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49.グレルマンの謝罪2

 そして約束の日、時間通りに使用人がグレルマン伯爵の到着を告げた。


 ユリアとともに二階の広間にいた俺は、彼女に手を差し出して下までエスコートした。


 屋敷中央の大階段を降りていくと、俺たちを視界に捉えたグレルマン伯爵ははっとして背筋を伸ばし、深々と頭を下げた。


「この度はご婚約おめでとうございます!」


 やはりその話を聞いて駆けつけたようだ。


 薄くなった頭を眺めながら男の前まで行くと、ユリアは丁寧に「ありがとうございます」と礼をした。


 そんな必要はないのに……。と思いながらも顔を上げるよう声をかけ、ユリアとは違う険しい表情のまま男を見据えた。


「ほんの気持ち程度ですが、どうぞお受け取りください」


 俺の表情を見て焦ったように言うと、後ろに控えていたグレルマンの使用人が手に持った箱を差し出した。


「……」


 無言でうちの使用人に合図して受け取らせると、グレルマンは少し誇らしげに口を開いた。


「我が領自慢のワインですぞ!」


 厳選したブドウのみを使用しており、土からいい栄養を摂取したブドウは雑味のない本来の味わいと全体のバランスがうんぬんかんぬん――。


 ペラペラと饒舌に話すグレルマンを、〝そんな話をしに来たのか〟と言うように冷たく見つめると、再び顔を青白くさせて慌てたように頭を下げた。


「我が三男の件……、ユリアーネ嬢には誠に申し訳ないことをしました……!」


 グレルマンは床にひれ伏すと額を擦り付けて叫ぶように言った。

 グレルマンの使用人がトランクを前に出す。金が入っているのだろう。


「……彼女が俺と婚約すると聞いて、今更謝りに来たわけですか」


 ユリアが何か言おうとしたのを手で制して、俺が言葉をかける。


「……申し訳ございません、本当はすぐに伺いたかったのですが、何せユリアーネ嬢の所在がわからず……」

「彼女がヴァイゲル邸(うち)にいたことなど、少し調べればすぐにわかったはずだ。社交界では噂にまでなっていたようだぞ」

「……ご息女は王都を出たのち、消息不明だと聞いたものですから……」

「それで簡単に納得したのか。もし本当にそうであったのなら、探し出してその慰謝料で彼女を救ってやろうとは思わなかったか?」

「……申し訳ございません」


 一度顔を上げて俺を見たあと、返す言葉なく再び頭を床に擦り付けるグレルマン。


「もう自分とは関係ないと思ったのだろう。今更金だけ渡せば済むと思っているのか」


 まったく、腹立たしい。

 この男の考えていることなど目に見えている。


 その証拠に先ほどから謝っているのは俺に対してで、ユリアには目もくれていない。


「……」


 これ以上言い訳は用意していなかったのか、すっかり黙り込んで頭を地べたに押し付けているグレルマンに、俺は怒りを通り越して呆れ果てた。


「どうする、ユリア」


 元々こうまで日が空いていたのだから、正直謝罪など既に期待はしていなかった。

 これ以上俺とユリアの時間を邪魔しないでほしい。

 そう思い、彼女の意志を尋ねた。

 決断をユリアに委ねたことを感謝してほしいな。


「お顔を上げてください、グレルマン伯爵」

「……はい」


 ユリアは俺の予想通りの穏やかな口調で言った。


「どちらにしてもフレンケルがあのようになった今、私とご子息との婚約はなくなっていたでしょう。それに、私はそのおかげで今とても幸せなのです。ですから、もうお引き取りください」

「ユリアーネ嬢……」

「だそうだ。これ以上俺と彼女の貴重な休みを無駄にさせないでくれ」

「は、はいっ!」


 今は騎士服も着ていなければ剣も所持していないのだが、グレルマンは怯えたような表情で立ち上がると、そそくさと屋敷を後にした。


 カールがぼろぼろと涙を流して謝罪していた顔を思い出す。

 カールは上の兄二人と比較されていたようだが、あの父に出来損ないの三男として育てられたことを想像すると少し同情する。

 やはり彼はグレルマン家を出て正解だったのかもしれない。



「やはりユリアは優しいな」

「いえ、これ以上ルディさんとの時間を取られたくなかっただけですよ」

「……それは嬉しいが、そうではなく」

「……?」


 グレルマンが置いていった物はうちの使用人たちに任せ、俺は再びユリアとの休日を楽しもうと彼女の手を取って二階への階段へエスコートした。


「だったら最初から会わなくてもよかったんだよ? 謝罪させて金を受け取れば、向こうはすっきりするだろう。あの程度の謝罪ではここまで遅れたことを考えると正直割に合わないが、それでも謝罪を受け入れてくれたと満足するだろうからな」

「……いいえ、ルディさん。そこまで考えていません。買い被りすぎですよ」

「そうかな?」


 愛しい婚約者(ユリア)の微笑む顔を見つめながら、俺もふっと笑みをこぼした。


 実に彼女らしい。

 この笑顔を見ていたら、グレルマンのことなど本当にどうでもよく思える。


 さて、残り半日の彼女との休日をどう過ごそうかと、俺は期待に胸を弾ませた。


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