第7.3話 叢雲とわらしめ(後編)
「て、てて様? はは様?」
「じゃ。なにをしておる。ほれ。はようてて上さまとはは上さまをよびに行かぬか」
またずいぶんと古い言葉使いで、初対面の人をあごで使おうとする。
陸は、起きたばかりの女の子を前に、戸惑わずにはいられなかった。
「いやさ、そも、ここはどこなのじゃ? わらわ、あね上さまたちのおわす宮へ向かうこしの中でついねむってしまったのじゃが、もしやここがその宮なのかえ?」
「ええと……さ、さあ?」
返事に困った陸。
この話し方、雰囲気。自分はこの子のことを知っている気がする。
いや。もったいぶらずに言ってしまうと、この子、奇稲田姫そっくりなのだ。
氷室神社の本殿の中で、雲の湧き出る変な鏡を抱いて寝ていた女の子。しかもこんな言葉使い。
年齢こそ自分の知っている奇稲田とはだいぶ違うけど、これが奇稲田じゃなきゃ一体誰なのか?
「えと……もしかして、クシナダ様すか?」
「くしなだ? そなただれとかんちがいしておるのじゃ? わらわはいなだ。くしなだではない」
やっぱり。陸は得心した。
この子は「奇稲田」と「稲田」を別モノだと思っているみたいだけど、本来は同じ名だ。
奇稲田とはもう二度と会えないと思っていたのに、まさかこんな形で再開することになるなんて。
一緒にいる時は小うるさいばっかりでホント困った神様だった。でも、こうして再開してみると、やっぱり嬉しさと言うか、懐かしさみたいなものがこみ上げてきて……
「おや? な、なんじゃそなた? もしや、ないておるのか?」
「……え?」
奇稲田に指摘された陸は、視界が滲んでいることに気付いた。
あれ? おかしいな。別に奇稲田と会いたかったわけじゃないのに。
「あのさー。あーしこれでもけっこー忙しー人なんで、早くして欲しーんですけどー?」
「あっはい!」
木花知流姫に水を差された陸は、ぐしっと目尻を拭った。
◇ ◇ ◇
「ええっ!? クシナダ様の御魂が――」
「なくなった?」
陸と海斗は共に驚いた。
奇稲田姫の御魂が消えた。――と、奇稲田がこんなふうになった理由を、木花知流姫から聞かされたからだ。
「ん~、まー厳密に言うともーちょい違うんだけど、大体そんな感じ?」
と、軽いノリで頷く知流姫。
「え? じゃあ今ここにいるこの子は?」
それに気付いた陸が尋ねた。
もし本当に奇稲田の御魂が消えてしまったなのなら、たった今、知流姫に頭をわしゃわしゃやられて嫌がっている自称・奇稲田姫は一体?
「だからー、『厳密に言うと違う』っつったっしょ? ちゃんと説明すっと、コイツの和魂がどっか行っちゃったの!」
自分の言葉足らずを棚に上げた知流姫がムッとした。
▽ ▽ ▽
和魂。
それは神霊の持つ温厚な一面であり、幸運や才能と言った天からの恵みをもたらしてくれる存在だ。
それに対するのが荒魂。
こちらは勇気、活力と言った生命の躍動をもたらしてくれる。
神霊の御魂は、この二つ霊魂が調和することがとても重要――と、されているのだけど、実はこの二つの霊魂は個別に活動することがあるのだ。
だから今回の奇稲田の和魂も、彼女の奔放さが表れてどこかに行ってしまったという可能性もあったりなかったりで……
△ △ △
「今コイツの親がここらへん探し回ってっけど、このままだとちょいヤバめなことになりそーなんだわ。だから、一応アンタらにも教えとけってことで、あーしが来たんだけどー……」
「あ、待って神様。その『ちょいヤバめ』てところをもっと具体的に。もしかして、この前の破滅騒動みたいなことが起きるってことですか?」
わざわざ挙手してまで知流姫の話を中断させたのは海斗だった。
「は? そんなんあーしが知るわけねーし。でもまー最悪川薙が破滅するとか、せーぜーそんなトコじゃね?」
知流姫は他人事のように告げた。そしてさらに、
「でもまーガチな話さあ。コイツって、これでもここの総鎮守なわけっしょ? そんなのがこんなことンなったら、そんぐらいのことは起きて当然じゃね?」
「……ねえ陸君。そうなの? ぼくは総鎮守とか、そのへんのことはあんまり詳しくないし」
「あ~、や……まあ。うん」
海斗から確認を求められた陸は、少し考えて頷いた。
▽ ▽ ▽
知流姫の言う総鎮守とは、その地域の安寧や繫栄を守護・鎮護をする神や神社のことを指す言葉だ。
そして奇稲田が川薙総鎮守の一柱であるのも事実。
なら、その奇稲田の御魂に異変が起きている以上、川薙に何かしらの悪影響が出る。と言う知流姫の話も、もっともなわけで。
△ △ △
「あーつまり、『奇稲田姫様が元気なら、川薙も安全だよ』ってことね」
「うんそう。 ――あの、じゃあチルヒメ様。クシナダ様を元に戻せば川薙も大丈夫なんすよね? で、オレらは何をすればいいんすか?」
「お? 話が早いじゃん。じゃあ言うけど、このあーしから神託受けられるなんて滅多にねーから心して聞け――?」
こうして、川薙の破滅と言うきわめて重大な予言を頂いてしまった陸、海斗、そして――途中から話について行けなくなってしまっていたけれど――雨綺の三人は、その川薙を守るため、働くことになったのだった。
陸 ……主人公君。高1。へたれ。
海斗 ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。
雨綺 ……川薙氷室神社宮司家の息子。小6。ハスキー犬系男子。
朱音 ……元迷惑系動画制作者。高1。根はいい子。
埼先生 ……朱音の担任。家庭科教諭。うっかりメガネ。
木花知流姫……桜の神様。ギャルっぽい。
奇稲田姫 ……川薙氷室神社の御祭神。訳あって縮んだ。
川薙 ……S県南中部にある古都。
茅山 ……川薙の南にある工業都市。
【更新履歴】
2025.4.20 微修正
2025.5. 2 微修正
2025.5. 3 御魂の説明を修正(和魂と荒魂は個別に活動することがある旨を記載)




