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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

げに恐ろしきは美女の嫉妬

作者: 海庵

「うっ……」


 二木(にき)茜は投稿して下駄箱を開けた瞬間嫌な物を見てしまう。手紙だ。おそらくラブレターなどではないだろう嫌がらせの手紙だ。これで五通目になる。最初の二通はすぐに捨てたが、三通目からは何か証拠になると思って取ってあったが五通ともなれば自分に対する嫌がらせ程度ではなくイジメにも発展しそうで怖い。

 すぐに学校の棚に置いてあった二通の手紙を取りに行き職員室に駆け込んだ。


「これは…… なんと言うか……」


 手紙を読んだ担任教師が顔をしかめる。とにかく茜の顔を傷付けてやるという言葉がひたすに執念深く繰り返されている。曰く、焼いてやる。曰く、爛れさせてやる。曰く、剥いでやる。曰く、抉ってやる。


「こんな手紙が最近五通も下駄箱に入れられているんです!」


 茜は担任教師になんとかして欲しいと強く訴えるが担任の反応は鈍い。


「う〜ん、ここまで執拗だと単なる嫌がらせにしては…… イジメ、の可能性もありますよねぇ……」


 唸っているだけの担任を見ると対応してくれるのかさえ不安だ。


「ちょっと待って下さい」


 担任はそう告げると二人のいた談話室から出て職員室の奥に消える。ニュースとかを考えると揉み消そうと相談しに行ったのだろうかと不安になる。


「お待たせしました」


 しばらくして戻ってきた担任は教頭を連れて入って来た。二人がかりで自分を説得するつもりなのだろうか……


「ちょっと見せてもらうよ」


 そう言うと教頭は手紙を一通ずつ食い入るように見ている。


「一通目と二通目は捨てたんだね?」

「は、はい。ただの嫌がらせだと思ったので」


 教師たちはどうするつもりなのだろう。茜は不安に駆られる。


「手紙が来た日付は間違いないね?」

「一通目と二通目は覚えてないですけど、三通目からは間違いないです!」


 なんとか信用して欲しい。その思いが茜の声を大きくさせた。


「う〜む……」


 教頭はただ手紙を眺めるだけ、担任は横でその教頭を見ているだけだ。大丈夫なのだろうか、茜の不安は大きくなる。

 その時談話室の扉が開き、生徒指導の教師が入って来た。


「下駄箱に設置された防犯カメラを確認しましたが、手紙を入れた人物は見つかりませんでした」

「やはりか」


 茜は茫然とする。まさか、自分の自作自演だと思われている? その可能性に気付いて茜は声を上げる。


「違います! 嘘じゃありません!本当にっ!」

「二木さん、落ち着いて。大丈夫ですから、皆貴女が嘘を言っているなんて思っていませんよ」


 ショックで泣きじゃくってしまった茜を落ち着かせるように担任が横にきて慰める。


「校長から説明させた方がいいだろう。呼んできてくれないか」


 教頭からの指示を受けた生徒指導が部屋を出て行く。

 教頭は何も話さず腕を組んでいるだけ、担任は茜の背を落ち着かせるようになでている。談話室には茜の嗚咽だけが音として存在していた。


「君が被害にあった二木茜さんじゃね」


 かけられた声に茜が気が付き顔を上げると入学式でみた老々矍鑠とした校長が座っていた。


「はい……」


信じてもらえてるのだろうか? 茜としてはそればかりが心配になる。


「この学校ではね。昔から不思議な事が良く起こったという。わしも何度が経験した。これはそれと同じじゃよ」


 茜は驚いた。自分の身に起きたこの嫌がらせを不思議な出来事で終わらせようという校長の態度に。そんなバカな事を許してはいけない、そう思い声を上げようとした。


「この手紙にはよくないモノがある。念、情、怨、そういったモノじゃ。このままでは直、君の身に直接それらが向かうじゃろう。そうなってからでは遅かった。良く、話してくれた」


 一体この人は何を話しているのだろう? 怒りの消えた茜には戸惑いが溢れた。

 それともあれだろうか、誰かが自分を呪っているとでもいうのだろうか? この現代に? そんなバカバカしい事があるのだろうか?


「だが、心配はない。昔からこの学校で起きた怪異を調伏してくれているお寺があっての。そこに相談すればすぐに解決するじゃろう」

「はあ……」


 結局その日の茜は狸に化かされた気分になり一日を過ごした。




 翌日の放課後、茜は担任に連れられて生徒会室に向かっていた。


「えっと、あの、昨日の話の事なんですよね」

「そうだよ。校長が話を通していて先方が生徒会室で待っているそうだ」


 なぜ生徒会なのだろう、霊的な何かとかあるのだろうか? 茜はもうこんな茶番劇に付き合わされるのなら相談しなければ良かったと思い始めていた。気持ち悪いだけで、他に被害はなかったのたから。


