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第17.1話 二日目。午後。氷室神社(前編)



 二日目。午後。氷室神社(ひむろじんじゃ)




「なんで……」


 神社の授与所(じゅよしょ)にいた(りく)は、誰に言うとわけもなくボヤいていた。


「なんでオレ、こんなことしてんだ?」


「文句言わないでよ。わたしだってむすひキャンセルして手伝ってるんだから」


 そしてそんな陸にすぐさま不満を示したのは、巫女衣装に身を包んだ咲久(さく)


「はい。六十五番、上がり!」


 陸は仕上げに氷室の神印をドンッと押した。そして仕上がったばかりの御朱印帳(ごしゅいんちょう)を咲久に手渡す。


「番号札六十五番の方ー!」


 そんな咲久の声を聞きながら、陸はまた次の御朱印帳へと取り掛かる。




 大型連休後半戦、第一日目。一年の中でも特に観光客でにぎわうこの日、陸は人生最大の繁忙期(はんぼうき)を迎えていた。

 あまりの参拝客の多さに困った氷室神社が、過去に書道展で賞を取った経歴を持つ陸に、御朱印の記帳係なんていう重要作業を回したからだ。


 ◇ ◇ ◇


「わっ! ヘビ!」

「キャーっ!」




 境内からそんな金切り声が聞こえてきた陸は、咲久と目を合わせた。


「サク。今の」


「うん。ねえリク。ちょっと見てきてよ」


「ええ……」


 陸は渋った。


 別にヘビが嫌なわけじゃない。そこに行くまでの人込みが嫌なのだ。これだけ人が多いと、声をかけながら進まなきゃいけないわけで、陸にとってそれは結構(つら)い作業なのだ。


「そ。じゃわたし行ってくるから、あとよろしく」


「え? あ、ちょ――え?」


 陸が迷っていると、先に動いたのは咲久だった。

 これが責任感の差なのか? 嫌がりもせずに出て行く彼女に、カッコ悪い自分を思い知った陸。


 けれど――


「あれ?」


 陸は違和感を覚えた。


 それまで、授与所にいたのは5人。3人が客対応で、2人が御朱印係。

 でも、そのうちの1人、客対応の咲久が出て行ってしまうと、このクソ忙しい中ギリギリで回っていた授与所のバランスが崩れてしまうわけで……


「あれ? もしかして、オレが客対応も?」


 そこに気付いた陸。血の気が引いてゆく。


 けど、他にいないのだ。

 もう一人の御朱印係は相当なベテランで、耳が遠い代わりに達筆で、その上記帳も早い。とくれば、誰が客対応に回るべきかなんて明々白々。


「サクー! やっぱオレ行くから――」


 陸は手を挙げた。これならヘビの方がマシ。今からでも代わってもらって――


「こんちはー。厄除札(やくよけふだ)、お願いしたいんですけどー」


「え? ええっ!?」


 早速来てしまった一人の男性客に、陸は絶望した。


 ◇ ◇ ◇


「は、はい。御朱印ですね。いま大変込み合っておりまして、少々お時間を頂くことになりますが……」


 陸は降って湧いた対人業務に、大混乱に(おちい)っていた。


「いえ。欲しいのはお札です」


「えっ? あっはい。おふ、お札ですね。家内安全など、種類ありますけど、どれに――」


「いえ。だから厄除のお札で……大丈夫ですか?」


「あっはいダイジョーブです。――で、でしたら、お値だ……いや、初穂料(はつほりょう)千円に……」


 客に心配されるぐらいにアップアップの陸。


 陸は、咲久を求めて外を(のぞ)いた。けど、そこに見えたのは、なぜか外国人観光客に捕まってしまったらしい咲久の姿で……




 ――ここ氷室神社は、観光地川薙(かわなぎ)鎮座(ちんざ)しているだけあって、外国人にも相当な人気があった。

 どうやら彼らは、母国ではまず見ることのできない巫女さんとの写真をSNSにアップしたいようで、神社一の映えスポット、絵馬小路(えまのこみち)の下に咲久を誘っているようなのだけど……




