53.幸せのかたち
ユリアと結婚してふた月。
俺たちの生活は特に変わっていない。
しばらくは今まで通りヴァイゲル邸から王宮へ通い、俺は騎士、ユリアは魔導師として働くことを続けていくことになっている。
冬にはユリアの魔法が再び役立ったし、直にまた暑い夏が来る。
王宮としてもユリアが居てくれると助かるのだ。
「――いい顔してるなぁ、ほんと」
例によって暇を持て余している第二騎士団長のハンスが(仕事の話で来たのだが、その話は最初だけだった)第三騎士団団長執務室のソファにゆるりと座って俺の顔をじっと見つめ、そう呟いた。
「何がだ」
向かいに座っている俺はそんな視線に眉をひそめて聞き返す。
「そんなにいいのか」
「頭の中でユリアを汚すな」
「ほお、汚すようなことをしているのか、おまえは」
「そうではない!」
ニマニマといやらしい笑みを浮かべて探るような視線を俺に向けてくるハンスだが、何も教えてやる気はない。
俺たちの中で大きく変わったことといえば、ユリアと寝室をともにするようになったということだ。
もう数え切れないほど、俺は彼女と愛を交わしている。
あれほど恋焦がれた相手がようやく自分の妻になったのだ。隣で寝ているのだ。
おやすみのキスをすれば、自然と手が伸びてしまうのは無理のないことだと思っている。
俺のせいではない。ユリアが可愛すぎるのだ。
結婚するまでの間、俺はよく耐えてきたと思う。
だから少し無理をさせていたとしても許されるはずだと、俺は自分を正当化している。
「幸せそうだなぁ」
「幸せだからな」
「おまえが結婚してますますいい男になったと、社交界でも噂になっていたぞ」
「……本当にくだらない話をするんだな、社交界の連中は」
「まぁ、あいつらも暇なんだろうさ」
ユリアに危害を加えるようなことがないならまぁ俺も黙っているが、結婚した後まで話のネタにされるというのはあまり気持ちのいいものではないな。
もう放っておいてほしい。
「それよりハンス、ユリアの前でそういう話はするなよ?」
「俺だってそこまで野暮じゃねぇよ。だがおまえにくらいいいだろ? 幸せなんだからよ、少しは分けてくれよな」
「だからおまえもそろそろ誰か相手を見つけろよ」
「……そうだなぁ」
この話になるとハンスはあからさまに目を逸らし、いつもすぐに話題を変えようとしてしまう。
「それじゃ、俺はそろそろ行くわ」
「また逃げるのか」
「うるせぇ」
ユリアに出会う前までは俺もハンスと同じだったから奴の気持ちはわかる。
だがハンスもまだそういう相手に出会っていないだけなのだろうと、内心で彼にもいい相手が現れてくれることを少しだけ願っておいた。……少しだけ。
*
それからひと月ほど経ったある日、ユリアが倒れたと、魔導師団長を務めている兄から聞いて俺は慌てて医務室へ走った。
「ユリア……!!」
「ルディさん」
ベッドで休んでいたユリアの横には、副師団長のフリッツ。
「じゃあ僕は行くね」
「はい、ありがとうございました」
「身体、大切にね」
「……はい」
にこにこと笑いながら俺にぺこりと頭を下げるフリッツ。
ユリアが倒れたというのに、なんだその笑顔は。と、少し苛立ちを覚えたが、つまり大したことではないのだと感じてほっとする。
「大丈夫か?」
「はい……すみません、ご心配おかけして」
「いや。心配するのは当然だし、俺に気を遣わなくていいよ。少し働きすぎていたんじゃないか?」
「……」
ベッドサイドに置かれていたスツールに腰を下ろし、ユリアの手を握る。
彼女は上半身だけを起こして、少し俯いた。
「……ユリア?」
「……ルディさん、実は……」
なんだろう。何か、言いづらそうに口ごもるユリアに、何か病気でも見つかったのだろうかと、ざわりと嫌な予感が身体を巡った。
「ユリア、大丈夫。俺がついている。それに王宮には腕のいい医師もいるし、兄上も優秀な魔導師だ! どんな病でも必ず――」
ユリアの手を強く握って熱く語れば、ユリアは「違いますっ」と声を張った。そして――
「赤ちゃんができました……! ルディさんとの、子供です……!」
「え?」
思い切ったように告げられたその言葉に、一瞬思考が停止し、情けない声が出た。
……ユリアに、俺の子が?
「それで、少し貧血を起こして……、っルディさん?」
それを理解した次の瞬間には、俺の腕は無意識にユリアの身体を強く抱きしめていた。
「ありがとう、ユリア。大切にしていこうね」
「……はい」
ぎゅうっと、強く腕を回せば「苦しいです」と笑って呟かれたユリアの声は少し鼻にかかっていた。
俺も、泣きたいほど嬉しい。
だが今はまだ泣かない。
守る者が増えるというのはとても幸せで、同時にとても大きな責任を生じる。
それでも今だけは、もう少しだけ、ユリアの温もりを感じながらこの幸せに酔いしれていたい――。
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