「入って大丈夫ですよ。人払いはしてるので」


 生徒会室の前に着くとノックもしてないのに入るように言われた。足音に耳をすませて聞いていたのかと思うとバカらしい。


「始めまして二木さん。生徒会長の新木(にいぎ)です」

「どうも始めまして……」


 生徒会長? お寺に頼んだからお坊さんが来るんじゃないのだろうか? 奥の椅子に座ったままの新木と名乗った生徒会長を不思議に思う。


「しかし、怪異と断定したのが手紙を入れる人物が防犯カメラに映っていなかったからとは…… 確認しましたけど防犯カメラは定期的に切り替わって録画している。映らずに手紙を入れるなんて事は偶然でも簡単にあり得る事ですよ」


 呆れたように言う生徒会長に茜は納得する。覚えていた三回に映る確率を単純に二分の一としても10回に1回は映らないのだから。

 普通に考えたら何だかよく分からない怪異のせいにしようとする先生がおかしいのであって生徒会長の方が当たり前な気が茜にはしてきた。


「ただこの手紙がね」

「え、なんであなたが持っているんですか?」


 茜は手紙を出されて思いだしたが、そもそもお寺に頼んだのに生徒会室に連れて生徒会長と話をしているのがおかしいのだ。


「僕に回されたんだよ。学校から頼んだ寺っていうのが僕の実家。通っているんだからお前がやれと父親に押し付けられたの」


 あきれたように話す会長もこの茶番劇の被害者かと思うと茜は親近感が湧いてきた。


「あははは、大変ですね」

「一番大変なのは君だけどね。この御守り渡すから身につけておいてね。一応念を押すけど肌身離さずにね」

「はあ」


 渡された御守りはどう見ても普通の御守りだ。肌身離さずとはいってもずっと身につけているのは御免だ。そう思い制服の胸ポケットに入れておく事にした。


「いやぁ、良かったね。これで安心だよ。あそこのお寺はすごく評判良くてね。私も厄年の時にお世話になったんだ」


 生徒会室から出ると饒舌にお寺の事を話し出す担任を茜は胡乱な目で見ていた。




 あれから手紙が来る事もなく忘れ始めていた化学の授業前だった。教室の後、薬品棚の近くを歩いていた茜に頭上でガチャリと何かが開く音がした。

 何だろうそう思い顔を上げた茜に向かって何かの薬品を入れた瓶が振って来ていた。

 茜の思考が止まる…… その瞬間、制服が胸の辺りから強く引っ張られた。

 その勢いで大きく床に倒れ込んでしまった。だが、茜が立っていた場所には割れた瓶と薬品が散らばっていた。

 茜は思わず胸ポケットに手を当てる。中には御守りがあった。もし家だったら、もし休日だったら、もし学校でも体育の授業中だったら…… 『一応念を押すけど肌身離さずにね』生徒会長の言葉が思い出される。


 何の前兆もなく起きた危険な出来事に教室は静寂に包まれていた。


「来たか!」


 それを破ったのは乱暴に開けられた戸と生徒会長の声だった。

 それに釣られたかのように教室内から次々と悲鳴が上がる。


「先生は生徒を外に避難させて、出来るだけ遠くに! 二木は任せてください」

「は、はい。みんな、焦らず教室から出て!」


 生徒会長の指示を受けた化学教師が混乱する生徒を教室から避難させる。


「何? 何? 何なの? 悪霊? 怨霊? 亡霊?」


 茜は駆け寄って来た生徒会長に縋りながら恐怖に身を震わせる。


「ふん、そんなモノなど存在せん。あれはただ自分の失ったものを取り戻す事だけを長年求め続けた人間の意志だ!」

「人間の意志?どこにそんな人いるのよ!いなきゃただの怨霊じゃない!」


 茜は意味の分からない生徒会長の言葉に噛み付く事で恐怖から目を反らす。


「すぐに見せてやる!」


 生徒会長が手印を組むとこれまで茜にも見えなかった女性が写る。

 時代の古そうな制服、身体付きは女性らしい膨らみと窪みに恵まれ、床に立つ脚線美、さらりとした艶のある黒髪、それらは自身を美少女だと思っている茜からしても羨ましいほどであった。


