第1話 陸、むすひを訪う
【ご挨拶】
本日は、「○○○の神の申す事には」お読みくださりありがとうございます。
本作、週一更新(木~土のどこか)で10万字程度の完結を見込んでます。
どうか最後までお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
【追記】
すみませんウソつきました。10万どころか15万字を超えてきました。
それでもどうかよろしくお願い申し上げる次第で御座りまする。
ここは江戸情緒香る観光都市・小江戸川薙。
そしてその市街の北に鎮座ましますは、創建から優に千年を超える古社・川薙氷室神社。
延喜式にも記載された由緒正しい縁結びのこの神社は、常に良縁を求める人で賑わいが絶えることがなかった。
ただし、
それは、神社のとある一角――長い時の中で忘れ去られた区域――を除けば、の話だったけれど……
◇ ◇ ◇
桜花の残り香もすっかり消え、汗ばむ陽気に目が眩むようになった五月。
けれど、そんな日差しも、杜の青葉に守られたこの神社には関係がないらしい。カラっとした爽やかな空気が境内を包み込んでいた。
「あー生き返るー」
そんな中、木漏れ日の眩しさに目を細めながらダラダラと参道を行くのは、一人の少年。
この春、高校に入学したばかりの陸だ。
地獄のような思いをした入学試験も、もはや過去の出来事。彼は、今日と言う日のあまりの暑さに負けて、日陰の多いこの道に避難していたのだ。すると……
ガチャン――
「あ」
突然聞こえてきた景気のいい音に、陸は足を止めた。
「あ~あ~、まーたやったなー」
そして、音の聞こえてきた方向にあるお店で、なにがあったのかを想像して苦笑する。
今行くと、たぶん片付けを手伝うことになる。けど、目的がそこにある以上、行かないという選択肢もない。
「ま、しょうがないか」
陸は肩をすくめると、その店の暖簾の前で立ち止まった。
深緑色の暖簾には、白抜きでこう書かれている。
――お茶処 むすひ――
それがこの茶屋の名だ。
陸は一呼吸置くと、暖簾をくぐった。
すると、そこで出迎えてくれたのは、ホウキと塵取りを持った一人の店員で……
「あ。いらっしゃいませなんですけど、すいません。今ちょっと手が離せなく――て、なんだリクじゃん。来たんだ」
「あのなあ、オレは客だよ客。それが『来たんだ』ってなによ? 『来たんだ』って?」
慌てていたのか、なってない店員だ。
けれど当の店員さん、客の案内と割れた皿の片付け。降って湧いた二つのタスクを同時にこなせるような器用さはないようで「あー、うーん……」とか、悩むばかり。
「あ~えっと……じゃあ、お客様はお好きな席に行っていただいて――」
「ああもう! ホウキはオレがやるから。ほら、サクは塵取り」
陸は要領の悪い店員からぱっとホウキを取り上げると、散らかった破片を手際よく集め始めた。
――ところで、このサクと呼ばれた店員。いつ来ても大体こんな調子だった。けど、それでも彼女は一応この店の看板娘だった。
この「お茶処 むすひ」は、氷室神社の隣に宮司の姉が建てた店だ。
元々、看板娘はそこの娘二人が務めていたのだけれど、しかしその看板姉妹も就職・進学と、なにかと忙しい年齢に差し掛かり、そこで困った女将が新しい看板として目を付けたのが、この娘。
この春高校に入学したばかりの咲久。という訳だったのだ。
「いや~、ごめんね。なんか手伝わせちゃって」
「いいよ別に」
陸は、謝る看板娘3号に、素っ気なく答えた。
けれどその裏で陸は、自分の耳がほんのちょっとだけ熱くなっていることを、ちゃんと自覚していた。
◇ ◇ ◇
「うし。こんなもんか」
陸は破片をあらかた片付けると、ホウキを咲久に返した。
「あとは自分でやっとけよ。オレはいつもの席に行ってるから」
「ん。分かった。あ、お客様。ご注文は何になさいます?」
急に店員モードになった咲久に、陸はドキッとして彼女を見る。
今の彼女の姿は緑を基調とした和装にたすき掛け。この茶屋の制服だ。それに加えて今は両手にホウキと塵取りも持っている。
こうして見ると、茶屋小町と言うよりは、時代劇で見かけるような若奥様にも見えないこともなくて。
「あ。あ~、そうね。じゃあ今日は……ほうじ茶ラテ。アイスで」
若奥様――急に沸いてきた未来予想図に、陸はつい視線を逸らして答えた。
「んふっ。『今日は』って、いっつもそうじゃん」
「サ、サクだっていつも抹茶ラテしか頼まねえじゃねえか」
「ご注文を確認します。ほうじ茶ラテと、抹茶ラテのアイスが一つずつ。以上でよろしいですか?」
「おう。よろしいっす」
ちゃっかり自分の分まで注文にいれていた咲久店員。
陸は彼女と一旦別れると、店の奥の「いつもの席」へと向かった。
今日、彼がこの店に足を運んだのは、この咲久店員に英語を教えてもらうためだった。
川薙市……S県南中部にある古都。江戸情緒とか言っときながら、実は明治の街並み。