第37.2話 六日目。昼。生物室(後編)
「ねえリク。なんか急に元気なくなったけど大丈夫? もしかしてお腹痛い?」
「だったら保健室行きなさい。と言っても、連れてくのは結局私たちなのだけど……」
午前の講義が終わった生物室。
予想外の低評価に落ち込む陸を、咲久とひまりが取り囲んでいた。
すると、後ろから――
「なにをまあキャッキャウフフと」
「え? ――あっ!?」
「貴女っ!」
陸たちは驚き立ち上がった。
そこにいたのは、敵対しているはずの朱音だったのだ。
ただし彼女、いつもの派手なネイルはやめ、特徴的だったグラデヘアーも昨夜から黒いまま。ぱっと見じゃ完全に別人。
「おはようございますお二人とも。て言っても、もうお昼なんですけどね。でもまあ業界的におはようございます」
「貴女、一体何しに――!?」
「何しに? やだなぁ、そんな怖い顔しないでくださいよぉ? なにって、フツーに土講に来ただけじゃないですかぁ? それともなんです? アタシは土講に来ちゃいけない理由とかありますー?」
警戒心をあらわにしたひまりに、相変わらずの態度で朱音が嗤った。
◇ ◇ ◇
「貴女まさか、こんなに大勢いる中で何かするつもりじゃないでしょうね?」
「何か? 何かってなんです? なんことだか分かりませんねぇ」
ひまりが珍しく昂っていた。
今のままだとひまりの方が不利そうだ。どこかでゲームチェンジしないと。――陸は介入しようとした。すると……
「ねえちょっと。リク」
空気を読みもせずに話しかけてきたのは咲久だった。
「なに?」
「この人、リクたちのお友だち? だったらわたしにも紹介して欲しいんだけど」
呑気と言うかなんと言うか。朱音が先日自分を泣かせた迷惑系だと気付いていないらしい。
でもどうする?
陸は迷った。正直に、「こないだの迷惑系だよ」なんて言いたくない陸だ。もし言えば咲久は嫌なことを思い出してしまうだろうし。
「あ。アナタ、氷室咲久さん。ですよねぇ?」
陸が悩んでいると、先に話しかけたのは朱音だった。
「ハジメマシテー、川薙南のシュオンですぅ。確かにアタシとりってぃはオトモダチですけどぉ、ただの友だちって言うよりかぁ、もっと特別な関係でぇ……」
「特別?」
「分かんないですかぁ? 分かりやすく言うと、『大人の』? まあそんな感じなんですけどー――」
「???」
咲久の察しが悪いのか、朱音の匂わせ方がヘタなのか。ちょっとイラついたらしい朱音はスマホを取り出した。
「……じゃ、これ見てくださいよ」
咲久だけに聞こえるように耳打ちして、画面を見せる。
「……ね?」
「……!」
なにかを吹き込まれた咲久の顔が、耳まで真っ赤に染まった。
そして……
「リク!」
「あ、はい。なに?」
「最っ低っ!!」
バッチーン!!! ……ッチーン!! ……チーン!
まるで東照宮の鳴き龍みたいな音が、まだ人のいる生物室にこだました。
「え?」
目を白黒させる陸。
ひっ叩かれた!? なんで!? ひまりはともかく、咲久にそんなことされたこと、一回だってなかったのに……
「っ! ……ごめんっ!」
咲久は教室を飛び出した。
「え? ホント、なんなの……?」
「なにしてるの!? 早く追いなさい!」
「え? あっ!? でも――」
「私はそこの女に用事があるから。いいから早く行ってあげて」
――超カッコいい。なにこのイケメン。
ひまりに後押しされた陸は、教室を飛び出した。
陸 ……主人公君。高1。へたれ。
咲久 ……ヒロイン。高1。氷室神社の娘。
奇稲田……氷室神社の御祭神の一柱。陸に協力する。
海斗 ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。
ひまり……咲久の先輩。高2。弓道部。
雨綺 ……咲久の弟。小6。やんちゃな犬みたいな子。
朱音 ……迷惑系・女子。高1。通称・シュオン。
川薙市……S県南中部にある古都。小江戸。江戸情緒が香るけど、実は明治の街並み。




