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第6話 日没前。川薙氷室神社。

 日没前。街灯の明かりが頼もしく感じられるようになった氷室(ひむろ)神社――。


「あれ? あそこにいるの雨綺か?」

「あホントだ。弟くんだね」


 木花知流姫(このはなちるひめ)から受け取ったメモ書きどおり、氷室神社へと(おもむ)いた(りく)海斗(かいと)は、拝殿(はいでん)の前にいた氷室神社宮司(ぐうじ)家の息子、雨綺(うき)に気付いて、声を上げた。


「雨綺。何やってんだこんな時間に?」


 早く帰れ。と、兄貴ぶる陸。


 雨綺の家は氷室神社の敷地内にあるので、神社(こっち)側にいても不思議じゃない。とは言え、小6の雨綺の門限は6時で、今はもう6時30分を越えている。

 30分の超過は流石に見過ごせない。


 けれどそんな陸に雨綺は、


「なに言ってんだよリック。ここだっておれん家だろ。それよりリック、神社に用があって来たんだよな?」


「は? ……や。まあ、うん」


 妙に知ったふうな口を利く雨綺に、陸は戸惑(とまど)った。


 なにその「そっちの都合は全部お見通しですよ」みたいな言い方は? と言うか雨綺、いつもの犬っぽさがまるでない。

 減らず口こそ叩いたけれど、じゃれついて来ないし、なんか困ってる?


「じゃこっちな。神社もう閉めちゃったから、こっからじゃ入れないから」


「や、おま。神社に用ったって別に本殿(ほんでん)に用があるわけじゃ――」


 自分についてくるのが当然とばかりに拝殿の脇へと回ってしまった雨綺に、陸たちは仕方なく彼を追った。


 ◇ ◇ ◇


 雨綺が立ち止まったのは、本殿を護る瑞垣(みずがき)に設置された通用口の前だった。


「なあ雨綺。オレ、本殿に用はないんだけど」


 と、木花知流姫に指定された時刻――日没――を気にせずにはいられない陸。


「大丈夫。おれ、カギ持ってるから」


「そうじゃない」


 人の話を聞かずにポケットから鍵を取り出して見せる雨綺に、ちょっとイラッと来た陸。


 ▽ ▽ ▽


 ちなみに本殿(ほんでん)とは、その神社に(まつ)られている神様の御神体(ごしんたい)が安置されている建物のことだ。

 人間の住宅に例えると、リビングとか私室のような場所だろう。


 それに対するのが拝殿(はいでん)

 こちらは本殿の前に設置されていて、人間の住宅でいうと玄関とか応接間にあたる。


 拝殿には賽銭箱(さいせんばこ)本坪鈴(ほんつぼすず)(お参りする時に景気よくガランガランやるあれ)なんかがあるので、「神社」と言われて多くの人が思い浮かべるのがここだろう。


 川薙氷室神社かわなぎひむろじんじゃの本殿は、|人が入れないように瑞垣みずがき垣根(かきね))に囲われているのだけど、雨綺は一体いつちょろまかしたのか、通用口の鍵を持っているようで……


 △ △ △


「ほらこっち」


「はぁ……わーったよ」


 観念した陸は、雨綺に従った。

 何だか知らないけど、雨綺はどうしても本殿に来て欲しいらしい。


 すると、それまであまり存在感を見せていなかった海斗が、


「ねえ陸君。今さらかも知れないんだけど……ここ、ぼくも入っちゃっていいの?」


「え? 本当に今さらだけど……」


 思いがけず殊勝なことを言い出す海斗に、陸は失笑した。

 海斗は、神社の最奥(さいおう)である本殿に、畏敬(いけい)の念を感じたらしい。


 と、そんな海斗の心配事を聞いた雨綺は、


「リックだけじゃ頼りね―し、むしろ来て。――あ。でもそういやおれ、まだ友だちの人の名前知らないかも」


「ああうん。ぼくは小宮山(こみやま)海斗。よろしくね弟君」


「おれ氷室雨綺。小宮山先輩、こないだはねーちゃんがお世話になりました」


「ははは。海斗でいいよ」


「じゃあ海斗さん。よろしく」


「うん、よろしく雨綺君」


 と、年齢を越えた友情を築く二人。

 けれど、そんなさわやかな友情を見せられた陸は、


「……」


 陸は、密かに不満を抱いた。

 雨綺はその気になればきちんと年上を敬えるやつなのに、どうして自分にはあんな態度なの?


「あ、リック。今『なんで自分はリック呼びなのに、海斗さんはさん付けなんだ?』とか思ったろ?」


「思ってねーわ」


 陸は意地を張った。


 ◇ ◇ ◇


 それから、雨綺は本殿の錠も外すと、陸たちの前に立ちはだかった。


「なあリック。海斗さん。実は二人に見せたいものがあるんだけど」


「あ? そりゃまあ、そうだろな」


 知ってた。と、頷いた陸。

 なんでもいいから早くして欲しい。こっちにはまだ木花知流姫が持ち込んだ予定が控えているのだから。


 すると雨綺。くるりと向きを変えると、本殿の扉を開きながら、


「おれさ。前にリックとウチの神様が友だちって聞いてから、毎日ここに来るようにしてんだけど――」


「いや何やってんだよお前」


 陸はムッときた。

 いくら雨綺がこの神社の息子だと言っても、毎日に本殿に忍び込んでいるだなんて、とんでもない話だ。

 けれど雨綺は、


「――なんか三日ぐらい前から、御神体がなんか変でさ」


「ちょ、無視すんなっての」


「御神体って鏡のことだよね? どんなふうに変なの?」


 雨綺を叱りたい陸に代わって海斗が尋ねた。


「なんか鏡が黒くなってんだよ。最初は汚れてんのかと思ったんだけど、なんか鏡の奥が黒い感じでさ」


「奥?」


 陸は(いぶか)しんだ。

 ここにいる三人は、破滅騒動の時にその鏡に触れている。けど、その時は汚れなんてなかった。

 そもそも、鏡は奇稲田をはじめ、この神社の五柱(いつはしら)の御祭神の御神体でもあるし、その鏡に異変があったとなると……


「でもそれはまあどうでもよくって」


「は?」


 不吉な予感を抱き始めていた陸、目が点になった。

 じゃあ言うなよ。オレは今、一体なんの情報を聞かされたの?


「いや昨日まではそうだったの! でもさっき本殿入ってみたらさあ――」


 それまで本殿の扉を開けるのを(しぶ)っていた雨綺が、一気に扉を開いた。

 すると、その中には――


「――なんかこうなってて……」


 雨綺が横に退()いて見せる。すると、そこには――


「すぅすぅ……」


 と、女の子が一人、寝息を立てていた。


(りく)    ……主人公君。高1。へたれ。

海斗(かいと)   ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。

雨綺(うき)   ……川薙(かわなぎ)氷室(ひむろ)神社(じんじゃ)宮司家(ぐうじけ)の息子。小6。ハスキー犬系男子。

朱音(あかね)   ……元迷惑系動画制作者。高1。根はいい子。

(さき)先生  ……朱音の担任。家庭科教諭。うっかりメガネ。


木花知流姫(このはなちるひめ)……桜の神様。ギャルっぽい。


川薙(かわなぎ)   ……S県南中部にある古都。

茅山(かやま)   ……川薙の南にある工業都市。


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