48.グレルマンの謝罪
その頃、グレルマン伯爵家では――。
「なんだと!? ユリアーネ嬢がヴァイゲル公爵の次男と婚約した!?」
たまたま仕事で王宮に出向いた際にこの話を聞いてきたという部下の言葉に、カールの父、グレルマン伯爵は焦っていた。
「それも実父の伯爵位と領地も引き継ぐのだとか」
「なにっ……!?」
「既にヴァイゲル邸に住んでいるそうです。しかも……優秀な魔導師としてその力は国王にも認められているそうです」
「な…………っ!」
言いづらそうに告げられた言葉に、グレルマンは返す言葉も見つからない。
(なんと言うことだ! あの娘にそれほどの価値があったなんて聞いていないぞ……!! フィーメル領は豊かで潤いのある土地だ。つまり実質、ヴァイゲルの家がまた力を増すということか……!)
半年ほど前のあの日、騎士団候補生として一年間教育を受けていた三男から手紙が届いた。
ユリアーネとは婚約を破棄し、王宮で働いているメイドの娘と結婚すると。その娘の腹には既に自分の子供がいると。
ユリアーネの義父であるフレンケル伯爵は、正直あまりいい話を聞かなかったが、三男のカールは二人の兄に比べて出来が悪かった。元々期待もしていなかったので婚約の話を受けたが、まさか息子がそこまで愚かで、ユリアーネがそのような隠れたものを持っていたとは。
グレルマンは怒り、三男を勘当することに決めた。そしてフレンケル家に謝罪に行くことを考えて頭を抱えていたが、なにやらフレンケルはそのユリアーネを虐待していた罪で牢に入れられたらしい。
フレンケル伯爵は爵位も領地も奪われ、娘の消息は不明。噂では王都から出ていったと聞いた。
ならば謝罪に出向く必要もないと胸を撫で下ろしていたところだったのだが、その娘はどうやら実娘だけだったようで、ユリアーネはなんと王宮で魔導師になったというのだ。
侮っていた。
(こうなるのなら、なんとしてでも息子のカールとユリアーネ嬢を結婚させるべきだった。そうすればフィーメル領は我が一族のものとなっていたのに……!)
グレルマンはギリ、と歯を食いしばり悔しがるも、今更後悔しても既に遅い。
ならば、やっておかなければならないことはヴァイゲル家だ――。
「すぐに使者を王都にあるヴァイゲル邸に送れ! それから金を用意しろ! 一刻も早く謝罪に向かうぞ!!」
*
炎狐討伐の後、国王や宰相である父上の計らいにより、俺は改めてユリアに求婚する場をいただいた。
それも、成人後ユリアに実父の伯爵位と領地が引き継がれることも明かされ、本来の自信を取り戻した彼女は国王の前で俺の想いに応えてくれた。
俺とユリアの結婚も、もう間もなくだ。
「――今度の休みは二人でどこかへ出かけようか」
王宮からの帰りの馬車で、俺は隣に座っているユリアの顔を見つめながらこの幸せを噛み締めた。
「はい、楽しみにしていますね」
兄の配慮もあり、ユリアの休みを俺に合わせてくれたので、ゆっくりとデートをしようと考えた。
今までも休みはあったが、ユリアは休みの日でも王宮の図書室で魔法書を読んだり勉強したりと、なかなかゆっくり休まる暇がなかった。
耐火魔法を習得し、実戦で活躍したことで自信をつけてきただろうから、たまには仕事から離れてもいいと思ってくれたみたいだ。
ユリアはこのまま魔導師として働くことを希望したから、俺もその意に沿うことにした。
これまでと変わらない。だがそれでいい。ユリアは俺の婚約者なのだから、こうして隣に座り、堂々と手を握れる。
それだけで十分だ。
愛しい人の温もりを感じながらこの幸せに酔いしれていると、あっという間に馬車はヴァイゲル邸に到着してしまった。
「おかえりなさいませ。ルディアルト様、ユリアーネ様」
「ただいま、ダニエル」
「本日、グレルマン伯爵から使いが参りました」
屋敷に着くなり俺たちを出迎えてくれた執事長ダニエルの口から、思いがけない人物の名前が出た。
「……グレルマン伯爵から? 何の用だ」
つまりカールの父親か。
ユリアと視線を交えた後、再びダニエルに向き直り用件を問う。
「ご子息とユリアーネ様の婚約破棄の件で、謝罪したいとのことでした」
「は……? 今更?」
その言葉に、俺はもう一度ユリアに目を向けた。
ユリアも意外そうに目を開き、困ったような表情をしている。
「今度のお二人のお休みの日に伺いたいとのことでしたが、いかがいたしますか?」
今更来るとは……。カールがユリアに婚約破棄を申し付けてからもう半年も経つというのに。
おそらくユリアが俺と婚約したという話を聞いて焦っているのだろう。
しかも、わざわざ俺たちの休みに来るのか。せっかくユリアとどこかへ出かけようと思っていたのに。
「ユリア、どうする? もし君が会いたくなければ断るが」
「……いいえ、お会いしましょう」
「わかった」
「ではそのようにお返事しておきます」
ダニエルは頭を下げてその場を離れた。
カールからは謝罪を受けたし、もう終わらせたかったのだが。
カールの泣いている姿を思い出し、静かに溜め息を吐いた。