第18.2話 月曜日の放課後。九家稲荷神社【天気】曇り
「最近のお札ってシールになってるのね」
放課後の九家稲荷神社。
たった今剥がしたばかりの千社札を見て、そんな感想を漏らしたのはひまりだった。
「あーそうなんすか? でも氷室神社のお札は全部普通にただの和紙っすけど」
「あらそうなの? でもこれは少なくとも和紙ではなさそうよ」
と、ひまり。彼女は剥がしたお札を折りたたむと、もう一枚も剥がしにかかる。
結局、ひまりは陸に肩車されることを受け入れていた。
とは言え、勿論そこは年頃の男子と女子のこと。
今この状況に至るまでの葛藤はそれなりにあったわけで。
「ねえ。まだもう一枚あるけど、一度降りた方がいいかしら?」
「や。まだ全然いけるっす」
けれど、そういった葛藤もいざ肩車が成立するまでのことだった。
肩車の上になったひまりは、その慣れない高さと、下になった陸への気遣いで恥ずかしいどころの騒ぎじゃなかったし、陸の方も、不埒な邪念のせいで彼女に怪我させるなんてことになったら大変だとばかりに、土台を安定させることに心を砕いていた。
「……うん。やっぱりこっちのもシールみたいね。――はい。終わったわよ。降ろしてくれる?」
「っす」
ひまりの指図を受けた陸は、ゆっくりと腰を下ろしにかかった。
降ろす時は上げる時以上に慎重さが必要だった。
もしここで肩車が崩れたりしたらひまりは、陸の身長 + 縁回りの高さから転落してしまうことになる。
そういう惨事だけは絶対に避けなくては。
「……あれ?」
注意深く腰を降ろしていた陸は、動きを止めた。
目の前にある拝殿の扉が、まるで内側から誰かに押されているみたいにガタガタと揺れているのだ。
「どうしたの?」
「あっはい。ちょっと……」
陸はひまりに扉のことを伝えようとして、けれど止めた。
扉はもううんともすんとも言っていない。
あれ? もしかして、気のせいだった?
もし本当に扉がガタガタ揺れていたのなら、ひまりだって気付くはず。
けど彼女はそんなこと一言も言わなかったし、ならやっぱり気のせいなんだろうか。
でも……
どうしても気になった陸は、試しに扉の掛け金を外した。
錠はさっき外してあるので、あとは掛け金を外しさえすればこの扉は開くはず。
すると――。
ドカッ――!!
「わっ!?」
「きゃっ!?」
突然開かれた扉の勢いに押され、陸は体勢を崩した。
◇ ◇ ◇
雲が動いていた。
眼前いっぱいに広がる雲り空。
その中にも、厚い雲と薄い雲、良く動く雲とそうでない雲があって、こうして見ていると雲にもそれぞれ性格があるんだなあと気付かされる。
突然開いた扉に押された陸は、地面に転がって空を見ていた。
ひまりはどうなった? 怪我とかしていなければいいのだけど。
掛け金を外すのは彼女を降ろしてからでも良かったなのに、そうしなかった。
なんで? 自分でもあの時そうした理由が分からない。
陸は、体を起こそうとした。
けれど動かない。
痛くはないけれど、落ちた時に腰を痛めたんだろうか?
九家稲荷の拝殿の縁回りの高さはおよそ1メートル。
この高さから落ちて腰を打ちつけたのであれば、何かしらのダメージがあっても不思議はない。
「っくうっ……だらあっ……!」
陸は気合を入れると、一気に体を起こした。
痛みはなかった。けれど、今一つ力が入っている気もしない。
何だろう、このふわふわした感覚は……?
「あれ? ひまちゃ……センパイ?」
体を起こした陸は、いるはずのひまりがいないことに気がついた。
ぐるりと辺りを見回してみても、彼女の姿は見られない。
すると、
「お連れの女の子ですカ? 彼女ならココには来てませんヨ」
突然背後から声をかけられた陸は、ギョッとして振り返った。
たった今周りを見回した時は誰もいなかった。なのに一体誰が――?
「いやあ。あなた人間にしてはなかなか律儀なお人ダ。これは結構なアタリを引いたかもしれませんねエ」
驚く陸の姿に、雄狐はココンと喜んだ。
陸 ……主人公君。高1。へたれ。
咲久 ……川薙氷室神社宮司家の娘。ヒロインさん。高1。割といいかげん。
海斗 ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。
ひまり ……咲久の先輩。高2。クール系女子。
雨綺 ……咲久の弟。小6。ハスキー犬系男子。
朱音 ……元迷惑系動画制作者。高1。根はいい子。
埼先生 ……朱音の担任。家庭科教諭。うっかりメガネ。
木花知流姫……桜の神様。ギャルっぽい。
奇稲田姫 ……川薙氷室神社の御祭神。訳あって縮んだ。
しいな ……小さくなってしまった奇稲田姫の仮の名。
雄狐 ……川薙熊野神社から出て来たおキツネさん。
川薙 ……S県南中部にある古都。
茅山 ……川薙の南にある工業都市。




