第12話 一日目。放課後。むすひ。
一日目。放課後。
学校にいる間なにか変わったことが起きるはずもなく、少し拍子抜けした陸は下校すると真っ直ぐ氷室神社へと向かった。
そしてここは、お茶処――むすひ――。
氷室神社に隣接する和風喫茶店で、咲久のバイト先だ。
今日はここで咲久から英語を教わる約束を取り付けた陸は、いつもの席で彼女を待っていたのだけど……
「いらっしゃいませー……あら氷室さん」
入口の方でいつも以上にフランクな対応をするベテラン店員の声に、陸はひょいと顔を覗かせた。
すると、その客とはやっぱり咲久だったようで。
「あれ? 早いじゃん」
陸は真っ直ぐこっちに向かって来る咲久に言った。
咲久は今朝、約束があるから遅くなる。的なことを言っていたはず。
「いや~、それがね。約束してた先輩が急に部活出なきゃいけなくなって。遅くなるかもって言うから、じゃあここで待ってます。って……」
対面の席に着いた咲久は、バッグを隣の椅子に降ろしながら言った。
「先輩って、サクが弓道部入るきっかけになった?」
「うん。陸も会ってみる? ホンットにカッコいいから」
「ほーん」
陸はとりあえず程度の反応を示すと考えた。
陸は知らない人がいると何となく黙りこくってしまう性格の持ち主だ。そのせいで、高校でも友人作りに苦労してもいる。
それが他校の女子? いやいや絶対無理。
けど、そんなカッコ悪いことを咲久に言うわけにもいかないし、ならここは――。
「あ。そう言えばオレ、宮司から用事言われてるの思い出した。今からちょっとそっち片付けてくるから、英語はそれからってことで――」
「あのねえリク。英語嫌いだからってそんなふうに逃げてたらいつまで経っても上達しないよ?」
嘘の言い訳を秒で粉砕された陸は、もう素直に座っているしかなかった。
◇ ◇ ◇
それから30分後――。
「いらっしゃいませー」
あれから何度目かの店員のあいさつを聞いた陸が入口の方を覗くと、入ってきたのは一人の女子高生だった。
「お?」
「ん? なに?」
「いや。待ち人来りて――てやつかなと」
そう答えた陸。
するとその女子は、陸の言う通り真っ直ぐこちらに向かって来て――
「ごめんなさい。部活なかなか抜けられなくて」
彼女は咲久の前で立ち止まると、まず謝罪した。
「いえ。いいですよ別に。ひまちゃん先輩が忙しいの知ってますし」
気にしないでください。と、咲久。
けれど「ひまちゃん先輩」と呼ばれたその女子は、なにか気に障ることでもあったようで――
「あのね咲久。その呼び方やめてって言ってるでしょ。呼ぶのなら苗字にして」
「なんでです? もったいないじゃないですか」
せっかく可愛いのに。と、咲久が反論した。
するとそう言われたひまちゃん先輩の方も、これ以上の議論は無駄だと心得ているようで。
「……で、こっちの人は?」
諦めたひまちゃん先輩は、邪魔にならないよう隅っこで小さくなっていた陸に言及した。
「あ、はい。これはリク。同中で今英語教えてあげてたところなんですけど」
「や。人を指差して『これ』って」
まるで物みたいな扱いをされて、陸はツッコミを入れた。
陸は結局、彼女から逃げることができなかった。
でも、これまでの30分で少しは腹も決まっているし、ちょっとあいさつするぐらいなら――
「りく……君?」
「え? あっはい。ども初めまして」
陸の名を確認するひまちゃん先輩に、陸は早口であいさつした。
紹介されたのを無視してツッコミに走るなんて、ちょっと失礼だったかも知れない。
けれど、そのあいさつもどうやら手遅れだったようで、
「……」
ひまちゃん先輩は、ムスッと押黙ると、陸にスゥっと冷たい視線を向けた。
「――でね、リク。こっちはひまちゃん先輩。弓道部の副部長で、すっごくカッコイイの。ですよね、ひまちゃん先輩」
「……長谷ひまりですどうも初めまして」
そうして名乗ったひまちゃん先輩。
けれどその目は、明らかに陸のことを軽蔑していて、
▽ ▼ ▽
この不機嫌さ丸出しの女子の名は長谷ひまり。16歳。川薙女子高校2年。咲久的な通称はひまちゃん先輩。
咲久とは弓道部の先輩後輩の間柄で、頼れる先輩らしいのだけど、そんな彼女が今陸に向けている視線が痛いぐらいにキツいのは、陸の態度がちょっと失礼だったから?
