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50.邪魔者ハンス

「おうルディ、聞いたぜ」


 あれから数日。

 第三騎士団の団長執務室で仕事をしていた俺のところに、第二騎士団長のハンスがやってきた。


「……何をだ」

「ユリアーネと結婚の日が決まったって? よかったなぁ、おめでとう」

「ああ」


 むふっと、いやらしく笑って、座っている俺の肩に手を置くハンス。


「というかおまえは暇なのか? 第二は楽そうでいいな」

「馬鹿言え。俺は仕事が早いんだよ」


 おまえも少し休めよ。と言って、ハンスは勝手にティーセットで紅茶を淹れ始めた。


 区切りもいいしそうするかと、執務机からソファに移動し、腰を下ろす。


「だから最近よくぼーっとしてるんだな。何を考えているのか知らないが、ほどほどにしとけよ?」


 紅茶を手に、ハンスも俺の向かいに腰を下ろす。


「? ぼーっとなどしていない。仕事は仕事だ。騎士として、しっかりしなければならないのだからな」

「……あ、ユリアーネ」

「え?」


 そして、扉のほうに目を向けて彼女の名前を口にされ、俺はばっとそちらを振り返った。


「ぷ……っ、くくくく」

「……貴様」


 しかし、そこにユリアの姿はない。からかわれたのだ。


「これは傑作だ! しばらく楽しめそうだな!」

「ふざけるな!」

「まぁまぁ、そんなに怒るなよ。おまえたちは既に同じ家に住んでるんだろう? だったら今更そう照れる必要もないだろうに」


 何を想像しているのか、ニヤニヤと下品に口元を釣り上げるハンス。


「当然だが部屋も別々だし、長い時間完全に二人きりで彼女と個室にいることはない」

「……そうなのか。そいつはまた随分と健全なことで」

「当たり前だろう! 結婚前なのだからな」


 何を期待しているのかは知らないが、俺のユリアを頭の中で汚すのはやめてほしい。


「相変わらずお堅いねぇ、第三騎士団の団長殿は。世の中にはおまえに抱かれた〜いって女がたくさんいるのにな」

「彼女は男に慣れていないんだ。そこら辺の女と一緒にしないでくれ」

「へぇ、そうかい。それじゃあ今度俺が聞いてきてやるよ、ユリアーネも本当は期待して待ってるんじゃないかって」

「ふざけるなっ!! そんなことをしたら容赦なく斬るぞ!!」

「ははは、冗談だって、本気にするなよ……あ、ユリアーネ」


 ふざけたことをぬかすハンスに、つい大きな声をあげて怒鳴る。


「その手にすぐ乗るか!」


 慌てたハンスはまた扉のほうを向いて彼女の名前を口にしたが、もう騙されない。


「ルディさん」

「!」


 しかし、背中からとても愛しい愛しい、俺の名を呼ぶ声が聞こえて身体が揺れた。


「すみません、声はかけたのですが……それより、また喧嘩ですか? 本当に仲良しですね」


 ゆっくりと振り向けば、間違いなくそこにはユリアの姿があった。俺たちを見て可愛く笑っている。


「……ユリア」

「な? だから言っただろう?」


 いつからいたんだ? まさか先ほどの会話を聞かれてはいないだろうな。


「お取り込み中のところすみません。こちら、ローベルト様から預かってきました」

「ああ、ありがとう」


 そう言って、彼女は手にしていた書類を俺に渡した。


「そうだ、よかったらお茶でも飲んでいかないか?」

「でも、お取り込み中だったのでは?」


 書類を受け取り、ユリアをソファに誘導し、彼女用に新しくカップを用意する。


「いや、こいつは暇つぶしに来ていただけだよ」

「平和って証拠じゃねぇか。なぁ、ユリアーネ」

「そうですね」


 少し迷ったあと、俺たちの雰囲気に笑顔を浮かべ、素直に座ってくれるユリアの隣に、俺も腰を下ろす。


「……」


