮気していたからなんです?」
「だから…!私は彼女を愛しているんだ!君とは別れたいっ…」
「貴族社会においても有数の力を持つ侯爵家の娘を捨てて、何の後ろ盾もない平民の小娘を選ぶと?」
「そうだ!」
「貴方のその考えをご両親が知ったらどう思うでしょうね」
そう言うと、彼の瞳が揺れた。ああ、すでに叱られた後ですか。叱られているうちが花ですのに。
「…両親には、君にこの話をするのなら勘当すると言われた」
「あら。つまり、弟様に爵位は譲り自らは浮気相手と駆け落ちすると」
「…そうだ」
「あらあらあら…」
まあ、弟様の方が優秀で婚約者との仲も良いと聞きますし。伯爵家にとってはむしろ良いことでしょう。こんなトチ狂った判断をする人、爵位を継ぐには向いてませんもの。
そして、先先代からの縁というだけで結んだこの婚約は伯爵家にしか利益のないもの。我が家としても婚約を解消するのは吝かではない。むしろ大手を振ってより良い家の貴公子と婚約できるというもの。
…そして彼は、愛しの君と駆け落ちできる。勝手に幸せになるだろう。私としては彼に恋心はないし引く手数多なのでノーダメージ。うん、誰も致命的な損はしないでしょう。
「…ええ。そういうことならよろしくてよ」
「!…ありがとう、すまない」
「いえ。お父様にもお伝えしておきますわ」
「よろしく頼む」
「これから駆け落ちしますの?」
すぐにでも、と頷く彼。それならばと金貨のたくさん入った袋を渡す。
「え、これは…?」
「私のへそくりですわ。元々はいつか大恋愛をした時、駆け落ちのために使おうと夢見てましたの」
「…え」
「残念ながら、私にはそこまで好きになれる人が現れませんでしたけど。…というか、あくまでも夢に夢を見てのへそくりのつもりでしたし。ですから使い道もありませんわ。どうかこれで幸せになって」
「すまないっ…」
頭を下げる彼に袋を持たせて、浮気相手…いや。恋人の所へ送り出す。彼は私に対してはすごく申し訳なさそうだったが、同時にこれからの幸せに夢を見ているようだった。
「…」
「よろしいのですか?」
「なにが?」
「あんな大金、餞別とはいえくれてやる必要ないと思いますが」
「野垂れ死にされたら後味悪いもの」
腹心のメイドに問われ、そう返す。我ながら、婚約を解消するというのに淡白なものだと思うけれど。
「さて、お父様にご報告しなくては。それと、新しい縁談もおねだりしないとね」
「旦那様には今度はもっと、顔も家柄も良い男を選んでいただかなくては。美しいお嬢様にあのような平凡な男は似合いません」
「もう、お口が過ぎるわよ」
め、と叱る。このメイドは、いつだって私に甘すぎる。それでも、本当に私が間違えそうになるとちゃんと止めてくれる度胸も忠誠心もあるから気に入っているのだけど。
お父様にお話しして、婚約は解消された。そもそも伯爵家とその話を進める頃には彼はもう駆け落ちに成功したらしく、恋人共々もう国のどこにも見当たらないらしい。おそらく遠い国の田舎町にでも私の渡した大金を使って逃げたのだろう。
そして、伯爵家としてもそこまで追いかけてやる義理もないらしかった。結局は弟様が家を継ぐこととなった。そしてお父様はことを荒立てず、伯爵家に対しては今回の件は最低限のお金で済ませてあげたらしかった。伯爵家はそのせいで、余計に我が家に頭が上がらなくなったようだったけど。
フリーになった私の元には、数々の貴公子との縁談が舞い込む。我が家は歴史も財力もコネもある侯爵家。そして私自身、美しい両親の遺伝子が奇跡的に掛け合わされて見た目も良い。なので引く手数多なのだ。
ただ、問題はシスコンのお兄様が私やお父様以上に私の新しい婚約者を吟味していること。お兄様もお父様にそっくりでとてもお美しくて、次期侯爵に相応しい優秀な方なのにシスコンなのが残念なところ。
ちなみに、私を可愛がってくださるお義姉様…お兄様の婚約者も、お兄様と一緒になって新しい婚約者を吟味している。
「お兄様、お義姉様。良い方は見つかりまして?」
「おお!ちょうど家柄も見た目も良い男を見つけたぞ!おまけに人柄もとびきりいいらしい!」
「あら、そんな方ならもうとっくに婚約者がいるのでは?」
「それが、良い人過ぎてつまらないと婚約者に捨てられたらしくてな」
「え」
それってまさか…王女殿下に最近になって捨てられたっていう公爵家の若君では?彼はイケメンだしめちゃくちゃ優しい人で有名だ。なんなら私自身顔見知りでもあるが、良い人という印象だ。
ちなみに王女殿下は普通に国王陛下に怒られてただいま教会で奉仕活動中。それでも王女殿下を娶りたい貴公子は多いから奉仕活動が終わったら良さげなところに嫁ぐはずだけど。
「お、気付いたか」
「ええっと、噂の彼…ですの?」
「そうだ。会ってみるかい?」
「え、ええ…まあ良いですけれど…」
捨てられたもの同士、話も合うかもしれませんものね。
「アレットちゃん。今度こそ幸せになるのよ」
「はい、お義姉様」
