51.最高の贈り物
季節は秋を迎え冬に近づいていた。
最近はあたたかい日や少し肌寒い日が繰り返されている。
そして、今日は彼女――ユリアの誕生日だ。
ついに彼女は十八歳になり、成人を迎える。
この国では十六歳から結婚は認められているが、成人として扱われるのは十八歳からだ。
だから今年の誕生日は、ユリアにとって特別なものにしたい。
彼女へのプレゼントは何にしようか。
彼女が何をもらったら喜び、心に残るような日にできるかと、俺は数ヶ月前から悩んでいた。
彼女の希望もあり、誕生日当日はヴァイゲル邸にて家族だけでユリアのバースデーパーティーは行われた。
本当は王宮でともに働く仲間たちを招待客として呼び、盛大に祝ってやりたかったが、ユリアはこの家族が祝ってくれるだけで十分だと首を横に振った。
まぁ、俺も派手なことは好まないから、この少人数で心から彼女を祝おうと、そう決めた。
どのみち近いうちに結婚式を挙げるのだ。さすがにその際は身内だけというわけにはいかないしな。
「――おめでとう、ユリア」
「おめでとうユリアちゃん」
「おめでとうユリアーネ」
「本当にありがとうございます」
ヴァイゲル家に仕えている料理人が昨日から仕込みを行い、腕によりをかけて作ったご馳走を前に、みんなは思い思いにユリアに祝福の言葉を述べた。
ユリアは少し恥ずかしそうにしながらも、にっこりと笑って応えた。
身内だけとはいえ、主役だ。兄夫婦から贈られたドレスに身を包み、父と母から贈られたネックレスやイヤリングを身につけ、今日のユリアはとても美しく着飾っていた。
普段の飾らない彼女もとても可愛らしくて好みだが、たまにはこうして美しく飾られているユリアもとても美しい。
つまり、何を着ていようと、彼女本来の美しさというものは消えないのだ。
ただ表面上だけを整えている令嬢たちとは違う。
家族で淑やかに、慎ましくも楽しく、会は進行した。
ユリアも少しワインを口にし、その頬をほんのりと赤く染めていた。
こんなふうに俺の家族と笑って話をし、食事をしているユリアを見て、心から幸せというものを感じた。
彼女もそうであってほしいと、心から願う。
どんなに美しいドレスより、高価な宝石より、彼女がずっと欲しかったもの。
それはおそらく、本当に信頼でき、愛することのできる〝家族〟だ。
彼女はずっとそれに憧れていたに違いない。
それは俺一人ですぐに用意できるものでもなかったが、この家の者たちは皆、そんなこと言われなくてもわかっている。
「ルディ! 酒が進んでいないようだな? お前が飲まなくてどうする!」
「兄上は飲み過ぎですよ」
気がついたら、ワインの他にウイスキーのボトルも空いていた。
……まさかユリアにあまり飲ませていないだろうな?
彼女はまだ酒に慣れていないだろう。
そう思ってユリアの様子を窺ったが、母と一緒にとても楽しそうに笑っていた。
よかった。今夜はまだ、酔い潰れられては困るのだから。
――それからようやくお開きとなったのは、深夜十二時を回る少し前だった。
今日が終わってしまう前にと、俺は家族たちの中からユリアを呼び出した。
「どうぞ、座ってくれ」
「はい」
静かに月と星が浮かんでいる夜空をよく眺められる庭に出て、ベンチに座る。
ようやくユリアと二人きりでゆっくり話ができる。
「本当におめでとう、ユリア」
十二時を過ぎてしまう前に、俺はポケットに忍ばせておいた小さな箱を取り出し、彼女の前に差し出した。
「ルディさん……」
「開けてごらん」
緊張した面持ちでそっと箱を受け取り、そっと蓋を開けるユリア。
エンゲージリング。婚約した男性から女性へ贈られる、婚約者の証であるそれは、男性の瞳の色の宝石がはめ込められている。
「ルディさんの瞳の色と同じ……とても綺麗……」
ユリアはうっとりと瞳を蕩けさせて指輪を見つめた。
ユリアから一度箱を受け取り、指輪を取り出すと、彼女の左手を取った。
そしてそれを薬指に嵌めてあげると、指輪は主を認識して宝石の輝きを一層増す。
「……素敵」
この宝石には魔法付与が施されている。
王宮一の魔導師である兄に、俺が直々に依頼したのだ。危険から彼女を守ってやれるように。
「気に入ってくれた?」
「とても。本当に綺麗です。ありがとうございます」
その石より、ずっと綺麗に輝いている瞳を向けて、ユリアは言った。
