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第13話 一日目。夜。反省会。

 一日目。夜。




(なんとまあ。結局そなた、一日動いても何の成果も得られなかったのか……)


 (りく)は、やれやれ……と言う奇稲田(くしなだ)の呆れ声にちょっとムッとしながら、机に向かって作業していた。


「や、でもあの長谷(はせ)って先輩が怖いのは分かったじゃないすか」


 それでも成果はあったんだと反論すると陸。




 それにしてもなんだったんだろう、長谷ひまりのあの目は?


 殺意とまでは言わないけど、憎悪と言うか敵愾心(てきがいしん)みたいな感情が剥き出しになったあの視線。

 あれは初めての人に向けていい目じゃない。




「なんかあの人、めっちゃ怖かったす」


 陸は、ひまりの()わりがちな目つきを思い出して身震いした。

 けれど奇稲田、陸のそんな話なんぞには露ほども興味がないようで。


(ほおう、なるほどの……して、それが娘を救うのにどんな役に立つのかえ?)


「え? や、ないすけど……」


 奇稲田の(とげ)のある物言いに、黙った陸。


 どうやら彼女、陸が思っている以上に不機嫌だったらしい。今日一日かけてなんの成果も得られなかったことがよっぽど気に入らないのだろう。


 けど、陸だって別に遊んでいたわけじゃない。


 実は陸、二人と別れたあと、急に咲久(さく)のことが心配になったのだ。

 だから彼はなんやかんやと理由を付けて神社でボランティア奉仕をしながら、彼女の帰りを待っていたのだ。

 けど、そのせいで今日はもうくったくた。こんなのをあと6日も続けていたら、咲久の前に自分がどうにかなりそうだ。




(本当に娘を守りたいと思わば、なぜそなたもユウセンとやらに付いて行かなんだのじゃ? このたわけめが!)


 陸は言い返せなかった。

 奇稲田の言う通り、あれは本来なら咲久に同行すべき案件だった。実際、長谷ひまりさえいなければそうしていたはずで……


「すんません。次はちゃんとやります」


 陸は作業の手を止めると、反省した。


 そうだ。今日はたまたま破滅が訪れなかっただけ。もし訪れていたら今ごろ咲久は……


(……まあよい。過ぎてしまったことを(なじ)っても(せん)無きことじゃし、反省しとるんじゃろ?)


 陸の態度を認めた奇稲田は責めるのをやめた。


 判断ミスはあっても陸だって頑張っている。奇稲田はそんなことも理解できないほど残念な神様ではないらしい。


 彼女、案外話せる神様なのかも。


 陸は奇稲田のことを、ちょっとだけ見直した――の、だけど……


(そんなことよりも、ほれ! 手が止まっておるぞ、手が!)


 陸はウンザリした。


 彼女、自分の鏡が(くも)っているのが我慢ならないらしいのだ。さっきからピッカピカになるまで磨くことを陸に強要している。


「これ、どうしても今やらなくちゃダメすか?」


(当たり前じゃ。畏れ多くも神宝ぞ? それが曇っておったりしたら、わらわの沽券(こけん)に関わるじゃろうに)


「うひい~……」


 せめて研磨剤ぐらい使わせて。そう願わずにはいられない陸だった。


 ◇ ◇ ◇


 それから。




「サク、ホントに家にいる間は大丈夫なんすか?」


(無論じゃ。あそこは我が神域の内。下手な護衛に頼るよりもよっぽど安全じゃぞ?)


 もうそろそろ寝ようとベッドにもぐりこんだ陸が尋ねると、奇稲田が()け合った。 


 咲久の家は神社の敷地内にあるので、神様の加護的なやつがものすごいことになっているのだと、奇稲田は言う。


「だったらあと一週間、サクが家から出られないようにすれば、それでOKてこと?」


(そう言うわけにもいくまい。娘にも生活と言うものがあろうし)


 陸の提案を、奇稲田は否定した。


 そう言えばこの神様、今朝も令嬢がどうとか言っていたし、意外と現代事情に詳しい? 陸は思った。すると――


(ときにそなた、学校では誰ぞに氷室のお守りを渡しておったな?)