「エドメ殿は良い男だと評判だからな。これで一安心だ」
「もう、お兄様ったら」
とりあえず、お父様に話を進めていただきましょう。
「ごきげんよう、エドメ様」
「やあ、アレット嬢。ごきげんよう」
顔見知りの相手との縁談ということで、少しは気が楽だ。まずは二人で話してどうするか決めることになっているが、私としてはアリだと思っている。家同士はまず問題ないし、利益もある。そしてエドメ様が相手なら家族も手放しで祝福してくれるし、私も嫌な相手じゃない。
あとはエドメ様次第だけど、どうかな。
「今日はアレット嬢が好きだと聞いてシュトーレンを用意したのだけど、どうかな」
「まあ…!ありがとうございます!ぜひいただきますわ!」
シュトーレンとミルクティーを用意していただいて、ゆっくりとお茶を楽しみつつお話をする。
「シュトーレンはやはり美味しいね。僕も結構好きなんだ」
「まあ!気が合いますわね!」
「気が合うといえば、アレット嬢は猫好きというのは本当かな?私も猫が好きで、よく屋敷の庭に猫が遊びに来るから戯れてるんだけど」
「あら、本当に気が合いますわ!私も猫が大好きですの!いつか遠くの島国にあるという猫の楽園に遊びに行くのが夢ですわ」
「じゃあ、もし僕たちが結婚するとしたらハネムーンはその島国かな」
「良いですわね!」
共通点があると話が盛り上がるもので、そこからしばらく猫好きトークが始まり気が付けばもう帰る時間になっていた。この数時間で一気に距離が縮まった私たちは、お互いに婚約を了承することとなった。
縁談を結んだ後、トントン拍子で結婚することとなり私とエドメ様は夫婦になった。ハネムーンで猫の楽園に行った時には夫婦二人ですごく盛り上がって、天にも昇る心地だった。
屋敷で猫を飼うことにもなり、可愛らしい子をたくさんお迎えした。
可愛い猫に囲まれ、エドメ様との幸せな生活が始まった。
「エドメ様、見てくださいませ!あの子が窓辺で日向ぼっこをしていますわ!」
「可愛らしいね。日が差してキラキラして見えるからだろうか?だらけきった姿なのに、なんだかいっそ神々しくすら見えるよ」
「まさにその通りですわ!!!」
エドメ様と猫好きトークをする穏やかな日々はとても楽しい。それ以外の時も、エドメ様は私を大切にしてくださるからとても幸せ。
夜もイチャイチャしていて違和感もなく過ごせる甘い日々が続いて、なんだか心身ともにとても満たされる新婚生活で。
だから、邪魔が入るととても面倒なんですの。
「王女殿下、僕にはもう伴侶がいます。今更来られても困ります」
「このわたくしが貴方に嫁いであげると言ってますのよ!?」
「申し訳ありませんが、僕は優しく可愛らしい妻を心から愛しています。迷惑です」
「なら…ならその女は第二夫人になさい!わたくしは第一夫人として嫁ぎますわ!」
「迷惑だと申し上げております」
ふむ。最近になってエドメ様の良さにやっと気付いた王女殿下が、復縁を持ちかけてきて邪魔ですわ。面倒ははやく片付けないと。
「…ということですのでお兄様、なんとかしてくださる?」
「任せておけ、可愛い妹の幸せのためだからな」
こういう時に頼りになる、自慢の優しいお兄様ですわ。シスコンが玉に瑕ですけれど。
「王女殿下、最近来ませんわね」
「うん、やっとおさまったよ…」
「お疲れ様でした、エドメ様」
「アレットこそお疲れ様。不快な思いをさせてごめんね」
「いえ、そんなことありませんわ」
お兄様におねだりしてから、パッタリと王女殿下は屋敷に来なくなった。それもそのはず、王女殿下は別の貴公子に急遽嫁がされたのだから。それも、女性を美術品のように扱うタイプのヤバい相手らしい。おかげでろくに外にも出られず、なので会うことは今後ないだろう。
「そうそう、王女殿下はもう他の男性に嫁いだようだよ」
「あら、そうですの?」
「うん、だからこれからは安心してね」
そう言ってぎゅっと抱きしめてくださるエドメ様から愛を感じて幸せに浸る。
「ああ、それともう一つ面白い話を聞いたよ」
「あら、なにかしら」
「遠くの国で、我が国の金貨を何故か大量に持っている平民の男性が妻と豪遊していたらしいんだけど…」
「まあ」
「投資に失敗してね。今は慎ましく暮らしているって。でも、豪遊していた頃に周りの人々にもたくさん支援していたから今は助けられてるってさ。だから暮らしていくには困らないみたい」
誰のことを言っているのかはわかっている。野垂れ死ぬことはなかったようで、よかった。
「やっぱり、因果ってあるのかもね」
「私たちはお互いを尊重していきましょうね」
「それがいいね」
今日も今日とて、猫を愛でつつエドメ様とラブラブで過ごせて幸せです。妊娠したことも近いうちにエドメ様に報告して、もっとラブラブになろうと思います。
【長編版】病弱で幼い第三王子殿下のお世話係になったら、毎日がすごく楽しくなったお話
という連載を投稿させていただいています。よかったらぜひ読んでいただけると嬉しいです。