廃棄物の話
もう一度殺されて、捨てられて。
自分の元から去っていく男の後ろ姿を虚ろな眼で見送って、ようやく女は一息つきました。
男は女を捨てる。分かりきっていた結果です。
正しい結末です。これからも先、男は今まで通り自分勝手に、傍若無人に生きていくことでしょう。
女はそう考えると、途端に肩の荷が降りた気分になりました。
彼をあるべき姿に戻すことができたのだと、安心したのでした。
「……?」
しばらくして、女はふと違和感に気が付きました。
どれほどの時間が経っても、死した身体が動かないのです。
不死の呪いであれば、今頃とっくに動くことができるはずなのに。
そう不思議に思っていれば、通りすがりの青い魔女が親切にも教えてくれました。
「やあ、死体ちゃん。そんなところで死んでたら風邪引くぜ」
「こんにちは、青い魔女。なかなか生き返らなくて困っているんだ」
「そいつは可哀想に。私の見立てじゃ君、呪いが解けかけているぜ?」
魔女の言葉に、女は目を丸くしました。
「呪いが、解けかけているのか」
「ああ、条件が中途半端にハマっちまったみてぇだな。あと数刻もすれば輪廻に還れるよ」
ただし、と魔女は続けます。
「次の生でも不死の呪いは継続する。ある条件下で、死んでも死ねない、身体に魂が固定された状態でスタートする」
「……ある条件とは」
「呪いをかけた術者本人が、君を手ずから殺すこと。それが第一条件だ」
青い魔女はニヤニヤと意地悪く嗤っています。
「その言い方だと、他にも条件があるようだな」
「その通り。色恋にボケた女にしては察しが良いじゃないか」
魔女は閉じていた目を薄らと開けました。
深い海色の瞳が、女を真っ直ぐに見つめます。
「なに、簡単な話だよ。こういったものには、呪いをかけた術者の願望が絡んでいる。ソイツが求めていたものを与えてやれば、呪いは解けるだろうよ」
「求めていたもの……」
そう言われても、女は何も思いつきませんでした。
男は、やりたいことがあればすぐに行動していました。あのときに、何かしたいことがあればその場で叶えていたはずです。
「……分からないな」
「というか君、そもそも呪いを解く気が無いだろう?」
「彼が望んでしたことに、抗うつもりは無い」
「これだから色恋ボケは。救いようがないぜ」
やれやれとわざとらしく肩を竦めた後、魔女は愉快そうにケラケラと嗤ったのでした。
数刻後、魔女が言っていた通りに女の魂は身体から離れて、輪廻へと還っていきました。
それを見送ると、魔女は女の死体を抱き上げました。
「何に使う気だ」
使い魔の竜が、訝しげに問います。
「死体に使い道も何もねぇよ。土の下に入れてやるのさ」
ただの抜け殻、廃棄物。
人の身に収まらない業が、何の意味もない死体の山を作るのだと、魔女は嘯きました。
「土は良いぞ。分解できるものは何であれ受け入れてくれるからな」
許されない罪も、認められない罰も。
愛する者のために、生きることを簡単に放棄した死体でも。
「みな等しく、ただの土に還るのさ」
呪われたまま、女の魂は再び輪廻をめぐりました。
しかし、今までのように記憶は引き継がれませんでした。
すべての記憶を失い、男のことさえも忘れて。次なる生へと転じていきました。