第7.1話 叢雲とわらしめ(前編)
「――なんかこうなってて……」
そう言った雨綺によって本殿の扉が開かれると、そこにいたのは一人の女の子だった。
祭壇をベッド代わりにすやすやと寝息を立てているその子。齢は雨綺よりも年下、小学3、4年生ぐらいだろうか。
丈の短い白衣の着物に朱のたすき掛け。裾の下には緋色の襦袢が見え、さらには手甲、脚絆に足袋を着けている。
笠を抱いて寝るその姿は、一般に「早乙女」と呼ばれる田植え用の装いだ。
「なあ。これどうすればいい? さっきおれビックリして鍵かけちゃったんだけど」
「どうって言われても……」
困っている雨綺を前に、陸はもっと困った。
事情がまったく見えてこない。
ただの迷子? それなら宮司に通報すればいい。そうすれば、あとのことは全部やってくれるだろう。
けど、ただの迷子が鍵のかかった本殿で呑気にお昼寝? そんなことってある?
いや。もしかしたら、この状況はこの子の意志じゃないのだとしたら?
え? でももしその予想が当たってたら、それってつまり……
「……なあ雨綺。お前、もしかして……誘拐とかした?」
「いや。この場合は監禁じゃないかな」
陸が神妙な面持ちで問うと、海斗がすぐさま訂正した。
けれど雨綺。誘拐だの監禁だのと、頓珍漢なことを言い出す高校生にさすがに怒ったようで、
「するわけないだろ! バカっ!」
なんにしても困った問題だった。
今できることと言えば、この子を起こして事情を聞くことぐらい。けど、話を聞いたとして、そのあとは?
「……よし!」
宮司を呼ぼう。陸は決断した。
こういうことは大人抜きに進めても話がこじれるだけ。
勿論そうした場合、宮司から事情は聴取されるだろう。無断で瑞垣の中に立ち入ったことも咎められると思う。
けど、今この状況を誰かに見られたりしたら、そっちの方が事だ。
――S県の高校生男子、女児を監禁か?――
なんてニュースが世に出回るなんて、たとえそれが冤罪だと分かっていても、絶対に嫌だ。
するとその時――
「……ん? 雨?」
ぽつり。と、にわかに感じた雨の気配に、陸は空を見上げた。
川薙はここ数日曇り続きで、いつ降り出してもおかしくなかったのだけど、このタイミングでとうとう来てしまったようで。
「なあリック。雨はいいからこっち!」
不安そうに催促する雨綺に、陸は気を取り直した。
そうだ。まずはこの女の子をどうにかしないと……て、あれ?
「……は?」
雨綺の方を向いた陸は固まった。
天気に気を取られたほんのわずかな隙に、おかしな事が起きていたのだ。
「ねえ……陸君……」
陸と同じものを目撃した海斗も、同じように慄いている。
ということは、これは気のせいでも幻覚でもない。
高校生二人を慄かせた原因は雨綺の背後にあった。
祭壇上の女の子から、――雲――が湧いていた。
陸 ……主人公君。高1。へたれ。
海斗 ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。
雨綺 ……川薙氷室神社宮司家の息子。小6。ハスキー犬系男子。
朱音 ……元迷惑系動画制作者。高1。根はいい子。
埼先生 ……朱音の担任。家庭科教諭。うっかりメガネ。
木花知流姫……桜の神様。ギャルっぽい。
川薙 ……S県南中部にある古都。
茅山 ……川薙の南にある工業都市。
【更新履歴】
2025.4.20 本殿のサイズ削除&微修正




