第44.1話-陸 六日目。午後。1-A(前編)
6日目。午後。
陸たちが川女に戻ると、もう昼休みが終わっていた。
そしてここは川女・1-Aの教室――
「5分前……もしかしたらそのまま逃げるかもって思ってたけど、遅刻もせずによく来たじゃない」
陸が入口に姿を見せると、教室の真ん中で待ち構えていたひまりは、感心したように褒めた。
この教室は今、薄暗い。カーテンが閉められていてるからだ。
と言っても、所詮はどこの教室にでもあるただの白カーテン。こんなに暗くなるはずがない。
けれど、それでも気のせいでもなんでもなく確かに暗いのだ。
そしてその中央にいるのが、ひまりと咲久だった。
咲久は並べた机をベッド代わりに、今も眠り続けている。
「サク……」
陸は教室へと踏み込んだ。
「あら。もしかして貴方一人? もう一人はどこかしら?」
「シュオンのことすか? ならもう帰ったす。付き合いきれないって」
陸は答えると、朱音から預かっておいた例の真っ黒なお守りをひまりに見せた。
しかしこれは勿論ウソ。朱音は今、海斗と一緒に廊下に潜んで、突入の機会を窺っている。
陸は、そのことをひまりに気付かれないよう、わざわざ窓の方まで進むと、そこで止まった。
「センパイ。オレ、こうしてちゃんと来たすよ。だからサクはもう見逃してくれません?」
「ふうん。そんなにこの子のことが大事なの。うらやましい……」
ひまりは、寝ている咲久に面白くなさそうな目を向けた。
そして咲久の頬に指を当てると、つぅ――と、撫でる。
「サクっ!?」
陸は動揺した。
この期に及んで何かされたって、もう守る手段なんてないのだ。
これでも、今日まで彼なりに咲久を守ってきた自負のある陸だ。
なのに、あともう少しってところまで来て、やっぱり守りきれませんでしたじゃ、悔やんでも悔やみきれるものじゃない。
「別になにもしてないわ。ただ触っただけ」
ひまりは、早とちりした陸をケラケラと笑った。
「……でもね。そんなにこの子のことが大事なら、最後までこの子を守ることだけに集中してればよかったのよ。なのに変に欲張るから、結局また咲久を奪われて……こう言うのを元の木阿弥って言うのよ。馬鹿ね」
「……そっすね。今度から気を付けます」
ひまりの指摘に、陸は苦い顔をした。
本当に彼女の言う通りだ。
昼休み、廊下で咲久を破滅から救ったあと、そのまま護衛に付いていればよかったのだ。
なのに、ひまりのことが気になって、たまたま居合わせただけのスッポンさんに咲久を任せてしまった。
そしてその結果がこれ。
これが馬鹿の所業じゃなかったら、一体なんなんだ?
「センパイ。もしセンパイがサクのこと見逃してくれるんなら、オレ、センパイの言うことなんでも聞いてもいいすよ?」
陸はひまりに持ちかけた。
我ながら下手クソな交渉の仕方だと思う。
でも駆け引きなんて知らないし、やったこともない。
だから今言ったことは本心だ。自分に咲久の身代わりが務まるのなら、喜んで引き受けよう。
この提案に、ひまりは一度目を閉じて考えた。
そして――
「いいわ。そこまで言うなら貴方のお願い、聞いてあげる」
ひまりは言った。
咲久から離れると、嬉しそうに陸の元へと向かう。
「本当のこと言うとね。私、この子のことなんて最初からどうでもよかったのよ。ただ、この子がいると貴方、和魂の影響を強く受けるみたいだから」
「和魂?」
陸は訝しんだ。
和魂ってあれだよな? たしか、荒魂と対をなすって言うアレ。
でもそれが何だって? サクがいることと、オレの和魂と、それにどんな関係が……
「でもそれだけの覚悟があるのなら、もう大丈夫そうね。あの子の代わりなんて、そんな気持ちで来てくれるのは、ちょっと気に入らないけれど」
けれどひまりは、陸が考えをまとめ切る前に、彼の元に着いていた。
「やっと来てくれた……おかえり。私、貴方のことずうっと待ってたのよ?」
そう言ったひまりは、愛おしそうに陸の胸にその顔をうずめた。
陸 ……主人公君。高1。へたれ。
咲久 ……ヒロイン。高1。氷室神社の娘。
奇稲田……氷室神社の御祭神の一柱。陸に協力する。
海斗 ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。
ひまり……咲久の先輩。高2。弓道部。
雨綺 ……咲久の弟。小6。やんちゃな犬みたいな子。
朱音 ……迷惑系・女子。高1。通称・シュオン。
川薙市……S県南中部にある古都。小江戸。江戸情緒が香るけど、実は明治の街並み。




