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41.俺が惚れた人

本日からルディ視点の番外編更新します。

よろしくお願いします。

 ぼんやりと、夜空に浮かぶ月を眺めた。

 いつまでもそこで俺を見下ろしている、満月でもなく、三日月でもない中途半端な形をした月を、どれくらいの間こうして眺めているだろう。


「はぁ……」

「相当重症だな」


 頬杖をつき窓の外ばかり見つめて溜め息を吐く俺に、兄のローベルトは蒸留酒を口に含んで笑った。


「そんなに惚れてしまったのなら、連れてくればいい」

「そういうわけにはいかない。彼女は騎士団候補生の婚約者だ」

「グレルマン伯爵の三男だったか? その相手ならどうにかすることも可能だぞ。それにあの男はじきに音を上げるだろう。むしろ、そうなる前に彼女を救ってやれ」

「……」


 魔導師団で団長を務めている兄の言葉を、俺は否定することができない。

 今まで何十人、何百人もの候補生を見てきているので、半年も経てば挫折してしまいそうな者は予想がつく。


 そんな兄から放たれる悪魔の囁きに、何度そうしてしまおうと思ったことか。


 このヴァイゲル公爵家の力があれば、確かに伯爵家三男の縁談の一つくらいは潰すことができるだろう。


 正直、グレルマン家の三男、カールは女性から見てそれほど魅力的な男だとは思えなかった。


 だが〝彼女〟はその男との結婚を楽しみにしている。


 伯爵令嬢である彼女が、家柄も金も、将来性や実力、見た目においても(まぁ会ったことはないらしいが)彼にこだわる理由は見つからない。

 着飾ってはいないが、彼女は美しい人だ。

 それなりの格好をすれば高位貴族の嫡男や伯爵家以上の相手など、彼よりいい結婚相手が現れそうなものなのだ。

 それなのにカールとの結婚を心待ちにしている理由はなんだろうかと考える。


 カールに強みがあるとすれば、親に決められた会ったこともない相手を安心させるために書いている、手紙くらいか。


 だが彼の書く手紙の内容がそれほど魅力的なものだったのかも、今となっては疑わしい。

 カールが彼女に手紙を書かなくなって、ふた月になる。

 今では俺がカールの名を騙り彼女に手紙を書いているが、彼女の反応は明らかに今のほうがいい。


 だから、彼女はあの家を早く出たくて結婚を心待ちにしているのだろう……。


 そう感じた。


 フレンケル伯爵にはよくない噂がある。

 俺が手紙を届ける時間、彼女はいつも一人で庭の掃除をしている。その格好も伯爵令嬢らしからぬ、安物の服に身を包んでいるのだ。髪や爪も手入れされず、荒れている。


 それでも彼女は俺が手紙を届けると、とても嬉しそうに笑って迎えてくれた。

 途端に、その笑顔が彼女を華やかに輝かせる。

 彼女の笑顔は俺に媚びを売るために作られたものではない。心からの喜びが顔に表れているだけなのだ。


 だからこそ、美しい。


 彼女と会ったことすらない男に負ける気はしないが、彼女がカール自身ではなく、その手紙に恋をしていることは見ていて明らかだった。


 つまりは〝俺〟なのだが、彼女はそうだと思っていない。


 俺に向けられているその笑顔が、俺ではなく婚約者(・・・)に向けられているということはわかっていても、他の貴族令嬢とは明らかに違う彼女のことを、俺は想うようになってしまった。


「おまえがそれほど気にする女性は初めてだろう?」

「まぁ、そうだな……」


 兄は高価なグラスに合う蒸留酒をひと舐めし、俺に囁く。


「私も興味深いな。ルディが惹かれる女性がどんな娘か」

「……一見素朴で飾らない、貴族令嬢らしからぬ娘だ。だが健気でひたむきな……とても綺麗な娘でもある」

「……ふぅん」

「それに笑うととても可愛らしいんだ。まるで天使か女神かと思うほどに。俺に媚びてこないところも好感が持てる。まぁ、俺のことを知らないのだろうが」

「知らなくてもおまえのその()は隠せるものではないだろ?」

「……」


 父や母のおかげで、俺は容姿にも恵まれて生まれた。そんなことにはあまり興味なかったが、俺は家名を隠していてもモテるらしいと気づいたのは、十五くらいのときだっただろうか。


