45.俺の悩み
その後も、ユリアの力はどんどん開花されていった。
物質の温度を維持することから、調整できるようになり、更には物だけではなく、人や空間にまでも適応させていった。
今年の夏は例年より暑く王宮の人間を困らせていたが、彼女のその魔法のおかげで皆快適に過ごすことができた。
しかし国王にまで感謝されるということがどれほどすごいことなのか、ユリアは理解しているのだろうかと思うほどに彼女は謙虚だった。
これはある意味では高位貴族であるとか、財産がいくらあるだとか、そういう類のものとは比べられない価値があるというのに、それでもユリアはまだ完全には自分に自信を持てずにいた。
だがそれも無理はない。
彼女はこの十数年、義父や義姉に役立たずだと罵られて生きてきたのだから。
なかなか自分を認めてあげることができないのだろう。
魔法というものにも触れてこなかったから、その価値に気がついていないようだし。
それでも少しずつ、ユリアは明るくなっていった。フリッツ副師団長等、魔導師団とも上手くやっているようだし、楽しそうに笑っている。
ユリアは、確実に本来の自分を取り戻していた。
彼女がどんどん輝いていく。
それを見ているのは俺もとても楽しかったし、嬉しかった。
自分の存在を認めてくれる仲間がたくさんできることは、ユリアにとってとてもいいことだ。
それに、自信がつけば俺の求婚にも頷いてくれるかもしれない。
……そう思う反面、少し不安もあった。
ユリアがこのままどんどん輝けば、俺を必要としなくなり、俺の元からいなくなってしまうのでは……という不安。
彼女が俺に恩を感じていて無下にできないだけだとしたら?
他に好きな男ができる可能性だってある。
フリッツとはどうだ? 随分仲がいいようだが、ユリアはああいう愛想のいい男がタイプなのかもしれない。
ハンスだってあれでなかなかいい男だ。
俺とも違うタイプの騎士だが、男らしさでいえば俺より上だ。それに明るくよくしゃべる、面白い奴だしな。
そんなことを考え始めたら、キリがなかった。
魔導師団には他にも男がたくさんいる。
ユリアは俺が書いた手紙に恋をしていた。それはわかる。だが、手紙は手紙だ。俺にではないかもしれない。
彼女は元々金や権力や見た目には拘らない女性だ。であれば、彼女からすれば俺にはなんの魅力もないのではないだろうか……?
そもそも今まで考えたこともなかったが、ヴァイゲルの家名と騎士団長の肩書き、それから親にもらった容姿を除けば、俺にいいところなどあるのだろうか……?
その日、いつものようにユリアと二人、馬車で帰りながらついぼんやりとそんなことを考えてしまった。
「ルディさん、もしかしてお疲れですか?」
すると、彼女はそんな俺を見て心配そうに声をかけてきた。
――しまった。二人きりでいるというのに、つい。
「すまない、君といるのにぼんやりとしてしまった」
「いいえ……何か悩み事ですか?」
「……ん、そうだな。悩みだな」
不安げな表情すらも可愛らしいと思ってしまう。そんなユリアの顔をじっと見つめながら、思わず正直に肯定してしまった。
悩みの種が自分であるということには、どうやら気づいていないようだ。
「もし少しでもお役に立てるのであれば、私に話してください」
胸に手を当てて真摯にそう言ってくれるユリアを、頬杖をついたまま見つめ返した。
「……ありがとう」
少しどころか、この悩みを解決できるのは君だけだよ。
そう言ったら、ユリアはなんて答えるだろうか。
〝君がなかなか頷いてくれないからこうして悩んでいるんだぞ〟
……だめだ。冗談でも、そんなことを言えばユリアを困らせる。
〝君が俺と結婚してくれたら元気になるんだけど〟
これもだめだ。
〝君に触れたい。その艶のある髪に。なめらかな頬に。愛らしい唇に――〟
……だめだ!! そんなこと言えるか!!
どうやら俺も相当溜まってきているらしい。
いつまでも待つと言っておきながら、所詮俺もこの程度の男なのか。
ユリアへの想いが募り積もって我慢が効かなくなってくるなど、まだまだ鍛え方が足りないな。
「だめだな、俺は」
はぁぁぁと、深く息を吐き、独り言のようにぼそりと呟く。
「ルディさんはだめではありません!」
俺の気も知らずに、すかさず否定してくれるユリア。
嬉しいが、やはりこの溜め息の原因を知ったら困ってしまうのだろうか。
「……いや、君のことになると、どうもいつもの調子ではいられなくなる」
だが思わず少し白状すれば、やはりユリアは戸惑いに瞳を揺らした。
「君がこうして素晴らしい力に目覚めて、みんなの力になっている姿を見るのは俺もとても嬉しい。君も嬉しそうにしているのを見ると、安心する」
「……」
まっすぐに俺の話を聞いてくれているユリアに、そっと続けた。
「だがそれと同時に、余計なことを色々と考えてしまう。みんなに認められて喜ぶ君を見るのは、俺も嬉しいはずなのに……不安にもなってしまうんだ」
「ルディさん……」
彼女の震える瞳に吸い寄せられるように思わず手を伸ばし、その頬に触れてしまいそうになったところではっとして、そのまま何も触れずに空を掴んで腕を下ろした。