△ ▲ △
「こ、このあと用事あるんだよな? それってなに?」
ひまりの視線に耐えられなくなった陸は、咲久に話を振った。けれど――
「貴方には関係ないでしょ」
しかし咲久の代わりの答えたのはひまりだった。
確かに今のは自分には関係のない話だ。でもまさかそこまではっきりと拒絶されるなんて。
思ってもみなかった事態に、陸の背中はあっという間に冷や汗ダラダラ。
「先輩。その言い方はちょっと。ほらあ、リク泣きそうじゃないですか? ――あのねリク。先輩、お箸買いたいんだって。だからわたし、だったら遊饌がおススメですって教えたんだけど――」
どうやらひまりのこんな態度はこれが初めてじゃないらしい。先輩相手でもさらっと注意してくれる頼もしい咲久に、陸の心は少し救われた。けれど……
「チッ」
ひまりは舌打ちしていた。しかも陸だけに聞こえるような巧妙なやり方で。
オレ、こんなに嫌われるようなことした? ――陸はもうすっかり居たたまれなくなっていた。
ちょっと失礼なことはしたかも知れない。けど、ここまでされるほどの失礼じゃなかったと思うんだけど。
「あーあーそっかそっか。でもだったら早く行った方がいいって。だってほらあそこ、6時までしかやってないじゃん?」
ひまりの存在を苦にした陸は、閉店時間に言及した。
遊饌は川薙の中でも観光地に店を構えているからなのか、閉店が意外と早い。
「ま!? 今何時?」
「あー……ご、5時……前」
「……なんだ。余裕じゃん。脅かさないでよもう」
「あ。でもほら、あそこ結構種類あるし。ただ見るだけならいいかも知んないけど、買うんなら絶対にもう行った方がいいし……」
陸は必死だった。
ここで諦めたら試合終了だ。絶対ひまりに息の根を止められる。
だからその前に、なんとしても去ってもらわなくては。
▽ ▽ ▽
――因みに、咲久の言っていた「遊饌」とは川薙の観光スポット・町屋地区にあるお箸専門店のことだ。
本気で選ぼうと思えば1時間以上だって掛けられるぐらいには種類の豊富な店で、当然観光客で混み合う観光名所でもある。
だから陸の言うこともあながち間違いではなくて、初めて買い物に行く人だと選びきる前に閉店、なんてことも実際にありそうなことではあるのだけど……
△ △ △
「こっちはもういいからさ。こっから10分はかかるんだし」
何とかしてひまりと別れたい陸は死に物狂いで進言した。
これ以上ひまりに敵意を向けられていたら、本当に泣いてしまう。
「ん。じゃあそうしよっかな――先輩、行きましょう」
陸の一念が通じたのか、咲久は腰を上げた。
テーブルにいっぱいに広げてあったスマホやら筆記用具をパパッとバッグに突っ込むと、残った抹茶ラテを一気に飲み干す。
「じゃ、行ってくるけど、お勘定は――」
「あ。うん。勿論ここはオレ持ちで。しっかり」
こうして、ひまりと別れることに成功した陸は、九死に一生を得た気分で二人を見送ったのだった。
陸 ……主人公君。高1。へたれ。
咲久 ……ヒロイン。高1。氷室神社の娘。
奇稲田……氷室神社の御祭神の一柱。陸に協力する。
海斗 ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。
ひまり……咲久の先輩。高2。弓道部。
川薙市……S県南中部にある古都。小江戸。江戸情緒が香るけど、実は明治の街並み。