 奇稲田がそんなことを尋ねた。


「え? あ、はい。小宮山君すか?」


 友だちのことを思い出した陸。


 結局あの時、小宮山海斗(かいと)はお守りを受け取らなかった。ただ笑われただけで終わったけれど、そのおかげか彼も元気が出たようで。

 だからあの件は、ただそれだけで終わったのはずなのだけど……


(うむ。実はあの者はな。あのまま放っておいたら、生命にかかわる病を(わずら)っておったのじゃよ)


「はあ!? なんそれ? どういう事すか?」


 陸はがばっと布団をはねのけた。


 海斗はあの時、ただの寝不足と言っていたのだ。なのに、それがどうしたらそんな大事になると言うのか。


(これ、落ち着かぬか。あのままにしておいたらそうなった、と言う話じゃ。今はもうその心配はない。そなたのおかげでな)


「はあ……?」


 オレ、何かしたっけ? ――陸の頭上に大量の疑問符が浮かんだ。

 

(あの者、不調の原因は寝不足じゃなどと申していたじゃろ? じゃがな、本当の原因は別のところにあったのじゃよ。そなた……荒魂(あらみたま)……を、知っておるか?)


「アラ、ミタマ……?」


 ▽ ▽ ▽


 ――荒魂あらみたま


 それは神霊の持つ荒々しい一面であり、勇気や活力と言った生命の躍動をもたらしてくれる存在だ。


 これに対するのが和魂にぎみたま。愛情や才能、幸運と言った平和的・先天的な概念を司っている。


 世の(ことわり)は、すべてこの二つが調和することによって健やかに保たれるのだけれど、一度そのバランスが崩れると、世は乱れ、厄災に見舞われる。


 △ △ △


「――じゃあ小宮山君、そのアラミタマが良くなくて調子が悪かったてことすか?」


(まあ、そう言うことじゃな)


 陸の問いに、奇稲田は頷いた。


 奇稲田は言う。あの時の海斗は荒魂の働きが弱まって調和が崩れかかっていたのだ、と。そして、その調和をギリギリのところで持ち直させたのが――


(陸よ。そなたの渡したお守り、と言うわけじゃな)


「でも小宮山君、お守り受け取らなかったすけど?」


 陸は(いぶか)しんだ。

 そうだ。あの時は結局海斗は笑うだけ笑うと、結局お守りは受け取らずに返してきたのだ。


(それでも一度は触れておろう? 由緒正しき氷室(ひむろ)の守りじゃぞ? そこにそなたの真心までもが合わされば、短時間でも一粒万倍(いちりゅうまんばい)と言うもの)


「はあ……」


 満足そうな奇稲田に、陸はモヤモヤするばかり。


 海斗を救った実感が湧かない。せめてあの時、もっと派手な演出――RPGで聞くみたいなファンファーレ的なやつでもあってくれれば、納得もできるのだけど……


「全然実感ないす」


(じゃろうな。じゃがそれでよい。そなた、調子に乗るとろくなことせん気がするし)


 持ち上げてんのか落としてんのか? とにかく思ったことをただ口に出してるっぽい奇稲田に、陸は眉をひそめた。




 ともあれ、咲久を破滅から救うための最初の一日は、こうして終わった。


(りく)  ……主人公君。高1。へたれ。

咲久(さく) ……ヒロイン。高1。氷室神社の娘。

奇稲田(くしなだ)……氷室神社の御祭神の一柱。陸に協力する。

海斗(かいと) ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。

ひまり……咲久の先輩。高2。弓道部。


川薙市(わかなぎし)……S県南中部にある古都。小江戸。江戸情緒が香るけど、実は明治の街並み。


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