第4.1話 咲久、祠に触れる(前編)
咲久が見つけた光源とは、ぽうっ……となんとも不可思議な光を放つ、祠の残骸だった。
「なんだこれ?」
見たことのない物を目にした陸が、警戒して言った。
「さあ? なんだろね?」
と、この現象をあまり畏れていないらしい咲久。
咲久はこの謎の発光体に手が届きそうなほどの距離でしゃがみ込んで、不思議そうに眺めている。
「あ。ちょ……あんま近付かない方が……」
「平気平気。あ、それともなに? もしかして、怖い?」
「そ、そんなわけあるか!」
「あ。でもなんかこの形、見たことあるような……えと、なんて言うんだったっけ? ……神棚……じゃなくて、あの小っちゃい神社のやつの……」
「小っちゃい神社のやつって……」
脱力した陸。
こいつ、本当に神社の娘なのか? そんな頓珍漢な答えが出てくるなんて、この家の教育はどうなってるんだ?
「あのなサク。こう言うのは祠って言うんだよ。ほら、表の方にも厳島社とか三峰社とか似たようなのあるじゃん。あれとおんなじ」
「そうそれ! えと、たしか拙者、抹茶だっけ?」
「摂社、末社」
「ああうん。セッシャマッシャね……でもそれって、結局小っちゃい神社となにか違うの?」
「……」
咲久の質問に、ちょっとげんなりした陸。
さすがにそのぐらいのことは知っていてほしい。けど、今こうして憶えてくれた(?)のなら、そこでさらにツッコむのも野暮と言うもの。
「でもこの祠、なんで光ってんだろうな?」
「さあ?」
二人はそろって首をかしげた。
暗闇で光るものと言えば、小学校の時、社会科見学で行った吉見百穴を思い出す。でもあれはヒカリゴケがその光源だったはずで、この祠にそれらしいものは見当たらない。
すると咲久、間近で祠を見ていたおかげか、光の大元を見つけたようで――
「あ。これじゃない?」
「あっ、ちょバカ! 触るなって」
手を伸ばした咲久を、陸は慌てて止めた。けど、咲久はもうその何かに触れていて――
「――うわっ!?」
陸の悲鳴が、夕闇の杜に響いた。
◇ ◇ ◇
それは、ほんのあっと言う間の出来事だった。
あまりにも不用意な行動だ。咲久は謎の光の大元に触れてしまったのだ。
するとその瞬間、それまでぼやぁとしていただけの光が、カメラのフラッシュみたいな閃光に変わり……そして、そのまま消えたのだ。
「……な、なんだ……今の?」
陸はきつく閉じた瞼をちょっとずつ緩めながら呟いた。
今、この杜は元の通りに暗い。外から届く街の明かりと喧騒も、いつも通りにどこか近くて遠い。
不意のフラッシュ現象のせいで、陸の目にはチカチカと残像が現れていた。
なんだこれ? もしかして、夢? ――まるでぬるま湯にでも浸かっているみたいなべっとりとした感覚がそう思わせる。
けどその一方で、未だにはっきりと見えてしまっている残像と、異様なまでにシャッキリハッキリしている意識が、やっぱり夢じゃないんだとも告げている。
「なあサク。もう行こ……なんかここ、ヤバくね?」
焦りを覚えた陸は、咲久に声をかけた。
けれど咲久は全く反応しない。
「サク?」
聞こえなかったのか? 陸はもう一度声をかけた。
けれど咲久、やっぱり反応らしい反応はしてくれない。
「おーい、サクさーん?」
陸はお道化てみた。けれど彼女はピクリともせず。
咲久になにかあった!? ――陸は焦った。さっぱり意味が分からない非科学的現象だ。そんな変な物に触ってしまった彼女の身に何が起きたって、何の不思議もない。
「サク! おいサクっ!」
いよいよ焦った陸は、彼女の肩に手をかけた。
どうか、頼むから……! そんなことをどこかの誰かに祈って、咲久が応えてくれるのを願う。
すると――
「んああ~っ! やったぁ! 久っさしぶりの現世じゃあっ!」
急に立ち上がった咲久は、そんなことを言い出していた。
陸 ……主人公君。高1。へたれ。
咲久 ……ヒロイン。高1。氷室神社の娘。
川薙市……S県南中部にある古都。小江戸。江戸情緒が香るけど、実は明治の街並み。