「うそだろ……」


 咲久は帰って来ない。陸は絶望した。すると……


「……もしかして、陸君?」


「え?」


 急に名前を呼んできた客に、顔を見た陸。すると、そこにいたのは見知ったメガネで、


「小宮山君?」


「やっぱ陸君だ。よっす」


 参拝客こと小宮山海斗(かいと)は、もう見慣れたあいさつをした。


 ◇ ◇ ◇


「陸君なにしてんのこんなトコで?」


「なにって、オレここで奉仕……あーつまりバイト? してんだけど」


 陸は答えた。


「ふーん……でもあれ? うちの高校ってバイト禁――」


「しっ!」


 急いで人差し指を立てる陸。それ以上はいけない。


 厳密には、川南(かわなん)の生徒は、バイトするのに学校の許可が必要なのだ。

 けど、その許可が下りるには金銭的な事情とか家庭の都合とか、やむを得ないかつ合理的な理由が必要。

 ただここで働きたいだけの陸に、その許可が下りることはまず期待できないわけで。


「御代官様。その件はどうかこれで」


「ふふふ、越後屋。そちも悪よのう」


 厄除札を差し出す陸に、受け取る海斗。

 こんな光景、誰も見たことないはずなのに、誰でも知ってるのはどうして?


「ま、それはともかくさ。そっちこそ何でこんなトコいんの? 神社だよここ?」


 小芝居をやめた陸は、海斗に尋ねた。


「なんでって、神社に用ったらそりゃお参りしかないでしょ」


「でも昨日、神様信じてないって」


「いやまあ、ぼくは信じてないんだけどね。ばあちゃんがね。行けって言うからね」


 急に言い訳がましくなる海斗。


 でも彼、そういう割にさっきから所作(しょさ)が妙に(こなれ)ているような気がするんだけど。


「ところでさ。あの人、誰?」


 陸が怪しんでいると、海斗が絵馬小路の方を見て言った。


「ん? 誰よ?」


「ほらあの。なんかあそこ、人だかりがある」


 海斗は指差した。

 そこには、観光客の間で次から次へとたらい回しにされているらしい巫女さんがいて……


「ああサクね。うん。幼馴染(おさななじみ)ってやつ?」


「へー。そんなのいるんだ……あ! てことは、もしかしてあの人! 陸君のぉ?」


「は? ――いやいや! そう言うんじゃないから」


 急にいやらしい口調になった海斗に、陸は目一杯否定した。


 そんなわけがないのだ。いや。勿論そうなって欲しい気持ちはあるのだけど、だから、そうじゃなくて!


「あ、そうなの? だったらぼく、(こく)ってもいい?」


「ええっ!? ……んん~? マアイイケド、デモオススメハシナイカナ~」


 一瞬心臓が止まるかと思った陸は、それでも強がった。

 本当に告られたら一番困るのは自分だと言うのに、こういう時の見栄の張り方だけは一流気取り。


「あ、うん。そっか……」


 けれど、そのあまりの不自然さに、海斗はからかうのを止めた。


 ◇ ◇ ◇


「あーそれじゃ、厄除札の初穂料は千円ですね。お納め願います」


 ともあれ、さっきまでガチガチに緊張していたはずの陸は、海斗からピッタリ千円を受け取ると、正式にお札を授与した。


 あれだけ嫌だった客対応。なのに終わってみれば簡単なこと。そのあまりの簡単さに、陸は驚きと達成感を覚えずにはいられない。


「――じゃ、バイト頑張ってね」


「奉仕ね、奉仕」


 調子が上がってきた陸は、去ってゆく海斗を笑顔で見送った。


 こんな簡単なこと、どうして今まで敬遠していたんだろう。むしろ、面白いじゃないか。

 そう思いながら、「お待ちの方~!」と、次の客を呼ぶ陸。


 それは多忙を極める氷室神社にあって、陸が確かな戦力になった瞬間だった。


 そして――




 二日目。午後。ここは川薙氷室神社。


 事件は起こった――


(りく)  ……主人公君。高1。へたれ。

咲久(さく) ……ヒロイン。高1。氷室神社の娘。

奇稲田(くしなだ)……氷室神社の御祭神の一柱。陸に協力する。

海斗(かいと) ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。

ひまり……咲久の先輩。高2。弓道部。


川薙市(わかなぎし)……S県南中部にある古都。小江戸。江戸情緒が香るけど、実は明治の街並み。


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