 そんな俺たちに意味深な視線を向けてくるハンス。

 余計なことを言ったら斬る。


「本当にユリアーネのことが好きなんだなぁ、おまえ」

「当たり前だろう。わかっているなら気を利かせてさっさと戻れ」


 ユリアに紅茶を入れたカップを渡し、二人きりの世界を演出しようと彼女に身体を向けて微笑む。


 同じ家に住んでいても、彼女と二人きりになれる時間は実はあまりない。


「ふぅん……。まぁ、第三騎士団長(あのルディアルト)様も、結構大変なんだろうよ」


 先ほどの会話を思い出したのか、うんうんと一人で頷くハンス。


「……それにしても随分他人事だな。俺はもう幸せだから、おまえもそろそろ相手を見つけたらどうだ?」

「いや、俺はおまえと違って、そっちもある程度自由にやってるからな」

「は?」

「ユリアーネの前でこれ以上言わせるのかよ?」

「……」


 ハンスの意味ありげな言葉に、ユリアの頬が赤くなった。


「……まぁ、どうでもいいけどな、おまえのことは」

「そうだろうな」


 ユリアに、この男と一緒だと思われては困る。

 だからすぐに話を終わらせようと大袈裟に息を吐き出すと、ハンスは涼し気な顔で紅茶を飲み干した。


「ユリアーネ。気をつけろよ、こいつはこう見えて、結構ムッツリだからな」

「え?」

「……っ!」


 ハンスの言葉に、思わず飲んでいた紅茶を吹き出しそうになってしまった。


 この男は……!!


「おい、ハンス!」

「ははははははっ! じゃあ俺は行くわ。仲良くやれよ」


 余計な言葉を残して、ハンスは立ち上がった。


 隣のユリアにそっと視線をやると、俯いて少し照れている。頬を染めていて、可愛い。


 ……って、これではハンスの言っていたことを否定できないな……。


「ハンスの言うことは気にしないで」

「はい……。本当に、相変わらず賑やかな方ですね」


 出ていくハンスの背中を見送ってからユリアに声をかけると、まだ少し頬を染めたまま笑ってくれた。よかった。気を悪くはしていないようだ。


 それにしても、俺の婚約者はどうしてこんなに可愛いんだろう。


 そんな顔をされたら、どんな男でもクラクラしてしまうものだろう?


 ああ、だめだ。魔導師団の棟(男たちの巣窟)には帰したくない。この部屋にずっといてほしい。

 騎士団長付きの魔導師という役職はなかっただろうか。兄上に頼んでみようか。


「……ユリア」


 じっと彼女を見つめれば、ユリアからも熱を持った眼差しが返ってきた。


 俺たちはあの日以来、キスをしていない。

 もちろん俺は、何度だってしたいと思っている。


 ……やはりこれでは、ハンスが言っていた通りだな。


 彼女の白い頬にそっと手を伸ばし、親指でそこを優しく撫でる。なめらかでやわらかく、とても気持ちがいい。


 そうすればユリアはピクリと身体を揺らし、何か言いたげに震える瞳でうっすらと唇を開いて俺を見つめた。


 ――これはもう、キスしてもいいだろう。


「……」


 そう思い、確認も取らずにゆっくり顔を寄せる。


 そっとまぶたを下ろそうとすれば、ユリアも俺に合わせて目を細めてくれた。


 ……――――


「ああ、そうだルディ! おまえも婚約したんだ、たまには社交界に顔を出せよ! 今度の夜会にはユリアーネと参加するといい。妹を紹介したい!」


「「……!!」」


 しかし、あと拳ひとつ分のところまで彼女の唇に迫っていたところで、がちゃりと扉が開く音とともに、ハンスの朗らかな声が部屋に響いた。


 ユリアは顔を真っ赤にして俺から大袈裟に距離を取る。


 ……ハンスの奴。絶対にわざとだな!!


 やはり斬る!!


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