「ルディさんには、本当にたくさんのものをいただきました。私には一生返せないほどのものを」
「そんなことはないよ。俺だって君からかけがえのないものをもらったのだから」
人を愛する気持ち。心から愛しいと思える存在。
俺のほうこそ、一生かけて返していかなければならないと思っている。
「……ルディさんは、きっと欲しいものはすべてご自分で手に入れられると思うので、何をプレゼントしようか悩んだのですけど……」
「……?」
庭に置かれている柱時計の方へ目をやり、ユリアは緊張の色を浮かべた。
「ですが、今の私にできることは、この気持ちを伝えることだと思いました」
そう言って、ユリアはスカートのポケットから何かを取り出し、俺に差し出した。
手紙だ。
「お誕生日おめでとうございます。ルディさん」
「え――」
言われて、時計に目を向ける。丁度十二時を過ぎたところだった。
「……知っていたのか?」
「はい。ローベルト様から聞きましたよ。おっしゃってくださればよかったのに。私たちの誕生日が一日違いだったなんて。素敵ですね」
そう、日付が変わった今日は俺の誕生日だ。
ユリアには言っていなかったが……確かにあの兄が黙っているわけはないか。
それにしても――。
ユリアから手紙を受け取り、その白い封筒を見つめる。
そこには〝親愛なるルディさん〟と書かれていた。
その言葉を目にして、身体が震えた。
「こんなに高価なものをいただいたのに、私からはそんなものですみません……ですが、気持ちだけは誰よりも――」
ユリアがそこまで言ったところで、俺は彼女の身体を引き寄せ、強く抱き締めた。
「……ルディさん?」
「とても嬉しい。ユリア、ありがとう。本当に……嬉しすぎて震えるほどだ」
過去にユリアと手紙のやり取りをしていた際、婚約者のふりをして手紙を書いていた俺は、返事を書くために彼女から婚約者宛への手紙を読んでいた。
当然ながらそこにはいつも〝親愛なるカール様〟と書かれていたのだ。
その言葉を見る度に俺は、現実を突きつけられていた。
俺はユリアを想って手紙を書いているが、ユリアが想っているのは俺ではなく婚約者なのだと。
当然のことであるのに、俺は酷く悲しい気持ちを覚えていた。
それが今、初めて〝親愛なるルディ〟宛に彼女は手紙を書いてくれたのだ。
彼女からもらえるものならば、たとえもう持っていたとしても、クラヴァットだろうがハンカチだろうが、なんだって嬉しいだろう。
だが、俺にとってこれほどの贈り物はない。
「一生大切にする」
「大袈裟ですよ」
「いや、本当に嬉しい」
すぐにでも読みたいが、ユリアの前で読んで平然としていられる自信はない。
今夜一人で、じっくり読ませてもらおうと思う。
「……もう一つ、もらってもいいかな」
「やっぱり、手紙だけじゃ足りなかったですよね――」
ユリアの言葉を遮るように、唇を重ねる。
「……すまない、待てなかった」
「……ルディ、さん」
ユリアの頰がほんのりと赤く熱を持っているのは、酒のせいかな?
まるで俺を誘惑するようにぷっくりと熟れた唇を見つめ、親指でなぞる。
柔らかくて気持ちのいいユリアの唇を、いつまでもこうして触っていたい。
けれど、やはり指だけで触っているのももったいない。
「今日は、ユリアから触れてほしいな」
「えっ……!?」
「プレゼントに」
「……ですが、それは――」
ふにふにと、ユリアの唇を撫でて微笑めば、彼女の顔は真っ赤になっていく。
ああ、可愛い。
「……目を閉じてください」
「うん」
覚悟を決めたような顔で俺を見上げるユリアを目に焼き付けて、言われた通り目をつむる。
「…………」
すると、触れたか触れていないかわからないくらい一瞬、唇にやわらかいものが当たった。
「……もう終わり?」
「えっ、だめですか……?」
「全然足りないよ」
「……っ!」
だから結局、我慢できずに俺のほうから再び唇を重ねてしまった。
一瞬にして彼女の唇を塞ぐと、ユリアは小さく肩を揺らした。
突然のことで呼吸が乱れたのか、ユリアの鼻から甘い息が漏れる。
……ここが外でよかったな。
室内だったら、このまま押し倒していたに違いない。
それでも彼女のやわらかな身体をぎゅっと抱き寄せ、その感触をじっくりと堪能しながら、俺は深く、深く彼女に溺れていった。
やっとご褒美書けました。
ルディご褒美編(笑)続きます。
次回、そろそろ結婚します!