 貴族の女性は金や権力がとにかく好きだった。

 それを悪いとは思わない。家のためにそういう男を選ぶ者もいるだろうし、よりよい相手と結婚したいと考えるのは自然なことだ。


 それでいうと、この家に生まれてしまった俺も兄も貴族令嬢たちに言い寄られるのは当然なのだが、俺はどうしてもそういう女性たちと結婚するということが、考えられなかった。


 作られた笑顔の裏に、何を考えているのかわかったものではない。他人を蹴落とし、陥れてでも自分が我先にと俺の目に留まろうとする姿は、どんなに着飾ろうとも醜くすら映った。


 このような女性と暮らし子供を作るなど、考えただけでも気持ちが悪い。

 中には婚約者がいても俺に見初められないかとアピールしてくる者までいた。


 そういう点では、ユリアーネにはそれがなかっただけでも、最初から好感が持てていた。


 饒舌に語る俺に笑みを浮かべ、兄は少し身を乗り出して言った。


「しかしその娘はフレンケル伯爵の義娘だろう?」

「……そうなんだ。いつも庭の掃除をしているし、やはり様子がおかしいので調べているところだ」

「うん。私にも何か力になれることがあれば言うといい」

「ありがとう、兄上」


 兄は「可愛い弟の幸せのためならなんでもするさ」と言ってグラスに残っていた蒸留酒を飲み干した。




 最初は、本当に見回りのついでに部下の婚約者に手紙を届けているだけだった。


 よくない噂があるフレンケル伯爵邸の様子をついでに見てこようと思ったこともあり、定期的に彼女と顔を合わせるにつれ、俺は次第に彼女に惹かれていった。


 ユリアーネは今まで見てきた貴族令嬢の誰とも違い、ひたむきでまっすぐだった。

 おそらく義父から酷い扱いを受けているのだろうということは、フレンケルの屋敷に使用人の姿がないことや、彼女の様子を見ていれば想像できた。


 それでも弱音を吐かずに貴族令嬢としての誇りも感じさせる彼女に、健気さを感じた。


 カールが手紙を書くことをやめてしまったひと月の間のあと、ただ彼女に笑っていてほしいという安易な気持ちから、カールを偽って手紙を書いた。


 しかし彼女を想って筆を走らせれば、どんどん自分の想いが溢れていってしまった。

 婚約者のふりをして、彼女に想いを伝えることができることに、喜びすら感じた。

 それは間違っているのだが、俺の手紙に頬を染めるユリアーネを見て、真実を告げることなどできなくなってしまったのだ。


 彼女を救ってやりたい。その笑顔を俺に向けさせたい。俺が守ってやりたい――。


 そう感じてしまうのに、時間はかからなかった。



 俺は、ユリアーネに恋をしたのだ。



 それでも彼女は一応部下の婚約者だ。

 カールには不安があるが、だからと言って俺が手を出せば簡単に奪えてしまうだろう。だからこそ、そうしてはならないと、葛藤する日々を送った。



 俺が彼女に会えるのは春までだ。

 それまでに彼女の婚約者、カール・グレルマンを立派な騎士に育て上げることが、俺ができる彼女を幸せにしてやれる方法だ。


 そう言い聞かせ、候補生の育成に励んだ。


本日から更新再開していきます!


まずはルディ視点で、ユリア視点では描けなかった場面やルディの心情を書いていきますね。


本編後は基本的には甘々な恋愛メインで行く予定です!



おかげさまで日間ランキング20位台にうろちょろとお邪魔させていただいております。

ブクマや評価してくださった皆様のおかげです。

ひとつのブックマーク、おひとりの評価が私にはとても大きく、大切なものです。本当にありがたいです。


引き続き楽しんでいただけましたら、ぜひぜひブックマーク、評価で応援のほどよろしくお願いいたします!

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