第19話 月曜日の放課後。九家稲荷神社(?)【天気】???
キ、キツネ? ……てことはここって!?
いつの間にかそこにいた雄狐に、陸は狼狽えた。
まさかまたキツネの世界に? ――と、辺りを見回してみると、神社の外には霧が立ち込め、街の喧騒も全く聞こえてこなくなっている。
消えたひまりと深い霧。そして聞こえぬ喧騒。これはもう完全にキツネの世界だ。
陸は湧き上がる嫌悪感を抑えながら雄狐を見た。
このキツネがひまりをどこにやったのか知らないけれど、出て来る毎に人質を取ってくるなんて一々やることが汚い。
こんなことならひまりにキツネのことは話したりせず、自分一人でやるべきだった。
「なんト! あなた、以前にもお連れさンを質に取られたコとがあるンデ!? ああ、ひどいコとをするヒトがあったもンですねエ」
陸の考えを見抜いたらしい雄狐が、一際大げさに嘆いた。
このキツネ、それをやったのが自分だと言う事実からは目を背けて、このすっとぼけよう。
やっぱりこいつは信用できない。
「ふうむ……? いエ。あたしらはお連れのお嬢さンには何もしてませンヨ? そも、メガネの彼だって、あの時目を伏せてさえいれば、あンなコとにはならなかったわけですシ」
雄狐は真顔で弁解した。
なるほど。海斗の件はたしかにその通りかもしれない。
けど、なら今ひまりの姿が見えないのは一体どういうわけなのか?
「だから今申し上げたでしょウ? あたしらはな~ンにもしてませンテ」
またしてもココンと笑う雄狐。
本当にこのキツネはなんなんだろう?
何を聞いても煙に巻かれると言うか、こいつの言うことのどこまでが本当なのかさっぱり見当がつかない。
「いえまあ、キツネってそういうものですシ。では次の場所なンですが――」
は? ――ココンと笑って、さらっと追加の依頼を持ち出した雄狐に、陸は待ったをかけた。
「はイ? どうしましタ?」
どうしましたじゃない。どうして「次の場所」なんてものが出て来る?
通れるようにしたい道が他にもあるなんて聞いてない。
「そう言われましても、あたしらの道は一つだけだなんてことも言っていませんシ」
と、しれっと言ってのける雄狐。
雄狐の言うことはもっともだった。
雄狐から条件を持ち出された時、「塞がれた道を通れるようにして欲しい」とは言っていたけれど、それが一箇所だけだとは一言も言っていない。
けど、ただでさえ不公平な取引だったのに、さらにこんな詐欺まがいの仕打ちまでされては、さすがの陸だって抵抗したくもなるわけで。
「うう~ン、ではコう言う条件ではいかがでス? もしコのお願いを聞いていただけるのでしたら、有用な情報を一つ、差し上げてもよろしいのですが? ああ勿論、コれは前払いです」
この期に及んで胡乱なことを言い出す雄狐に、陸は胡乱な目を向けた。
有用な情報って何だよ?
どうせこのキツネのこと。なら仕方ないってことで次の道を開通させてみたら、「明日の天気は雨です」とか、そんなしょうもないことを言い出すに決まっている。
いくら前払いだろうがそんなの嫌に決まって――
「とんでもなイ!」
陸の冷めた視線に、雄狐が気色ばんだ。
「あたしが有用だと言ったら、それは確実に有用なのでス! そも、あたしだってこの川薙に住まう者。氷室の社に祀られた神を崇敬する心はちゃあんとあるンですヨ?」
――奇稲田のことはこのキツネには何も言っていないはずなのに!?
驚く陸を前に、訳知り顔の雄狐がココンと嗤った。
彼の耳の鈴飾りがシャンと鳴った。
陸 ……主人公君。高1。へたれ。
咲久 ……川薙氷室神社宮司家の娘。ヒロインさん。高1。割といいかげん。
海斗 ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。
ひまり ……咲久の先輩。高2。クール系女子。
雨綺 ……咲久の弟。小6。ハスキー犬系男子。
朱音 ……元迷惑系動画制作者。高1。根はいい子。
埼先生 ……朱音の担任。家庭科教諭。うっかりメガネ。
木花知流姫……桜の神様。ギャルっぽい。
奇稲田姫 ……川薙氷室神社の御祭神。訳あって縮んだ。
しいな ……小さくなってしまった奇稲田姫の仮の名。
雄狐 ……川薙熊野神社から出て来たおキツネさん。
川薙 ……S県南中部にある古都。
茅山 ……川薙の南にある工業都市。
【更新履歴】
2025.8.29 キツネからの有用な情報を前払いでもらえるよう変更&微修正