「あ……あ……あ……」


 だが茜から出るのは恐怖の声だけだった。

 髪の下から覗く顔は醜く焼け爛れ、眼球はギョロリと茜を見据え、唇のなくなった場所から歯が剥き出しになっている。まるで、茜に襲いかからんとするかの様子で。


「美しい……」

「へ」


 突如、脈絡もなく場にそぐわない言葉が生徒会長の口から発せられた。

 茜も謎の女性も意味がわからず生徒会長を見る。


「貴女のような美しい女性は初めてです。一目惚れをしてしまいました結婚を前提としたお付き合いを申し込ませて下さい。あ、僕の名前は新木雄祐。実家は寺をしております」


 こ、こいつ霊に求婚している……茜は確信した。変態だと。


「その人幽霊よね?大丈夫?」

「無論だこれほど美しい女性と出会えるとは奇縁というほかない!」


 茜としては頭が大丈夫かと心配したのだが無駄だったらしい。


「美しい……?」

「しゃ、しゃべった」

「ええ!貴女の顔は何らかの事情で傷付いているようですが僕には見えます。貴女本来の顔が、そして貴女が本来持っていた美しい心も!」


 幽霊が喋ったのにも驚いたが生徒会長の言っている事は完全におかしい。この幽霊が私を狙った犯人ではないか。そう思うと茜から恐怖が薄れ、怒りが湧いて来た。


「私に嫌がらせしたり襲ったのはこの女でしょ!どこが美しいのよ!」

「人には様々な面がある。この人もその美しさと共に陰もあったのだ。それは僕も君も変わらない」

「はあ?何簡単に絆されてるのよ!私を守ってくれるんじゃなかったの!」


 茜はそこまで言うとポロポロと涙を零してしまった。御守りに助けられた時、この人を信じなかった自分をバカだと思った。助けに来てくれたこの人に縋った時、とても心強く思った。けれど、そんなのは幻覚だったのだ。こいつは霊に求婚する変態だったのだ。

 茜は情けなかった、そんな男を信じた事を。悔しかった、そんな男を頼った事を。


「ごめんなさい。私はこれほどまでにあなたを傷付けてしまったのね。傷付いた自分とは違い輝いているあなたの笑顔を嫉んで」


 気付くと幽霊が茜をなぐさめるように包んでいた。

 茜は暖かい優しさを細やかな慈しみを感じた。こんな人が自分を傷付けようとした事が信じられなかった。

 そして心の恐さを思った。もしかしたら自分も誰かを傷付けようとするのではないのか、と。


「大丈夫。あなたは大丈夫よ。彼が傍にいてくれる。彼が支えてくれる。これからあなたには幾つもの苦難が訪れるでしょう。けれど、彼が守ってくれる。きっと彼が導いてくれる。だから彼を信じてあげて」


 幽霊の優しい言葉に茜は涙ぐむ。


「これでお別れしましょう。二人には迷惑をかけて助けてもらって、何も返せないけれど二人の幸運を遠くから祈らせてもらうわ」


 そう言うと幽霊は美しい顔を取り戻しながらゆっくりと消えていく。


「お名前を!せめてお名前を!」


 そんなバカな事をしている生徒会長を無視して茜はその姿に見惚れていたがはっと気付いた。


「違うから!こんな変態とそんなのじゃないから!」


 必死に訴える二人を美しい女性は楽しそうに眺めて消えていった。


「クソ、名前すら聞けなかったかガードが堅い。仕方ない今度こそ美女を落とす」


 変態との仲を誤解されたショックから立ち直れない茜に対して生徒会長はあっさり切り替えていた。


「節操のない男ね。それに幽霊が好みってどういう趣味よ」


 嫌みの三つや四つは言ってやりたかったが茜には思いつかないのが悔しかった。


「男は古い恋は諦めて、諦めずに新しい恋に向かうものだ。それに彼女は幽霊ではない。どこかで生きている。そしておそらくここの卒業生だ。顔を怪我してからずっと考えていたのだろう。まだそうではなかった学生の頃を。毎日、毎日、何十年も。その意志の強さが君という触媒を得て顕現しただけだ」

「え、あの人お婆さんなの?守備範囲広過ぎしょ。私は止めてよね。あなたみたいな変態はゴメンだし」

「何を言っているんだ。僕はロリコンじゃないぞ」


 生徒会長はさっぱり分からないと言う顔で茜を見下ろしている。


「は?私が子供だっていうの?確かに背は低いけど、どこに出しても通用する美少女よ!」


 胸を張る茜を生徒会長は冷やかな目で見下している。


「確かに美少女だろう。だがその幼さが残るあどけない顔、二次性徴の感じられない平べったい胸、女性らしさのない腰からお尻のライン、健康的ではあるが色気のない脚。全てが子供ではないか」

「こっ……こっ……こっ……こっ……」


 生徒会長が指摘したところは美少女だと自負しながらも茜にとってコンプレックスである場所ばかりであった。


「鶏か?」


 女心の分からない生徒会長が呑気に問うた。


「殺してやる!」


 茜は自分が誰かを傷付けようとするのを恐れた気持ちなど忘れ、生徒会長に襲い掛かった。



---------


 しばらく後、某病院


「あのお婆さん急に人が良くなったよね」

「そうそう明るく挨拶してこっちの事も気遣ってくれてさ。これまでの扱いにくさがまるで嘘見たい」

「人ってあんなに変わるんだね。それとも元々は今の性格だったのかな?」

「あー、それありそう。若いころにあんな怪我しちゃったら性格歪むよね」

「でも、なんで急にこうなったんだろうね」

「女学生の頃の青春思い出したとか?びっくりしたのが顔を怪我する前の写真飾ってるだよ!」

「何か思う事があったんだね。じゃないとそんな写真飾らないよ」

「そうそう、あのお婆さんがさ。私に良い出会いがありそうね。なんて言ったんだけどその後行った婚活ですっごい良い人に出会っちゃった」

「マジで! 恋の女神じゃん」


 休憩中の看護師詰所は賑やかに華やいでいた。

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