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06.騎士様の雨宿り

 翌日は、とても激しい大雨だった。


 ゴロゴロと、時折雷が鳴る。


 いつもの時間になるけれど、この雨ではさすがに庭の掃除もできないし、ルディさんだって来られないだろう。


 義父も義姉も、まだ雨が降らない午前中に出かけていった。

 この雨ではしばらく帰ってこられないはず。


 それでも窓から外を眺めていると、馬を走らせた一人の騎士様がこの屋敷に向かってくるのが見えた。


「……え」


 ルディさんだ。


「大変!!」


 その姿を捉えた私は、乾いたタオルを持って急いで玄関へ向かった。




「――いやぁ、すごい雨だ。参ったよ」

「どうぞ、入ってください」


 玄関へ彼を招き入れ、タオルを手渡す。


「ありがとう」


 ルディさんは素直にそれを受け取り、水の滴る銀髪を拭いた。

 前髪が持ち上がり、切れ長の目元がさらされる。


「……服も濡れてしまいましたね」

「ああ、本当だ」


 思わずドキリと鼓動が跳ねて、そこから視線を外すように彼の騎士服に目を向けた。


 マントを取ったその下の騎士服も少し濡れてしまっていることに気がついて困ったような笑みを浮かべるルディさん。


「よかったら雨が止むまで休んでいってください。さすがに今日は、これでは仕事になりませんよね? お湯を沸かしますので、身体も温めていってください。服を乾かします」

「いや、そこまでしてもらうわけにはいかない。少しだけ雨宿りをしたら、すぐ戻るから」

「そういうわけにはいきません! 騎士様がお困りなのに何もしなくては、伯爵家の名が廃ります!!」


 この状況だというのに遠慮してみせたルディさんに、私は少し強めの口調で言った。


「しかし、君はフレンケル伯爵の本当の娘ではないだろう? 勝手なことをして、怒られたりはしないか?」

「……ご存知なのですね」

「失礼だが、少し調べさせてもらった。フレンケル伯爵は君をあまりいいように扱っていないようだ」

「……」


 毎日庭の掃除をしているところを見ていれば、それはわかってしまうのかもしれない。

 ルディさんにみっともない女だと思われてしまうのは少し悲しいけれど、隠したところでばれてしまうのだろう。


「はい……その通りです。けれど、私の本当の父はフィーメル伯爵です。私は紛れもなく、伯爵家の娘です。それに、確かに義父は私には厳しいですが、お困りの騎士様に手を差し伸べて怒るような人ではありません」


 本当は、怒られるかもしれない。私のやることすべてが気に食わないだろうから。

 それでも構わない。このままルディさんをびしょ濡れのまま帰すわけにはいかない。

 それに、どうせあの二人は当分帰らないだろうし。


「……そうか、そんなに言うのなら、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

「はい、では中へどうぞ」

「ああ」


 ようやく頷いてくれたルディさんを邸内に招き入れ、お湯を沸かして身体をあたためてもらった。


 その間に実父の服を用意し、ルディさんの服が乾くまで着ていただいた。


「――何から何まですまない」

「いいえ。これくらい、当然のことです」


 いつもありがたい思いをしているのは私のほう。この程度のお礼では足りないほど、ルディさんには感謝している。


 服が乾くのを待っている間、先ほど作ったスープをあたため、お出しした。


「お口に合うか、わかりませんが」

「……とても美味い! 料理もいつも君が?」

「ええ、料理は好きなので」

「そうか、本当に美味いよ。王宮の料理人にも負けていない」

「ふふ、大袈裟ですよ」


 本当に美味しそうに食べてくれるから、とても嬉しくなってしまった。

 ルディさんの笑顔を見ているだけで、なんだか心があたたまる。


「そうだ、手紙を持ってきたんだった。濡れていなければいいのだが」

「え?」


 そう言って、ルディさんは干してあった服の内ポケットに手を入れ、手紙を取り出した。


「よかった。大丈夫そうだ」

「……ありがとうございます」


 今日は、手紙はないだろうと思っていた。だからとても驚いたし、すごく嬉しい。


 再び椅子に座りスープを口に運ぶルディさんを横目に、私は堪らず手紙の封を切る。



〝親愛なるユリアーネ


 君の笑顔を想像したら、とても元気が湧いてきた。


 君は私にとってかけがえのない、ただ一人の大切な女性だ。


 君と一緒になれたなら、どんなに幸せだろう。


 その日を夢に描いて、私は今日も頑張るよ。


 どうか君が今日も笑顔でいますように。


 カール・グレルマン〟



「……カール様」


 とても熱い内容に、胸の奥がじんわりする。


 少しやり取りをしない期間が空いた後、カール様はとても優しく、素敵な文章を書いてくれるようになった。

 心なしか字体も前より美しい。とても丁寧に、心を込めて書いてくださっているのだということが、この手紙から伝わってくる。


「……嬉しそうだね」

「すみません、私ったら……」

「いや、かまわないよ。君の笑顔は元気がもらえるから」


 ルディさんの前だというのにこの甘い文面に頬を赤らめてしまったことを恥ずかしく思ったけど、ルディさんも少しだけ照れくさそうに笑ってくれた。


「カール様とはお会いしたことがありませんが、きっととても魅力的な方なのだと思います。だってこんなに素敵な文章を書かれるのだから、そうに違いないわ」

「……そうか、それは楽しみだろう。彼に会うのが」

「ええ」


 思わずのろけてしまうと、ルディさんは一層頬を赤らめて口元に手を当てて咳払いをした。


 少し、言い過ぎてしまったかしら。

 いくらルディさんとは気心が知れてきたとはいえ、騎士様なのだ。彼がそうしてほしいと言ってくれたからこうして気さくに話しているけれど、本来は将来の夫の上司なのだということを、忘れてはならない。


「申し訳ありません、少し調子に乗りました」

「いや、違う。君がその……あまりにも嬉しそうに語るから……」


 言葉を濁しながら話すルディさんの戸惑った様子に、再びドキリと胸が鳴る。


 どうしたの、私……。


 確かにルディさんはとても魅力的な方。

 優しく、ハンサムで、きっと女性の憧れだわ。


 けれど、私には婚約者がいるのよ。

 どんなにルディさんが素敵でも、ときめいてしまったりしてはだめ。


 自分にそう言い聞かせて、手紙の文面を思い出す。


 そうよ、カール様だってルディさんに負けないくらい、素敵な方じゃない。

 私は幸せになれるわ。


 改めてそう思い、胸にそっと手紙を抱きしめた。


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