第15話 二日目。午前。町屋通り。
二日目。午前。
ここは観光客でにぎわう町屋通り。
(やっほぉーい! 久っさしぶりのお外じゃあーい!)
誰にも聞かれないのをいいことに一人はしゃぎまくる奇稲田の声を、陸はちょっと緊張して聞いていた。
(……なんじゃその顔は? そなたもわらわとこの喜びを分かち合おうぞ)
陸の緊張に気付いた奇稲田。彼女、久しぶりの外出を陸と一緒に楽しみたいらしい。
けれど、陸は口を開こうとはせず。
(……? どうしたのじゃ、黙りこくりおって? ほれほれ。わらわと一緒にもっと楽しまぬか?)
しつこいぐらいに催促してくる奇稲田。けれど陸はどうしても答えようとしない。
陸は今、確かに鏡を持ち歩いている。彼女の声が聞こえていないはずがないのだけど……
(なんじゃそなた……存外つまらんやつじゃな……)
釣れない陸に、奇稲田はちょっとしょんぼりした。
けれど、陸だって何も好き好んでこの小うるさい神様を無視しているわけじゃない。今の彼には、奇稲田と話しをしたくてもできない理由があったのだ。
その理由とは、陸の2、3歩先を歩く人物のことで――
「にしても珍しいじゃん。リクの方から誘ってくるなんてさ」
雨でも降るんじゃない? と、五月の日差しの下、くるりと振り向いたのは他でもない咲久だった。
そう。陸が奇稲田の呼びかけに応えられないのは、この咲久が同行しているからなのだ。
「ん。ま、あれだよ。なんか今日、午前はヒマで……なら、英語のお礼でもしとけば貸し借りなくなるし、とか……そんなこと、思ってさ……」
咲久の笑顔に、つい視線を逸らした陸。
(護衛の対象を己が目の届く所に置いておくはイロハのイじゃ。娘を守りたくば、ちっとは男を見せてみよ)
二人の会話を聞いていた奇稲田がニヤリと言った。昨日は長谷ひまりに恐れをなして、そんな基本的なことさえも放棄してしまった陸なのだ。
けれど今日こそは、陸だって本気だ。
女子をメシに誘うとか、そんな照れくさいことを乗り越えて咲久を誘い出すことに成功しただけでも、彼の本気が窺い知れると言うもの。
「ホントはジュース一本でって思ってたんだけど、なんか今日は目ぇ覚めちゃったから」
「それでごはん? あはは、貸しは作っておくもんだね~」
どこまでも言い訳がましい陸に、それでも咲久は上機嫌だ。
「で、どこにすんのか決めた?」
「うん。はちの家にしよう」
「はちの家……だと?」
にっこり笑顔の咲久に、愕然とした陸。
▽ ▽ ▽
「はちの家」とは、江戸時代から続くウナギの老舗で、川薙きっての名店と評判の店だ。
けど、そんな店なのだから、高校生のお財布事情で行こうとすると、ちょっとため息が出てくるようなお値段設定なわけで……
△ △ △
「いや~、小さい時に一回食べたことあるらしいんだけど全然憶えてなくって。でもせっかくリクが奢ってくれるって言うんだし、だったら……ね?」
「ね? じゃねーわっ!」
しれッとお願いしてくる咲久に、陸は気色ばんだ。
「2回だぞ! 英語たったの2回ではちの家じゃ全然割に合わねえじゃん! 袖はあっても振りたくねえってんだよ」
「だよね~。知ってた」
そんなに出すんなら参考書買って勉強した方がマシだ。憤慨する陸に、咲久がケラケラと笑った。
「じゃ、スタバにしよ? 今なら新作出てるし、それで」
「え? そんなんでいいの?」
思った以上に安くつきそうな回答に、陸は逆に驚いた。
「うん。だってリクに奢られるのってなんか落ち着かないじゃん? それにリクに勉強教えるのも、お姉ちゃんの役目だし?」
「誰がオレの姉ちゃんじゃ」
ツッコミを入れながらも、小学校以来やらなくなったやり取りに懐かしさを覚えた陸。
こうして陸は、またくるりと背中を見せて先を行く咲久を追って、スタバへと向かった。
陸 ……主人公君。高1。へたれ。
咲久 ……ヒロイン。高1。氷室神社の娘。
奇稲田……氷室神社の御祭神の一柱。陸に協力する。
海斗 ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。
ひまり……咲久の先輩。高2。弓道部。
川薙市……S県南中部にある古都。小江戸。江戸情緒が香るけど、実は明治の街並み。




