第5話 朱音、思い悩む
埼先生が、朱音と朱音の母とともに店に入ってきたのは、それからすぐのことだった。
「丁度そこでばったり会いまして」
と、埼先生。
待ち合わせ場所に時間どおりに来ることがばったり?
そんなことを思ったりもした陸だけど、とにかく面会はほぼ時間通りに始まった……のだけれど――
「え? 福士さん、学校辞めるの?」
ちょっとした自己紹介や近況報告のあと、朱音の母から聞かされた方針に、そんな反応を見せたのは海斗だった。
「なんで?」
と、ちょっと怒っているようにすら見える海斗。
しかし、海斗がこうなるのには理由があった。
実はここ最近の海斗は、彼女に関する悪い噂――朱音はパパ活をして停学になった――というあれを打ち消そうと、陰に日向に頑張っていたのだ。
そして、そんな努力の甲斐もあってか、最近では朱音を悪く言う人は目に見えて減っていたのだけど……
「あのさ。メッセ送ったけど、あの噂信じてる人もういないよ? それどころか、福士さん今『元カレからパパ活を強制されそうになった被害者』ってことになってて――」
「小宮山。とりあえず座りなさい」
段々と前のめりになっていく海斗を、埼先生が注意した。
「――学校を辞めるとはまた急な話ですね。君は学校にこそ来ていないけれど、こうして君のことを真剣に考えてくれる友人もいるじゃないですか。なのに君は学校を辞めたいと、そう言うんですか?」
埼先生の言葉に、朱音が下唇をわずかにかんだ。
朱音、この場に現れてからというもの、ずっと俯いたままだ。
「――ねえ福士。私は、君の入院中によくない噂が立ってしまったことは学校の責任だと思ってるし、その学校に所属する人間としてきちんと謝りたいとも思ってます。ですが小宮山も言った通り、今では福士を悪く言う生徒はすっかり見なくなりました。それでも学校を辞めたいと言うのなら、その理由、聞かせてもらえませんか?」
朱音が膝の上のこぶしをぎゅっと握った。
けれどそこから先、彼女はうんともすんとも言わず……
「……そうですか」
埼先生の吐息が、重苦しい空気をさらに重くした。
と、その時――
「……ねえ小宮山君。もしかしてなんだけど」
陸が口を開いたのは、そんな時だった。
それまでだんまりを決め込んでいた陸。できれば無言のままやり過ごしたかったのだけど、どうも雲行きが怪しい。このままじゃ朱音は本当に退学することになりそうだ。だから陸は、
「――シュオンが退学とか言い出したのって、迷惑系やってたのと関係しない?」
陸は海斗に耳打ちした。
陸たちが朱音と出会った時、彼女は迷惑系動画の作成者として活動していた。
店員に難癖つけて土下座を強要したり、代金未払いのパンをかじってみたり……そんな残念な行為を重ねてきた朱音だ。
けれど、もしその時の行為を、元々は普通の子だった朱音が気にしていたのだとしたら。――陸はそう思ったのだ。
そして、この意見については海斗も同意したようで、
「あのさあ福士さん。もしかして……あれ系の活動してたこと、気にしてる?」
海斗がズバリと指摘した。
大人たちがいる手前、「迷惑動画の作成」という言葉は避けたけれど、それでも朱音の肩がピクリと反応する。
「……あのさ。もしそれで学校辞めるとか言ってるんなら、ぼくはそれは違うと思う。だって福士さんが学校辞めたって、関わった人たちにはなんのプラスにもならないでしょ? そんなのは責任とは言わないんじゃない?」
「……でも……じゃあどうすれば……」
海斗の厳しい言い方に、朱音が初めて口を開いた。
「そんなの謝ればいいんだよ。頭下げてさ。『ごめんなさい』って」
「……」
さも簡単なことのように言う海斗に、朱音がまた黙ってしまう。
あーそれはちょっと難しいんだろうなあ。――と、陸は感じた。
陸自身もそうだから分かるのだ。謝るのって本当に難しい。
自分の非を認めて、頭を下げて、「ごめんなさい」と言う。
たったそれだけのことが、どうしてこんなに難しいのか。
海斗ぐらいコミュ力のある人ならそんなに難しくはないのかも知れない。けど、そうでない人にとって、謝罪はやっぱりハードルが高くて……
「あ。難しいんならぼくも一緒に行くからさ。勿論陸君も」
「……ん?」
急な話に、陸はマヌケ面を晒した。
なんでそんな話に? 別に陸自身は誰かに謝らなければならないようなことはしていない……はず。たぶん。
「あれ? 行くよね? ほら、『福士さんは友だち』って」
「あ。や……うん」
学校でのやり取りを持ち出されて退路を断たれた陸。しかし、
「あ、でもオレは別にいいよ? オレはいいんだけど、シュオ――福士さん的にはどうなの? こういうのってほら。謝る人の気持ち? みたいなのが、大切なわけでしょ? だからその。そんな急に謝りにとか言われても、心の準備って言うか……あ。や。あくまでも福士さんが。の話なんだけどね」
陸はぐだぐだ言い出した。
ハッキリ言って、そんな面倒なことには巻き込まれたくない。
けど、「朱音は友だち」だと思ってるのはその通りだし、だから「イヤ!」と突っぱねるのもちょっと。
と言うかそもそも論として、朱音には破滅騒動の時にすごく助けられたわけで、そんな恩人的な人が悩んでるのに見捨てるとか、本当にそれでいいの?
いやでもよくよく考えてみると、朱音があのお守りさえ持ってなければ、破滅騒動自体起きなかったかも知れないわけで。
つまりええと……
「……よく分かんないんだけど、つまりこういうこと? 福士さんが『謝りたい!』て気持ちになるように、陸君が一人で謝って見せるから、福士さんはぼくと一緒に陸君の背中を見て勉強しろ! と?」
「いやそうじゃねえよ!」
なんでそうなるんだよ!? ――超絶な解釈をする海斗に陸がツッコむと、一瞬朱音が笑ったような気がした。
結局、朱音の今後について結論は出なかった。
陸 ……主人公君。高1。へたれ。
海斗 ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。
朱音 ……元迷惑系動画制作者。高1。根はいい子。
埼先生 ……朱音の担任。家庭科教諭。うっかりメガネ。
木花知流姫……桜の神様。ギャルっぽい。
川薙 ……S県南中部にある古都。
茅山 ……川薙の南にある工業都市。




