第9話 咲久、目を覚ます
「光るんなら光るって言っといてよ。こっちだって準備ってもんがあるんだから」
奇稲田が消え去った杜の中で、ゆっくりと目を開いた陸は誰に言うとでもなく愚痴った。
彼女が去り際に放ったの光のせいで目がチカチカしてしょうがない。この短時間で2回もあんなものを食らわされたとなれば、腹だって立ってくる。
けど、それでなにが解決するわけでもなし。陸は周囲の様子を確認した。すると、そこには巫女姿の咲久が佇んでいて……
「あ」
陸は動揺した。
忘れてた。奇稲田=咲久だったんだ。
もしかして今の聞かれてた? いや、そんなことよりも今ここにいる咲久は、本当に本物の咲久なのか? 注意深く見極めようとする陸。すると……
「ん? え~と……あ、ごめん。準備ってなんの?」
それはいつもの咲久だった。そこにいるのは、確かに陸の知っている咲久その人だ。
「ん? 準備って何が?」
問われた陸は返した。自分でもビックリするぐらいに自然にできたと思う。
この様子じゃ奇稲田の言っていた通り、憑依が解けたのだろう。愚痴をちょっと聞かれていたようだけど、そこはそんなに大した問題じゃない。
「んなことよりもうウチに帰った方がいんじゃね? ここ、だいぶ暗いしさ」
「なに言ってんのリク? ここだってウチじゃん?」
「そうだけどいいから帰りなさいって! お父さん心配するよ?」
「え? ちょ、なになに――?」
陸は、ほらほらと咲久を追い立てた。なんだか近所のお節介おばちゃんみたいな言い方になっちゃったけど、とりあえずはこれでいい。
奇稲田に憑依されている間の咲久の記憶はどうなっているのか? どう言い訳すればいいのかちょっと不安だったけど、どうやらあの様子じゃ、特になにかをしなくても大丈夫らしい。
「……都合よくできてんのな。別にいいけど」
咲久の背中を見送った陸は呟いた。そして、今度こそ周りに誰もいないのを確認すると、手の中にある物を確認する。
「ふーん、神宝ねえ」
陸は、奇稲田から授かったそれを天にかざして見た。
「ゴミ……なわけねえし」
一見すると薄汚れた金属製のピザの切れっ端って感じだ。でも神様から直々に授かった物が、まさかそんな物であるはずもなく。
「や……これ、鏡、か?」
気付いた陸は、色んな角度から見てみた。
間違いない。これ、鏡の破片だ。
すると――
(ほほ……正解じゃ。○をやろうぞ)
「うわっ!?」
突然聞こえてきた奇稲田の声に、神宝を放り出してしまった陸。
「ああやべっ!」
無情にも暗がりの方へと飛んで行った鏡を、急いで探す。
日没時間を過ぎたと言っても、今ならまだギリ探し物ができる程度には明るい。完全にゴミにしか見えなかったけど、それでも神様から貰った神宝だ。
粗末にしたらバチだって当たる……かも知れないし。
◇ ◇ ◇
幸いなことに、鏡はすぐに見つかった。
「や~あっぶね。やっぱ掃除ってしとくもんだわ」
陸は冷や汗掻きつつも、枯葉一つ残さない自身の奉仕ぶりに満足した。
けれど、そうやって彼が一人安堵していると、またしてもどこからともなく奇稲田の声がしてきて……
(これっ! それは神宝じゃと申したに、軽々しく扱うとはなにご――)
「うわっ!」
さっきと同じような驚き方で、陸はまた鏡を放り出した。そしてまた同じ要領ですぐに鏡を見つけ出すと、
「あービックリした」
(……そなた……もしかしてわざとやっておらぬか?)
奇稲田のジトっとした声に、陸は満足だった。
陸 ……主人公君。高1。へたれ。
咲久 ……ヒロイン。高1。氷室神社の娘。
川薙市……S県南中部にある古都。小江戸。江戸情緒が香るけど、実は明治の街並み。




