46.俺の我慢
「俺はまだ、君に触れることは許されていないんだよな」
「……」
「情けないな。こんなことでは君が俺との結婚を承諾してくれなくて、当然か」
俺はこんなに格好悪い男だったのか。本気で好きになった女性を前に、こうも何もできなくなってしまうとは。
こんな男では、権力や見た目に拘らないユリアから魅力的に見えるはずもない。そう思って自嘲したが、ユリアは「違います!」と言って立ち上がり、俺の隣に移動してきた。
「私の気持ちは、変わっていません」
「……?」
俺に身体を向けて座り、真剣な表情ではっきりと告げるユリアに、どういうことか先を促すように首を傾げる。
「あなたが毎日手紙を届けに来てくれていたあの頃の気持ち……。確かに今はこうしてたくさんの方に認められて、とても光栄なことだし嬉しいです。でも、ルディさんに対する気持ちは、あの頃と何も変わっていません」
「……ユリア」
それは、つまり。あの頃手紙に恋焦がれていた気持ちが今でも変わっていないということか?
あの頃ユリアは確かに手紙の主を想っていたはずだ。
カールだと思っていた相手が俺だった。その違いがあるだけで、ユリアが書き手に恋をしていたのは俺でもわかる。
つまり――。
ユリアのまっすぐな視線に胸が熱くなり、感情が溢れそうになる。
「抱きしめてもいい?」
「だ……っ!?」
だから思わずそう聞けば、ユリアは一瞬にして赤面してしまった。
その反応が可愛すぎて、もう少し攻めてみたくなる。
「……だめです」
「……口づけるのは?」
「……!! もっとだめです!!」
「じゃあ、今は我慢するから、俺と結婚してよ」
「は、話がよくわかりません……っ!!」
「…………はぁ」
「……~~!!」
この勢いで押したら、もしかしたら頷いてくれるかもしれないと思ったが……ユリアの意思も固いらしい。
悪ふざけでわざと大袈裟に溜め息を吐いてみる。
優しいユリアのことだから、「そんなに言うなら仕方ないですね」なんて言ってくれるかもしれないと、ほんの少し期待した。なんてな。
「ユリアはいつになったら俺のものになってくれるんだ?」
「……それは」
顔を覗き込むように聞くと、ユリアの顔はどんどん赤くなっていった。
可愛すぎる。
「もしかして、他に好きな人がいるの?」
「え!?」
「ああ、そうなんだ。でも俺から求婚されて、困っているのか……」
「ち、違います……! 私が好きなのは――」
頷いてくれない彼女に、少し意地悪をしてしまいたくなった。
だが予想外に、彼女はそんな言葉を口にして、固まった。
「好きなのは、誰?」
「…………」
ユリアの額に自分の前髪が触れるくらいの距離まで身を寄せ、静かに問う。
熱い視線をじっと向けると、ユリアは俺から視線を逸らし、呟いた。
「……ルディさん」
「俺? ユリアは、俺のことが好き?」
「……」
互いの鼓動の音だけが、静かに響いた。
一瞬が、とても長く感じた。
「……好きです。好きですよ……、ずっと前から、私はずっと、ルディさんが好きです」
「ユリア……」
そして、ついにユリアはそう言ってくれた。
「本当は、婚約者がいた頃からずっと、あなたのことを想ってしまっていました……、いけないことだと思いながら、私は、ルディさんを――」
気持ちを溢れさせるように涙をこぼしたユリアを、たまらず抱きしめる。
「ありがとう、ユリア……君はとても立派だよ。陛下にすら認められたんだ。文句を言う者がいたら、俺が消す」
「……ルディさん」
そして俺も、嬉しさのあまり目頭に熱いものが込み上げてきた。
情けなくも、声が震えていたかもしれない。
だが、本当に嬉しい。
俺はユリアが大好きだ。心から愛おしく思う。
「好きだよ、ユリア。愛してる」
「……私もです……ルディさん」
だからそれを伝えたら、ユリアも応えてくれた。
もう耐えきれず、その唇にそっと自分の唇を重ねた。
「…………だめって、言ったのに」
「ユリアの顔が〝いい〟って言ってた」
今度は優しく優しく彼女の身体を抱きしめると、ユリアは照れ隠しのようにそう呟いたけど。
彼女も嬉しそうに、俺の背中に手を回してくれている。
「……俺と結婚してくれる?」
「はい……。よろしくお願いします」
「ありがとう――」
ようやく求婚に応えてくれたユリアに安堵して、俺は自分の額を彼女の肩に乗せた。
「ルディさん……くすぐったいです」
「……」
ユリアの香りが鼻腔に広がる。ずっとここにいてその香りに酔いしれていたくなるが……変な気も起きてしまいそうだ。
この白い首筋に吸い付いて、マーキングのひとつでも残したら……さすがに怒るだろうか。
「……そんな可愛いことを言われたら、俺は家まで我慢できなくなりそうだよ」
「え!? ……ルディ、さん?」
それは本音だけど。
ユリアの身体が硬直したから、「冗談だよ」と言うように微笑んでおいた。
俺の中にも、まだ理性は残っていたようだ。