第18.1話 月曜日の放課後。九家稲荷神社【天気】曇り
――何者かに悪戯された「キツネの道」を復旧して戻して欲しい。
それが雄狐の出した依頼だった。
そしてその依頼を果たすため、九家稲荷にやって来た陸。彼は同行したひまりと共に神社の様子を確認して回ったのだけれど……
「ん……特におかしなところは見当たらないみたいね」
「っすねえ」
神社をぐるり一周し終わった陸は困惑した。
キツネの言うことには、この神社に何かしらの悪戯がされているはず。
なのに、拝殿本殿はもちろんのこと、手水舎に鳥居、果ては碑石まで調べてみても、あのキツネが困りそうな異常が見つからないのだ。
「ねえ。念のために確認するけれど、社殿に錠がかかってるのは別にいいのよね?」
「あっはい。ここは基本的に無人なんで」
「う~ん……なら、その狐さんの言った『悪戯』って、どんなものなのか分かったらよかったのだけど……」
「あー……そすね」
ひまりの言葉に、陸はしょぼんとした。
具体的に何をすればいいのか知りもしないで、一体自分は何をしに来たんだろう?
雄狐にこの作業を依頼された時、もっとちゃんと興味を持っておけばこんな苦労しなくて済んだのに。
「……やっぱりそれらしいものは見つからないわ。――ねえ。もうこの際だから掃除、してみましょうか? せっかく掃除道具もあるんだし、目線が変われば見つかるかもしれないわよ?」
「あっはい。そっすね」
ひまりの提案に陸は、一も二もなく同意した。
◇ ◇ ◇
「ねえ。ちょっと」
陸がひまりに呼ばれたのは、彼女が拝殿の扉に溜まったほこりを落としている時だった。
「あっはい! なんすか?」
と、参道を箒で掃いていたのを止め、ひまりの元へ向かう陸。
「ちょっと気になったんだけど、あの上の方に沢山に貼ってあるお札、何かしら?」
「上の……? ああ、千社札すか」
と、ひまりの疑問になんでもないことのように答える陸。
▽ ▽ ▽
千社札。
それは江戸時代に流行したお札で、神社仏閣などに参拝した際に、その証として社殿に貼り付けるお札のことだ。
しかし、現在では社殿等が痛む等の理由から、貼ることを禁止する寺社がほとんどなので注意。
△ △ △
「江戸時代……そう。あれって、そんなに古い物なのね」
「まあ川薙も古い街ですし。――あ、千社札って古くなると、白地がなくなって墨の部分だけが残ったりもするらしいす。確か、『抜ける』とか言ったっけな?」
自身の説明にきちんと関心を示してくれるひまりに、陸は内心得意気だった。
あのひまりに何かをレクチャーする日が来るなんて想像もしていなかったのだ。
「ねえ。今はもう新しく貼れないってことは、あそこの扉を封印する形で貼られたあのお札。あれは誰かが勝手に貼った物ってことになるわよね?」
「封印?」
陸はひまりの指に釣られて上を向いた。
◇ ◇ ◇
「あ!」
陸は、ひまりの指差す方を見ると驚き、そしてすぐに憤った。
それは拝殿の扉の上目一杯の箇所。そこが千社札で封印されていたのだ。
「ああったく! なんだあれ!? あんなんしたら、拝殿開けらんなくなるじゃん!」
「わざわざ2枚も使ってバッテン作ってるわね。悪意を感じるわ」
思いがけない悪戯に昂る気持ちが表に出る陸と、そんな陸よりはもう少し冷静なひまり。
陸は拝殿の縁回りに上がると、千社札に手を伸ばした。
けれど――
「くくっ! ……届かね――なら!」
高すぎる位置に貼られているお札に、次の手を打つ陸。
陸はここに来る時、雨綺からこの神社の鍵を預かっている。
それを使って扉を開ければ、あの千社札も破れること間違いなしだ。が――
「うっそ? 開かねえじゃん!?」
千社札は思った以上に丈夫だった。
あのバッテン貼りがお札の強度を高めているのか、いくら扉を引っ張ってみてもガタガタいうばかり。
「やっぱり剥がすしかないみたいね」
「でも手が届かないす」
「……」
「……」
二人は黙考した。
箒の先端を扉の隙間に差し込んでエイっ! とかやれば、さすがに破れそうな感じはする。けど、汚れた箒の先端を拝殿に突っ込むなんていくら何でもバチ当たり過ぎるし。
脚立とか踏み台的な物があれば話は簡単なのだけど、そんな都合の良い物があるはずもなく。
そう。踏み台さえあればいいわけで。
「あの……ひまセンパイ。これ、すごく言いにくいんすけど――」
陸はおずおずと手を挙げると、案を披露した。
踏み台がなければ作ってしまえばいいのだ。
早い話が肩車。
勿論、これは陸にとって非常に不本意な案だ。
だって自分が下になるのはまあ当然として、少しでも粗相があれば、あとでひまりの平手が飛んでくること間違いなしなのだから。
けれど、これはひまりにとっても不本意な案だった。
なにしろ今の彼女は制服――つまりスカートを履いているのだ。そんな服装で肩車されるのはさすがに嫌なようで、
「ねえ。一応私からも提案するけれど……氷室神社に戻って踏み台を持ってくるのは――」
「や。あの……それだと時間的に小宮山君が来ちゃう可能性があるんで……」
そうなのだ。
この案件は、海斗に知られてはいけない言わばシークレットミッション。
なるべく速やかに済ませなければいけないのだ。
だから今からまた氷室神社戻るなんて悠長なことは言っていられない。
しばしの沈黙が続いた。
陸以上にひまりが悩んでいる。
神社の南側の通りから自動車の行き交う音がよく聞こえてくる。
「……分かったわ……吉乃を追い払ったのは失敗だったわ」
ひまりの口から覚悟と悔悟の念がいっぺんに漏れた。
陸 ……主人公君。高1。へたれ。
咲久 ……川薙氷室神社宮司家の娘。ヒロインさん。高1。割といいかげん。
海斗 ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。
ひまり ……咲久の先輩。高2。クール系女子。
雨綺 ……咲久の弟。小6。ハスキー犬系男子。
朱音 ……元迷惑系動画制作者。高1。根はいい子。
埼先生 ……朱音の担任。家庭科教諭。うっかりメガネ。
木花知流姫……桜の神様。ギャルっぽい。
奇稲田姫 ……川薙氷室神社の御祭神。訳あって縮んだ。
しいな ……小さくなってしまった奇稲田姫の仮の名。
雄狐 ……川薙熊野神社から出て来たおキツネさん。
川薙 ……S県南中部にある古都。
茅山 ……川薙の南にある工業都市。




