第23.1話 四日目。午前。むすひ(前編)
四日目。午前8時55分。むすひ前。
「……」
(なにをしておる? さっさと入らぬか)
「あっはい」
むすひの前で足が止まっていた陸は、奇稲田にせっつかれて我に返った。
――じゅんび中――
戸に掛けられたこの札が、むすひはまだ開店前なんだと教えてくれている。
「お……おじゃましまーす」
陸は、緊張で焼けつきそうな胸を抑えながら中に入った。
すると、
「あ、来た来た。時間ピッタリ」
店の奥からパタパタとやって来たのは、もうすでにむすひの制服に身を包んだ咲久だった。
「ごめんね、急に呼び出したりして。実は、りっくんに大事なお話があって。それじゃ、ちょっとお姉ちゃんと向こうでお話ししよっか?」
妙にご機嫌な咲久は、陸の手を取ると店の中へと導いた。
あれ? なんか思ってたのと違う。――予想外の対応に陸は困惑した。
今朝、あんなに深刻そうな感じで「大切な話」なんて言ってくるもんだから、もっとこう、二人の関係に今までにない進展が起こるとか、そう言った系の話だと思ってたのに……あれ? なにこの感じ?
まだ開店前のせいか、咲久はいつもとは違う席に誘っている。
ともかく、陸は咲久に導かれるままに二人掛けの席に着いた。
◇ ◇ ◇
むすひ。開店前。
いつもとは違う日当たりのいい席でのこと。
「ねえりっくん。あなた昨日、ひまちゃん先輩の胸触って逃げたんだって?」
お茶を出してから席に着いた咲久は、初手から話の核心を突いていた。
「――ぶっ!? や、えっ!? ――ご、ごほっ!!」
大切な話ってそれ!? ――すすりかけのお茶が喉を直撃してむせ返った陸。
陸は破滅がらみのことについては、咲久に知られないように結構気を遣って動いている。
だからその件についても、当然咲久には知られていないつもりだったのだけど……
「わたしね。昨日、りっくんも先輩も急に帰っちゃったからなんだろうって思って、先輩にSNSで聞いてみたの。そしたら……」
「……」
言葉に悩む咲久に、陸もまた言葉を失った。
そうか。あのあとひまりも帰っちゃったのか。
そんなところから自分の行動が漏れるなんて思ってもなかった。
「先輩ね。最初は『ちょっと気分が悪くなっただけ』って言ってたんだよ? だけどわたし、それだとりっくんも帰っちゃったことの説明がつかないし、なんか先輩の様子もおかしい気がしたから、本当は何があったんですかって聞いてみたの。そしたら……」
咲久はまたそこで言葉を切った。
自分の幼馴染が、まさかそんな破廉恥なハラスメントをするなんて、どう表現していいのか悩んでいるのだろう。
「だから違くて!」
陸は反論した。
それは誤解なのだ。あんなアクシデント一つで咲久から白い目を向けられらたまったもんじゃない。
でもどこが違うのか説明しようとすると、急になにも言えなくなってしまう。なにしろあの事故を説明しようとすると、咲久には言えないことも結構あるわけで……
「別にオレ、センパイの……を触ったとか、そんなんじゃ……」
「あ。そうなの? じゃ、りっくんは全然触ってなくて、先輩がウソついてるのね?」
ゴニョゴニョと言い訳する陸に、咲久は返した。陸の自信なさそうな態度に、今のはウソだと解釈したらしい。
「え? や……センパイがウソついてるとかじゃないんだけど。オレは触ろうとしてないって言うか……だから、触ってないわけじゃないんだけど……触ったって言うのもちょっと違うって言うか……」
「ごめんりっくん。お姉ちゃん全然分かんない。結局触ったの? 触ってないの?」
「や。だからあの……」
圧がすごい。いよいよ追い詰められた陸。
「ねえ、どっちなのかなあ? お姉ちゃんぜーったい怒らないから、本当のこと、教えてくれないかなあ?」
「……はい。触りました」
どうしようもないくらいに逃げ場を失った陸は、犯行を認めた。
陸 ……主人公君。高1。へたれ。
咲久 ……ヒロイン。高1。氷室神社の娘。
奇稲田……氷室神社の御祭神の一柱。陸に協力する。
海斗 ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。
ひまり……咲久の先輩。高2。弓道部。
雨綺 ……咲久の弟。小6。やんちゃな犬みたいな子。
川薙市……S県南中部にある古都。小江戸。江戸情緒が香るけど、実は明治の街並み。




