43.本来の彼女に
結婚したい女性がいると家族に伝え、彼女の部屋を用意させていた俺は、少し強引に彼女を屋敷へと連れ帰った。
馬車の中でユリアーネはとても不安そうに顔を歪め、小さな手を膝の上でぎゅっと握りしめ、俯いていた。
彼女には笑っていてほしい。それが俺の望みだが、今は無理に笑わせるというのは何か間違っている気がして、とにかく彼女を安心させてやろうと極力優しく声をかけた。
俺の家族に会えば、彼女の不安のひとつはぬぐい去ることができるのではないだろうかと考えた。
そして思った通り、ユリアーネは俺の家族の歓迎に、少しだけ安堵の色を見せてくれた。
ヴァイゲルの家名の重みは承知しているが、実際に会えば俺の家族はあたたかい者たちであると自信を持って言える。
だから次男の俺は今まで自由にさせてもらってきたのだ。
もちろん、ただ好き勝手やっていたというわけではないが。
だからこそ家族はすぐに理解してくれた。
ユリアーネの待遇にも、反対する者はいなかった。
ともかく、今夜はゆっくり休むといい。
彼女が今まで受けてきたであろう仕打ちを想像して、心からそれを願う。
だが、かくいう俺も彼女を泣かせてしまった原因のひとつである。
だから彼女が俺を許してくれるまで、受け入れてくれるまで――いつまででも待とう。
本来受けて当然の待遇で彼女を迎え入れ、俺は明日からの日々に期待と覚悟をし、気を引きしめた。
*
翌日、俺が起きるとユリアーネは既に食堂にいた。
彼女が朝からうちにいるなんて夢のようだと思ったが、朝食作りを手伝ったと聞き、彼女の手料理が食べられるということに更に胸を高鳴らせた。
彼女は魔法が使える。義父たちのせいでそれを大したものだとは思っていないようだが、その魔法は非常に珍しいものだった。
火や水を出せる者はいるが、温度を調整したり保ったりできる者のほうが、実は少ない。
父も兄も俺同様に、その力が持つだろう可能性に気がつき、ユリアに魔法を学んでみないかと提案した。
そしてその日はユリアーネのことを母と兄嫁に任せて、俺はいつも通り仕事へと向かった。
しかし、俺が帰宅すると二人はとても誇らしげな笑顔でユリアーネを挟んで俺を出迎えた。
「おかえり、ルディ」
「おかえりなさい、ルディアルト様……」
「…………」
二人の誇らしげな表情の理由は、ユリアーネを見てすぐに理解した。
〝ルディアルト〟と呼ばれたことにすら何も言えなかったのは、ユリアが見違えるほど綺麗になっていたからだ。
いや、元々ユリアは美人の部類だ。飾らない美しさを持っている女性だった。
しかし、おそらく伯爵令嬢として本来であれば受けて当然の施しを受けていなかっただろう彼女は、髪も爪も手も荒れていたし、服も流行遅れの古びた安物を身にまとっていた。
それをたぶん、この二人が一日がかりで磨き上げたのだろう。
うちにはヘアケア、ネイルケア、ボディケアなどの知識を持った薬師がいる。
その薬師が煎じた特別なオイルでも使ったのだろう。
愛らしいベージュの長い髪はふんわりとしながらもサラサラと揺れ、思わず手を伸ばして触れてみたくなってしまう。
顔の肌艶もよく、とてもなめらかで美しい。
少しだけ化粧をしているのだろうか。いつもより魅力的に俺を挑発してくる彼女の大きな蜂蜜色の瞳と、潤いのある薄紅色の唇。
とりあえずサイズの合うものを着ているのだろうドレスも、派手ではないが彼女の美しさを演出する手伝いをしていた。
ユリアーネは元々可愛らしい人だったが、とても美しくなっていた。
「どう? ルディ。ユリアちゃん、とっても素敵でしょう?」
「ああ……、とても」
俺の反応に満足気に顔を見合わせる母と兄嫁。
恥ずかしげに俯くユリアーネ。
この二人とも、さっそく仲良くなったようだ。
すぐにでも触れてもっと近くでよく見たい。
しかしそれはまだ叶わない。
……この二人は、俺にどうしろというのだ……。
にやけてしまいそうになる口元を隠すように手を当て、しっかりと彼女の姿を眺めてこの目に焼き付けておいた。