第29.1話 五日目。放課後。むすひ(前編)
追いかけた甲斐もなく、朱音は勝手に帰ってしまった。
けれど、陸にはそんなことを気にしているヒマなんてない。
彼は、ひまりに咲久をむすひまで送ってくれるよう頼むと、自身は海斗と二人、下校する彼女たちを物陰からそれとなく見守った。
そしてこれは、陸、海斗、ひまりの三人がむすひに集結した時のこと――
「そりゃあ、りっくんがひまちゃん先輩と仲直りできたの、お姉ちゃん嬉しいけど……」
見慣れない組み合わせを目の前にした咲久店員が、感心したように言った。
「――まさかリクがパリピになるなんて」
「なんて?」
つい聞き返した陸。
パリピって誰が? 確かに海斗たちは仲間だけど、別にパーリーピーポーじゃない。
ただ集まってるだけでパリピって、咲久のパリピ基準どうなってんの?
「別にパーティしたくて集まってるわけじゃないわよ。ただの謝罪会」
脱線しそうな話題を軌道修正したのはひまりだった。
とは言えこの集まり、本当は謝罪会ですらない。咲久の護衛兼作戦会議がその本質だ。
でもそのことを咲久に知られてはいけないし、これも方便と言うもので。
「や~お姉ちゃんびっくりしちゃった。りっくんがパリピになっちゃったのかと思って」
「んなワケあるかっつの。大体オレがいつ、『うぇい~!』とか、『Fuu☆』とか言ったよ?」
「あのねりっくん。うぇい~とFuuだけでパリピって、それはどうなのって、お姉ちゃん思う」
お前が言うな。――自身のガバガバな基準を棚に上げた咲久にツッコミたい陸。
けど、ここでそうしてしまうと、それこそ話が脱線してしまう。
「んなことよりほら、あそこの客が呼んでんぞ。とっとと行け看板娘」
「はいはい、分かってますよ。りっくんは難しい年頃ですねー」
咲久は、急に煙たがりはじめた陸を、反抗期の弟みたいに扱うと去って行った。
◇ ◇ ◇
「ふーん、『りっくん』ねえ……咲久ちゃんていつもあんな感じなの?」
咲久が去ってから最初に口を開いたのは海斗だった。
「や。さすがにいつもじゃないんだけど……」
さすがに恥ずかしくて、口籠った陸。
咲久のあのお姉ちゃんモードは、昨日の続きなんだろうけど、まさか初対面の人がいてもやってくるなんて。
そこまで気合入れてお姉ちゃんお姉ちゃんしなくてもいいのに、一体なにが咲久をその気にさせたんだろう?
「そんなことはどうでもいいのよ。それよりもミーティングするんでしょ? まずはどうするの?」
雑談を終わらせたのはひまりだった。彼女、陸たちの関係性にはあまり関心がないらしい。ちょっとイラついた様子で、話題を変えた。
「あ~。じゃ、そっすね。とりあえず今日学校であったこと、教えてくれます?」
「今日の出来事……そうよね……やっぱり報告は必要よね」
陸の要請に、なぜかひまりは表情を暗くした。
◇ ◇ ◇
「――まったく。あの子もあの子なら、この子もこの子よ! なんだってあのクラスには、そろいもそろってあんな頓珍漢が揃ってるの!」
「え? や、あの。センパイ。ちょっと落ち着いて……」
陸は、怒りのゲージ急上昇中のひまりを、胆が冷える思いで宥めた。
「落ち着け? これが落ち着いてられるわけないでしょう! なにが『ひむひむ宿題やって来てません』『あ。でも宿題の英訳正解してます。ゴイスー!』よ! そんなこと教えてくれって頼んだわけじゃないのよこっちは!」
聞けば聞くほどひまりの苦労が分かってきた陸。
どうやら彼女、連絡役を頼んだ後輩から『密着取材! ひむひむの一日! 生中継』なる珍メッセージ群を大量に送り付けられていたらしいのだ。
ひまりのスマホに映し出されたしょうもないメッセージの数々がその証拠。
「ウチ、授業中はスマホ禁止だからメッセージが来るたびに席を外さなくちゃいけないし……仕舞いには先生から『長谷さん。体調が悪いのなら無理せず保健室に――』て……別に無理なんかしてないわよこっちは!」
ついに爆発したひまりがテーブルをドンッ!
その勢いに陸がビクッ!
近くの席がほとんど空席だったのがせめてもの救いと言うもので。
「でもまああれだよね? 破滅の期限ってあと二日だっけ? てことはさ、もうあとは学校ないんだし、まあ今日は運が悪かったってことで……」
「そう。それ!」
陸は海斗の意見に、食い気味で乗っかった。
今日のひまりは本当に災難だったと思う。とばっちりを食った自分も災難だったし。
でも今考えなきゃいけないのは、どうすれば破滅を防げるかについてだ。
奇稲田はまだ拗ねたままだし、自分たちだけでどうにかしないといけないのだ。
するとひまりは、
「あら? ウチ、明日も学校あるわよ?」
「なんで!?」
突然聞かされた新情報に、陸は予定が頭から全部吹っ飛んだ。
そんなの聞いてない。だって今日金曜だよ? てことは明日は土曜だよ? 土曜なのに学校あるとか、バカなの?
「なんでってウチ、これでも一応は進学校だもの」
さっきのドン! でよっぽどスッキリしたのか、事も無げに言ってくるひまり。彼女によると、土曜日は希望者を対象とした特別講義があるらしい。
「あの子、土講は全部受けてるらしいのよ」
「ま?」
陸は聞き返した。
え? サクってそんな勉強頑張ってんの? オレなんて学校終わったらソッコー帰って、ゲームするかアニメ見るか動画見るしかしてないのに。
初めて聞かされた事実に、置いて行かれたような気がした陸。
「ふうん。そんなに頑張ってるって、咲久ちゃん、もう進路決めてんのかな?」
「さあどうかしら? あの子、ノリで生きてるようなところあるし」
「ははは。あ、でももしそうなら、明日はなにか予定入れさせて、学校行けないようにしちゃえば?」
「土講は出席自由だし、それも一つの手かもね」
とんとんと案を出し合ってゆく二人。
けれどそんな中、勤勉な咲久という新キャラの存在を知った陸だけは、
「ウソだろ……オレ、もう同じ大学とか行けないの?」
彼だけは、しばらくの間呆然としていた。
陸 ……主人公君。高1。へたれ。
咲久 ……ヒロイン。高1。氷室神社の娘。
奇稲田……氷室神社の御祭神の一柱。陸に協力する。
海斗 ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。
ひまり……咲久の先輩。高2。弓道部。
雨綺 ……咲久の弟。小6。やんちゃな犬みたいな子。
朱音 ……迷惑系・女子。高1。通称・シュオン。
川薙市……S県南中部にある古都。小江戸。江戸情緒が香るけど、実は明治の街並み。




