第26.2話 火曜日の夕暮れ前。仙庭(?)【天気】雨(?)
「アシハラノ……えと、なんて?」
手摩乳の口から飛び出した、聞いたことあるようなないような微妙なラインの単語に、陸は聞き返した。
「豊葦原中国です。その中でも今いるこの地は吾等国津神が人の子と袂を分かった後に辿り着いた安住の地で……ああそうそう。葦原中国と言うのは日ノ本の旧称なのですよ? それが――」
▽ ▽ ▽
豊葦原中国。
日本神話に登場する地上世界の名称で、天上界・高天原と地下世界・根之堅洲国の中間にある地のことだ。
日本国とまったく同一の地とされているけれど、どうやら今いるこの場所は、陸のような普通の人には本来辿り着けるはずのない特別な場所のようで。
△ △ △
「さあさあ。これなら誰に咎められることもありません。早くおひいちゃんを助けに行きましょう」
頂上までの登りがてら、簡潔に説明してくれた手摩乳は、東照宮本殿を囲う瑞垣の門前まで来ると、そこで立ち止まった。
「ではここから先はあなたの仕事です。お願いできますね?」
「え? テナヅチ様は来ないんすか?」
無念そうに言う手摩乳に、陸は尋ねた。
「ええ。残念ながらここから先は、吾は招かれざる者となってしまうのです。でもでも、ここから応援することならも出来ますから」
「や。応援て……」
ぺちぺちと拍子外れな手拍子をして見せる手摩乳に、思わず失笑しかけた陸。
こうして一緒にいると分かるけど、このヒトはたしかに奇稲田のお母さんだ。
この親にして~とか、蛙の子は~とか、言い方は昔から色々あるけど、ここまで母子そろって似たような雰囲気が出せるのも珍しい。
「じゃあオレ行きますけど、ここよじ登ればいいんすね?」
陸は差していた傘を閉じると門に手をかけて尋ねた。
この門、幸い(?)なことに板張りではなく鉄柵だ。登ろうと思えば登れないこともない。
「ええ。ですが、中に入ったら速やかにおひいちゃんを助け出してくださいね? ここは吾等国津神とはまた違う流れを汲む御社。あまり騒がしくすると、祟られかねませんから」
「……んなこと言われても、まだクシナダ様がどこにいるかも分かんないすけど」
陸は物騒なことを言い出す手摩乳に、ちょっと嫌な顔を見せると門を登り始めた。
一歩登るごとにガチャガチャと音を立てて揺れる門。
その都度陸は、(どうか祟られませんよう)と祈りながら次の一歩を踏み出す。
「――っと。じゃあこれから探しに行きますけど、クシナダ様が大体どの辺にいるのかって――」
無事敷地内に降り立った陸は、手摩乳に尋ねた。
けれど次の瞬間、彼は動きを止め――。
◇ ◇ ◇
「し、しいな!?」
陸は自分の目を疑った。
それは陸の真正面にある本殿のこと。
なんと気を失ったしいなが、注連縄で縛られ軒下にぶら下げられている。
「あ、あれはもしや蛇ですか!? なんてこと!」
手摩乳の悲鳴に、陸は息を呑んだ。
しいなを縛り吊るしている注連縄を伝って、沢山の蛇が彼女に這い寄ろうとしていたのだ。
そしてしいなの真下にも多くの蛇が群がっていて、そちらもしいなに飛びかかっては失敗するということを繰り返している。
「な、なんなんすかあれ! あんなの、さっきまで全然いなかったすよね!?」
「吾にも分かりません! ですが大いなる力を持つ者は時として真の姿を隠すことがありますし……はっ――!?」
手摩乳は息を呑んだ。なにか思い当たることがあったらしい。
しかし、
「い、いいえ! 今はとにかくおひいちゃんを!」
「んなこと言ったって!」
奇稲田の救助を優先する手摩乳に、陸は歯噛みした。
助けたいのは山々だけど、今陸の手元にある使えそうな物と言えば、傘一本だけ。
一匹二匹ならこの傘でもどうにかなりそうだけど、あの数の蛇だ。さすがにこれだけじゃ無理ゲー過ぎる。
しかし、こうしている間にもしいなの危機は増大していた。
上からは、注連縄を伝って確実にしいなを襲おうとする狡猾な蛇の群れ。
下からは、跳躍から一気にしいなに咬みつこうとする凶暴な蛇の群れ。
今のところどちらの襲撃もことごく失敗に終わっているけれど、彼我の距離が少しずつ知事待っているのだ。
「あなたには吾等が授けた加護がありましょう! それを!」
「そ、そうか!」
気付かされた陸はお守りを取り出した。
そうだ。
自分には由緒正しき氷室神社の身上守がある。
あれを使えば蛇なんて! ……たぶん……きっと……ええ~と、その……
「や! あの。これどうやって使えば?」
「ああもう! あなたはなんでも一々人に聞かなきゃ動けないんですか!?」
どうしても有効な使い方が思いつかない陸に、手摩乳がとうとうキレた。
「傘に括りつけて使うとか、色々あるでしょう! ホントそういうところですよあなた!」
「あっはい。すんません」
叱られた陸はしょんぼりした。
確かに、ちょっといい案が思い付かないとすぐ人に頼ってしまうのは陸の悪い癖で――
「――て、やってる場合じゃなーい!」
時と場所を弁えた陸は、すぐにお守りを傘の柄に括りつけた。
こんなことだけで本当に傘がパワーアップするのか、ちょっと信用できないところもある。けれど、神様がそうしろと言っているんだから、きっと――、
「お? おおおっ!?」
お守りを付けた傘がにわかに光り始め、陸は思わず驚きの声を上げた。
陸 ……主人公君。高1。へたれ。
咲久 ……川薙氷室神社宮司家の娘。ヒロインさん。高1。割といいかげん。
海斗 ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。
ひまり ……咲久の先輩。高2。クール系女子。
雨綺 ……咲久の弟。小6。ハスキー犬系男子。
朱音 ……元迷惑系動画制作者。高1。根はいい子。
埼先生 ……朱音の担任。家庭科教諭。うっかりメガネ。
木花知流姫……桜の神様。ギャルっぽい。
奇稲田姫 ……川薙氷室神社の御祭神。訳あって縮んだ。
手摩乳 ……川薙氷室神社の御祭神。奇稲田の母。
しいな ……小さくなってしまった奇稲田姫の仮の名。
雄狐 ……川薙熊野神社から出て来たおキツネさん。
川薙 ……S県南中部にある古都。
茅山 ……川薙の南にある工業都市。




