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〇〇〇の神の申す事には  作者: 日曜定休のsai山
【第2幕】日曜日
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第12.2話 日曜日の夕方。???。【天気】霧、天気雨

「どうしましタ?」


雄狐(おぎつね)は陸たちの前まで来ると、そう尋ねた。


しかし(りく)は下を向いたまま。


もう自分たちの存在はバレている。今さら見ないふりを続けたところで意味なんてない。

けど、まるで金縛(かなしば)りにでもあったかのように全身が冷えて動かないのだ。


耳の後ろから伝って来た汗が、(あご)のラインを通ってしたたり落ちる。


「……ううン? ああ、なるほド」


 しかし、そんな陸に雄狐は気付くことがあったらしい。

 雄狐が合図を出すと、それまでこちらを向いたきりピクリともしなかった行列が、何事もなかったかのように行進を再開する。


「さ。これでもう安心ダ。顔、上げられるでしょウ?」


 雄狐が陸の背中を指でトンとやった。

 するとガッチガチに凍った豆腐(とうふ)みたいだった陸の体に本来の重みを感じられるようになって、温かみも戻ってくる。


 陸は、「カッハァ!」と一つ息を吐き出すとゼイゼイと息を整え、そして恐る恐る顔を上げた。


 やっぱりキツネだ。――陸はチラリと相手の顔を見ると、またすぐに視線を下げる。


 人間の頭髪を生やした白狐(びゃっこ)

 この雄狐、一見すると大正時代の書生(しょせい)さんがキツネのお面を被っているような、そんな風体(ふいてい)だ。

 スタンドカラーのシャツに羽織袴(はおりはかま)。と、典型的書生スタイルで、ここの通りの雰囲気(ふんいき)にぴったりとマッチしている。

 彼の両の耳には、朱の組紐(くみひも)と鈴を組み合わせた耳飾りが着けられていて、彼の耳が動くたびにしゃらときれいな音がした。




「さテ。一つお(たず)ねしやすが……お前さン、一体どこの誰なんデ?」


 ――っ!


 雄狐の突然の眼光(がんこう)に驚いた陸は、びくっとなって目を閉じた。


 このキツネはそんなことを聞いてどうする気なんだろう? 

 いや。考えたくはないけれど、もしかすると行列を見てしまった落とし前的なあれ(・・)で、家族にも危害(きがい)を加えようとかそういうんじゃ――


「んオ? ――コンッコココ……いやあ、あなタ。なあンだが随分と物騒(ぶっそう)なコト考えてる顔してますねエ。でも安心なさイ。あたしらの一族はそんな野暮(やぼ)な真似ぁしませン」


 雄狐はコンコンと笑った。

 その穏やかな雰囲気に、陸は今度こそ顔を上げる。


「うんうン。やあっと顔を上げましたねエ」


 と、満足そうな雄狐。

 そこにいたのは、コンコン、とよく笑う若い雄狐だった。


 それほど悪い存在にも見えず、相手を()しざまに(とら)えていた陸は、ちょっとばつが悪くなる。


「さて人間さン。本来ならお近づきのしるしに四方山(よもやま)な話の一つもしたかったんですが、コの際それはよしとしときましょウ。ただ、一つだけ確認しておきてえンですが――」


 雄狐は陸の後ろを指差すと、続けた。


「もしかしてあなた、お連れさンがいましタ?」


 ◇ ◇ ◇


 その指につられて陸が後ろを向くと、そこにあったのは腰ぐらいの高さの石だった。


 あれ? なにこのデカい石?

 さっきまでこんなのなかったよな?

 もしあったら絶対に気付く。だって通行の邪魔だし。


 陸は、雄狐の質問に、「友だちが一人、一緒だったけど……」と、答えかけた。

 けれど、その質問とそこにある石の意味が分かるにつれて、言葉を失い青ざめてくる。


 え?

 じゃあなに?

 もしかして、この石が海斗(かいと)なの?

 なんで!?

 どうして!?

 どうすれば元に戻せるの!?


 (きも)(ちぢ)む思いの陸は、どうにかこうにか尋ねた。けれど、


「さア? なにしろ、あなたみてえな人の方が稀有(けう)なものですからねエ。普通はお連れさんみてえにあたしらに見咎(みとが)められて、石になって、はい終わり。てなもんでス」


 と、完全に他人事のような雄狐。そしてさらに、


「まあ、犬にでも()まれたと思って(あきら)めなさイ。ああいヤ。勿論(もちろん)あたしらはキツネなわけですガ」


 雄狐は無情(むじょう)にコンコンと笑った。


 ◇ ◇ ◇


「なあんて冗談。軽いおキツネ様ジョークってやつでス。お連れさんはちゃあんと元に戻しますから、安心しなすっテ」


 海斗が石にされた。戻す方法はない。

 陸が絶望していると、雄狐はまたしてもコンコンと笑って言った。そして、


「ですが、あたしらの嫁入りは本来人間には見られちゃあいけねえものなンダ。なのにあんたたちは見ちまっタ。勿論、あんたたちが偶然(ぐうぜん)の迷い人なのは分かってるつもりだガ……」


 雄狐の眼光が鈍い光を放った。


 ここはパッと見は大正浪漫ストリートだったけれど、よく見ると違う場所のようだった。

 霧と天気雨(てんきあめ)に閉ざされたこの通りの向こうに、(やぶ)が広がっているみたいなのだ。

 勿論、本物の大正浪漫ストリートの行き着く先には、藪なんてない。


「お二方とも、向こうの世界にはちゃあんと戻しまス。が、これは貸しだと思っていただきたイ。――いえネ。実ぁちょうど、あたしらもそっちの世界にちょっとした用事がありまして、コンッコココ……」


 渡りに船。塞翁(さいおう)が馬。禍福(かふく)(あざな)える(なわ)(ごと)し。

 いろんなことわざを言い出した雄狐は、最後にまたコンコンと笑った。


(りく)    ……主人公君。高1。へたれ。

咲久(さく)   ……川薙(かわなぎ)氷室(ひむろ)神社(じんじゃ)宮司家(ぐうじけ)の娘。ヒロインさん。高1。割といいかげん。

海斗(かいと)   ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。

雨綺(うき)   ……咲久の弟。小6。ハスキー犬系男子。

朱音(あかね)   ……元迷惑系動画制作者。高1。根はいい子。

(さき)先生  ……朱音の担任。家庭科教諭。うっかりメガネ。


木花知流姫(このはなちるひめ)……桜の神様。ギャルっぽい。

奇稲田姫(くしなだひめ) ……川薙氷室神社かわなぎひむろじんじゃ御祭神(ごさいじん)。訳あって縮んだ。

しいな  ……小さくなってしまった奇稲田姫の仮の名。


雄狐(おぎつね)   ……川薙熊野神社かわなぎくまのじんじゃから出て来たおキツネさん。


川薙(かわなぎ)   ……S県南中部にある古都。

茅山(かやま)   ……川薙の南にある工業都市。


【更新履歴】

2025.8.7 キツネの外見情報追加。


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