迷子の話
これは衝動的かつ思いつきで書き始めたものですので、まだ着地点が無い状態です。
まだまだ落下している最中の、男女の話です。
「…………わかんない」
男は混乱の渦中にいました。
彼にとって、女が話す言葉すべてが信じがたく、受け入れがたいものでした。
幼馴染の女のことは知り尽くしているつもりでした。自分のことが大好きで、何をやっても何を強要しても「しょうがないな」と笑って許してくれる、都合の良い存在だと。
愛を囁けば嬉しがる。偽りだと気が付かずに、愚かにも微笑む。それを嘲り笑いながら、これからも彼女を利用しようと目論んでいました。
しかし期待は裏切られ、女は騙されるどころか嘘を看破し、怒りもせず悲しんでいました。
女が何に対して悲しんだのか、そのときの彼には分かりませんでした。
いつものように笑って許すことなく、ただ悲しい顔を向けられたのは初めてのことでした。
だから呪いを使ってまで、女を捕まえたのです。
彼女について知らないことがあるのは、許しがたいことだったから。
しかし、捕まえてみて、答えを聞いて。男が女に抱いていた印象が覆りました。
彼女が悲しんだのは偽りの愛に対してではなく、男が女のために意志を曲げたことでした。
女は男の在り方を愛していました。良く言えば自由に、悪く言えば好き勝手に。周りからどう見られても思われても構わない。自分を偽らず真っ直ぐ生きている彼を、深く愛していたのです。
────「愛」というもの。男にはどうしても、それが信じられませんでした。
愛しているからと宣う、女の言葉が信じられませんでした。
自分を慕うことは認められても、それは自己満足から生まれた感情に過ぎないと思っていました。
もしかしたら、目の前にいるのは幼馴染の女ではないのかもしれない。
そんな考えが浮かんで、そうだったらいいと思いました。
今言われたことすべては間違いで、正しい答えはもっと別のところにあるのかもしれない。
────所詮、幼馴染の女が言うところの「愛」も、紛い物に違いないのだと、決めつけて。
男は、あのときのように女の首に手を伸ばしました。
女はその意図を正しく察して、大人しく首を差し出しました。
吸い寄せられるように手は巻き付いて、きつく絞め上げ始めます。
呪いがある限り、女が死ぬことはありません。痛めつけようにも死した身体に痛覚などなく、男のしていることは無意味に等しいことです。
それでも、手を出さずにはいられませんでした。傷付けずにはいられませんでした。
彼がすること、為すこと。それらすべてを許してしまうこの女が憎らしい。
自分が一番嫌う「愛」を語る女を殺したかったのです。
首を絞め上げる力は少しも緩まないというのに、男の目からは涙が滲んでいました。
そのことに男も女も気が付いていましたが、互いに口にすることはありませんでした。
しばらくして、女の身体から完全に力が抜け落ちました。
もう一度死んでしまった彼女に目もくれず、男はその場に捨てていきました。
男のすべてを愛していると言った女。これは自分の知る幼馴染ではないのだと言い聞かせて、逃げたのです。
男は宛もなく歩き始めました。認めたくない現実から目を背け、自分に都合の良い“答え”を得るために。
人を呪わば穴二つ。
男は女を呪い、その代償として自身も呪いを受けました。
それは不死の呪い。彼女と同じ、生きる屍と成り果てる呪い。
死ねない身体で浮世を漂い、幼馴染の幻を追いかけて。
独り善がりはいつしか────化け物になってしまいました。