呪われた死者の話
相手のすべてを許容するけれど、相手が自分のために心変わりすることを許せない。
そんな女の独白です。
一途に、ひとりの男を慕う女が居ました。
男は、女の幼馴染でした。自分以外を信用しておらず、女に対しても同様でした。
女はそれでいいと思っていました。男が他に左右されず、自分に正直に生きているさまが好きでした。
どんなに雑に扱われようとも、利用されても。挙句の果てに、捨てられようとも。
死ぬのなら、彼のために死のうと思っていました。彼が彼らしく在るためならば、それくらい構わないと思っていました。
しかし、男は向けられている好意は知っていても、想いの深さまでは知りません。
自分を慕う女を嘲笑い、揶揄いついでに彼女の好意を悪用して。
────あろうことか、彼女に愛の言葉を吐いたのです。
女はとても悲しくなりました。
他人に何を言われても我を通してきた彼が、彼女のためにその意志を曲げたのです。
彼のために死すら望んでいた彼女にとって、それは死ぬことよりも辛いことでした。
「なに、その顔」
男の機嫌は、すこぶる悪くなりました。
女の態度が、気に入らなかったからです。
勢いよく伸びた手は女の首に巻き付き、きつくきつく、絞め上げました。
(ごめんなさい)
とっさに出そうになった謝罪は、意地で呑みこみました。彼を傷付けてしまうと思ったのです。
しかし、今わの際。何も言わずに死ぬことが彼のためになると考えたはずの彼女は、それ以上にひどい言葉を吐いてしまいました。
「きみは……かわいそうなやつだな」
男の顔がひどく歪みました。
最も避けたかった結果でした。
きっともう彼は、元の真っ直ぐな彼には戻れません。
時が経ちました。
女は死んでは生まれ変わる、奇異な輪廻に頭を悩ませていました。
持ち越せないはずの記憶を受け継ぎました。最期の瞬間に、彼が必死の形相で手を伸ばしてきます。
毎度の生で自分をわざわざ探してくる彼の意図を、女は理解できずにいました。
彼にとって、女という生き物は煩わしいもの。それが恋愛感情を持つのであれば、尚のこと嫌悪を抱く対象なのです。
だから、彼女は好意を示すことはあれど、ひけらかすことはしなかったのです。彼を、困らせたくなかったから。
(怒っているのだろう)
最期に言った、あの言葉に怒っている。だから、追いかけてくる。女はそう考え、捕まったときは罰を受けようと思っていました。
しかし、幾度生死を繰り返しても、彼は女の最期に間に合いませんでした。あともう少しというところで、彼女の命は絶たれてしまいます。
────まるで、呪いのようでした。
やがて、男は女の魂に細工をしました。
もう二度と輪廻を巡れぬ、生きた屍と成り果てる呪術。
死んでしまうのなら逃げられぬようにすれば良い。そう考えられた、禁忌の方法でした。
死んだ身体に固定された女はようやく、男と対話することが叶いました。
「どうして、笑ってくれなかったの」
悲しそうに、どこか拗ねたように言う男に、女は少し嬉しさを感じてしまいました。
自分の非を認めず、まずは相手の非を詰る────変わっていない彼らしい一面に、密かに安堵したのです。
女は理由を語り明かします。
男は顔を強張らせ、呆然と女を見返していました。
「私の不用意な言葉で、きみを傷付けたのは事実だ。好きに罰してくれたらいい」
そうして身を差し出しました。
男が我に返れば、再びこちらに怒りを向けるだろう。女に逃げる気など微塵もなく、ここまで追いかけてきた彼をこれ以上煩わせてはいけないと、大人しくしていました。
「…………わかんない」
やがてぽつりと落ちた男の声は、迷子のようでした。