第40話 六日目。昼。生物室へ。
今は咲久を守るより朱音を叩く方がいい。――奇稲田からアドバイスをもらった陸は、スマホを取り出した。
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4階廊下
咲久を守って
大至急
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最低限の情報だけ入力して、送信。
普通の相手ならちょっと不安な内容だけど、相手は海斗。これだけで分かってくれるはず。
それから陸はスマホをしまうと、スッポンさんに向き直った。
「あ。スンマセンけど、今オレの友だち呼んだんで、それまでサクのこと頼んます!」
「え? ちょっ、カレシさん!?」
困惑するスッポンさんの声を後ろに聞きながら、陸は駆け出した。
◇ ◇ ◇
(いやあ、それにしてもそなた、なかなかのものじゃったなあ)
奇稲田がそんなことを言い出したのは、スッポンさんと別れてからすぐだった。
「な、なんすか急に?」
(いやな。わらわがあともうほんのちょびっとだけ若くて、てて様が居らぬ身の上であれば、あるいは惚れることがあるやも知れぬかも知れぬ程度には、イケとったなあ、て)
「はあ……」
それホントに褒めてる? さすがに遠すぎる好意に、困った陸。
と言うか、好いたの惚れたの言う以前に、神話の時代から存在している神様が、あとほんのちょびっとだけ若くなったからって、それに一体なんの意味が?
(……なにか言いたそうじゃな?)
「や。なにも。そ、それよりもさっきのアレ。なんだったんでしょうね?」
齢のことには触れない方がいい。彼女の逆鱗がどこにあるのか何となく知った陸は、話を変えた。
さっきのアレ――つまり、お守りを投げるきっかけになった不思議な出来事のこと。
あれは本当に不思議だった。
時間がゆっくりになったのもそうだったけれど、それ以上に不思議なのが、あの声。
初めてのような、懐かしいような、心がほっとするあの感じ。気になってしょうがない。
けれど奇稲田は、陸の話を聞くと、
(ふむ? 時間の流れが止まった? 氷室の守りから声が? ふふっ、なにを寝ぼけたことを。もし本当にそんなオカルトじみたことがあったりしたら、わらわ怖くてもうそのお守りに近づけなくなっちゃう)
「おまゆうが過ぎる……」
せっかくの奇跡体験を一笑に付してくれた奇稲田に、陸は呟いた。
奇稲田姫命なんて、その存在自体がオカルトそのものじゃないか。なのに、なんだその感想は?
(じゃがまあ、まったくあり得ぬとも言い切れぬ。先も申したが、人の心は時として理屈では測れぬ力を与えるものじゃ。今回も、娘を想うそなたの気持ちに呼応した氷室の守りが、そなたにこうせよと教えてくれたのじゃと考えれば、まあ説明は付こう)
「はあ……」
奇稲田の取って付けたような分析に、陸はいまいち納得できなかった。
◇ ◇ ◇
3階・生物室――
「ひまセンパイ! 大丈夫すか!?」
陸は勢いよくドアを開けると、生物室に飛び込んだ。
いくらひまりが頼れる先輩だからって、破滅の本体みたいな朱音を相手に一対一のままじゃ、さすがに危険だ。
(油断するでないぞ。ここからが真の正念場じゃ)
「っす」
今日何度目かの奇稲田の警告に、陸は油断なく状況を確認した。
そうして見渡してみると、生物室は薄暗かった。
すべてのカーテンが閉められ、電気もすべて消されていたのだ。
そしてそんな中、黒板の前で背中をこちらに向け、佇む女子生徒が一人。
「センパイ!」
陸は呼びかけた。
良かった無事だ。朱音は見当たらないけど、でもひまりは無事。ならとりあえずはOKだと言っていいだろう。
陸は安心と警戒心、半々にして彼女の返事を待った。
しかし――
「ねえどうしよう……私……人、殺しちゃったかも……」
陸に気付いたひまりが、真っ青な顔をゆっくりと向けて言った。
陸 ……主人公君。高1。へたれ。
咲久 ……ヒロイン。高1。氷室神社の娘。
奇稲田……氷室神社の御祭神の一柱。陸に協力する。
海斗 ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。
ひまり……咲久の先輩。高2。弓道部。
雨綺 ……咲久の弟。小6。やんちゃな犬みたいな子。
朱音 ……迷惑系・女子。高1。通称・シュオン。
川薙市……S県南中部にある古都。小江戸。江戸情緒が香るけど、実は明治の街並み。




